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2016年01月17日

●民俗映像を見る会 Vol.1 「冬至の民俗行事から考える」

なんと、ここ、一年半以上、放置していた。
ひとつ前のエントリーが、おととしの七月、いけないね。

ずっと前、館山の南総文化ホール小会議室で、
「地球に生きる人」連続講座を行った。
その同じ場所で、ひさしぶりに、
あたらしい学びのシリーズを始めることになった。

この列島で営々と続けられてきた民俗行事を記録した、
NHKの「ふるさとの伝承」などの映像を見ながら、
コミュニティや地域づくりについて、
いっしょに考えていく場となれば、と思っている。
講義形式ではなく、素材を持ち寄って、
みんなでかんがえていくような、そんなイメージだ。

平日の日中なので、参加しづらいかもしれないけど、
ゆっくりやっていきたいので、ぜひ。



ディープデモクラシー・センターの来年からのあたらしい試みです。
市民活動や地域づくり、まちづくりを考えるうえで欠かせない
宇宙観や自然観を、この列島で暮らしてきた人々の営みから学んでいこうという勉強会です。

ディープデモクラシー・センター・民俗映像を見る会(1)
「冬至の民俗行事から考える」

奥三河の花祭の記録を見て、この列島に暮らしてきた人々の宇宙観を感じましょう。
折口信夫の眼差しをひとつの切り口に、列島の古層にあるものを見ていきましょう。

民俗映像を見る会 Vol.1 「冬至の民俗行事から考える」

2016年1月21日(木)13時30分から16時まで
千葉県南総文化ホール(館山市)小会議室

ガイド・真魚長明
参加費・500円(ディープデモクラシー・センター会員は無料)

参加表明はFacebookのイベントページにて。
https://www.facebook.com/events/1627583907502861/

2012年11月21日

●ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。

安房の地で、「六ヶ所村ラプソディー」を上映したのは、
もう5年も前になる。

もっともっと昔のように思えるのは、
やはり当時は思いもしなかった「今」を生きているからだろう。

デビッド・ボウイの「Five Years」じゃないけど、
悪いほうに進むなんて・・・。


「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

(真魚長明 「六ヶ所村ラプソディー」パンフに寄せて)

2012年11月08日

●みんなの力を貸してほしい。

志願して春から、ホットスポットと言われる地域で活動をしている。
最初の頃は線量計を持ってこまめに計っていたけれど、
だんだんそれも虚しくなるくらいに、東葛地域の汚染は想像以上のものだった。

このままでは、地域は分断されてしまう。

地域の中での、観測や考え方の違いですでに分断が始まっている。
汚泥の処理をめぐってはすでに受け入れ施設のある市町村と、
そこに受け入れを依頼する市町村との住民同士で、分断がある。

そのことが解決するためには、
千葉県としての最終処分場の設置計画の発表が必要になるが、
そうなればそうなったで、東葛地域の住民と南房総の住民との間で、
さらに深刻な分断が起こるのは間違いないだろう。

できることを、ひとつずつ、やっていくしかない。
西川きよし、みたい、だけど、それしかない。

ちば放射能対策支援ネットワークは、そんな思いで、スタートした。
みんなの力を貸してほしい。


チェルノブイリはいま、

どうなっているのか。

チェルノブイリ事故のあと、

ドイツの市民は、

環境政策をどう変えていったのか。


医師が見たチェルノブイリのいま

「事故後のチェルノブイリ・ドイツの環境政策」視察報告

報告者 土谷 良樹 医師(東葛病院)

11月21日 18時30分~20時30分

新松戸市民センター 参加費 :無料


主催・ちば放射能対策支援ネットワーク (crcn.info)
協力・東葛病院被ばく医療委員会 公共空間研究所(パブリックスペース・ラボ)

2011年11月24日

●安房・今、ここから未来へフォーラム

開催が迫っているので、全プログラムが確定というわけではないのだけど、お知らせを。
毎年行ってきた安房平和映画祭、今年は座って映画を見ている時じゃない、そういう話し合いから、人が集まり話し合うことを第一に考え、「安房・今、ここから未来へフォーラム」として開催することになった。
房総半島での暮らしの、これまで、そして今。そこからはどんな未来が待っているのか。
一人でも多くの人に集まってほしい、みんなで話をしようよ。


フライヤー表 フライヤー裏

安房・今、ここから未来へフォーラム

12月10日(土)11日(日)
千葉県南総文化ホール大会議室

 3月11日、何かが終わり、何かが始まりました。個人の生き方、家族のあり方、地域での暮らし方、社会のしくみ・・・。まだ、言葉にならい、目に見えてはいない何かもあるでしょう。けれど、一つ確実に言えるのは、人は人と関わって生きることでしか、生きていくことはできない。それを再認識したとき、もう一度この安房での暮らしを見つめ直し、どんな困難も共に乗り越えられる絆で結ばれている地域になれないだろうかと思いました。
 批判、対立、排除、暴力、それらで問題を解決しようとしてきたこれまでのやり方でなく、先の何
かをじっくりシェアすることから始めませんか?
 見渡せばこの地域ですでに、多分野において活動されている魅力的な方々がいます。福祉、子育て、メディア、地域通貨などそれぞれに取り組んでいる方々と共に集い、つながり、今、ここから未来へそれぞれのいのちが輝く地域になるための一歩を踏み出しましょう。

12/10(土)Day1 まずは地域から、もうひとつの世界は可能だ!
フォーラム1 13時~17時 [ メディアは地域でつくるもの ] 参加費 2000awa
早川由美子さんをお招きして「さようならUR」の上映と自ら情報を発信していく方法を学ぶワークショップ!自分のメディアを作ることを学び、、地域のメッセージを発信しましょう。[早川由美子・1975年東京都出身。公務員、会社員を経て2007年に渡英。
ロンドンでジャーナリズムを学ぶ傍ら、独学で映像制作を開始。イギリスの平和活動家Brian Hawを記録した初監督作品『ブライアンと仲間たち パーラメント・スクエアSW1』は、2009年度日本ジャーナリスト会議・黒田清JCJ新人賞を受賞。『さようならUR』は2作目(山形国際ドキュメンタリー映画祭スカパー!IDEHA賞を受賞)。


フォーラム2 17時半~20時半 [ もうひとつの世界を地域から ] 参加費 1000awa
本年7月に監督フランクリン・ロペス自ら来日し話題となった映画「END:CIV」と、宮沢賢治「夜たかの星」を幻想的な切り絵アニメーションで映像化した海津研監督による「よたか」の上映と、真魚長明さんによる、房総半島における自然保護運動、アドボガシー(政策提言)についてのトークを行います。


12/11(日)Day2 つながろうこころ、つなげよう人の輪と和
フォーラム3 10時半~12時 [ 地域の中で障がい者と共に生きていく ]
あわ発達障害児応援団「たからばこ」の代表武田由美さんをはじめメンバーの方々から活動の様子や障害のある子どもの親としての苦悩や喜びなど体験談を聞きます。それをうけて地域の中で障がいを持つ人と共に生きていくための社会のあり方について会場のみなさんと意見交換をします。
(あわ発達障害児応援団「たからばこ」・・・安房地域で自閉症や学習障害などの発達障害を持つ子ども達の抱える困難と彼らの世界の素晴らしさと彼らが、自分らしく生きられる社会を作るための活動をしている団体)


フォーラム4 13時~14時半 [ 3・11震災後の新しい地域づくり 相互援助と地域通貨 ]
石巻で震災ボランティアをした前田敬公さん、被災者の受け入れをしている大山支援村事務局のクリス・ハリントンさん、地域通貨「安房マネー」三芳窓口の白川牧子さんをパネリストに迎えます。震災ボランティア経験から見えたこれからの新しい地域づくりのあり方を一緒に考えましょう。そのなかで普段から地域の中でつながり合う関係性をつくり、貨幣経済に頼らなくてもいい地域通貨「安房マネー」の役割の重要性についても話し合います。


フォーラム5 15時~16時半 [ 子育ては地域づくりから]
地域での子育てを考え活動しています!「子育ては、安房の未来の姿につながっていく」ことを考えたことがありますか?「子育て? 自分には関係ない!」と思っていませんか?今、この地域に暮らしている私たちは、将来この安房の地域を担う子どもたちと一緒に生きています。多くの皆さんと一緒に、自然豊かな魅力ある安房の地域を育むための「子育てトーク」を話し合っていきましょう。


フォーラム6 17時~19時 [ 安房の今、ここから未来を考えるワークショップ]
安房の今を改めて見つめ直してみましょう。好きなところ、ちょっと嫌なところを参加者全員で出し合います。ある人には好きな面もある人にとってはマイナスの面となることもあるでしょう。その意見の違いも発見の一つ。否定されず感じたままを自由に話あえる安全な場で今を再認識して共有し合い、そこから見えてくる安房地域のこれからを一緒に創り出す第一歩になればと思います。

参加費について(安房マネーの使い方)
今回のフォーラムでは、安房地域の地域通貨「安房マネー」を試験的に用いて開催します。会場受付にて一度“1,000円”を“1,000awa”に両替をしていただきます。それを参加費や販売物に使います。
但し会場内のみの流通です。残された安房マネーは、運営資金に充当させて頂きます。

2011年10月19日

●おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか

2007年12月23日、ボクはこのブログに冬至の日に「神楽ビデオジョッキー」というエントリーをこんなふうに書いている。

神楽が未だ在るコミュニティは、きっと健全なコミュニティなのだろう。親子や家族関係もまた同様だろう。それはもしかすると崩壊へと向かっているのかもしれないが、それでもなお機能している分、健全なのだ。山林の荒廃、コミュニティの崩壊、家族・親子関係の崩壊、神楽を維持させていくことは、信仰や芸能の問題にとどまることはない。これもまた、生き方の違いの問題であり、文明論なのだ。

その当時と今では、すでにボクたちの置かれている環境は大きく姿を変えてしまったけれど、だからこそいっそう、この列島の大地ともう一度繋がり直し、自然の法に沿って生きていかなくてはいけないのだと、強く思う。
この文明は今までのようには続かないだろう。だからこそ、ひとつ前の文明の姿を、学ぶ必要がある。
この列島の多様な環境の中で、営々と暮らし続けてきた先人たち、彼らがこの世界をどう捉え、どのように理解して生きてきたのか、次の文明を創造するために、一緒に見つめていきたい。

このサバイバルは一人ではできない。ボク一人では何もできない。
一緒に学び、活動する仲間が必要だ。
一緒にこの列島、この半島で、放射能や化学物質でボクたちが汚してしまった大地の中から、もう一度、新しい生き方を作り上げていこう。

……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか……

宮沢賢治「農民芸術概論綱要」



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この文明はいよいよ末期の姿を見せ始めています。
この文明を有機的に終焉させ、
新しい暮らし方を構築するために、
この列島に暮らしてきた人たちの自然信仰を、
各地に残る神楽から学んでいく講座を開催します。

自然と一体となった暮らしには、
祈りもごく自然に織り込まれていました。
私たちは今、もう一度その知恵を、
列島に残る神楽を通して学びたいと思います。
多くの方にご参加いただきたいと思います。
(連続講座ですが、各回ごとの参加も可能です。)

千葉地人協会連続講座・その1
三上敏視さん(音楽家・神楽研究家)をお迎えして
「神楽と自然信仰、この列島に生きた先人の精神性を学ぶ。」

10月 24日(月)「神楽とは何か 〜 全国の神楽を俯瞰する」
11月 21日(月)「辺境に残る霜月祭りとしての神楽」
12月 10日(土)フィールドワーク「遠山霜月祭り現地探訪」
12月 3日(土)フィールドワーク「中郷正八幡霜月祭り・現地探訪」(スケジュールが変更になりました。)
1月 16日(月)「宮崎県の霜月祭り系神楽「」
2月 20日(月)「神楽における鬼神・荒神その一」
3月 3日(土)オプションツアー「奥三河・布川花祭り現地探訪」
3月 19日(月)「神楽における鬼神・荒神その二・関東の神楽概論」

午後7時より 会場・稲毛・cafe どんぐりの木
参加費・各回2000円(ワンドリンク付き)
     フィールドワーク・オプションツアーは別料金(実費+α程度)
単一回のご参加も可能ですが、連続講座ですので、
原則として(オプション以外)通しでのご参加をお願いいたします。

  人が集団生活を始め、社会を構成すると、
  そこに共同の信仰が生まれ、
  みんなが集まるお祭りが始まる。
  神様を勧請し、神様と結びつき、ひとつの宴を催す。
  現在の日本列島には、何千もの神楽があるという。
  様々な形態に分かれてはいるが、
  深層部部分においては共通するだろう。
  連綿と受け継がれてきた、
  日本人の魂の切なる願いがそこには込められている。
   (三上敏視「日本列島の闇夜を揺るがす お神楽」より) 

三上敏視(MICABOX) プロフィール
愛知県生まれ、武蔵野育ち。現在札幌在住。音楽家/神楽・伝承音楽研究家・猿田彦大神フォーラム世話人・明治大学野生の科学研究所・魂の東北復興プロジェクト研究員(中沢新一所長)、多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員・
細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットメンバー。06年より多摩美術大学芸術人類学研究所(所長・中沢新一)特別研究員。
78年に札幌に移り、元はちみつパイの和田博巳を中心に結成されたバンド「QUOATAIONS」でギタリストとして活動するほか、自主製作映画グループ「銀河画報社」で山田勇男監督作品の音楽を担当。
フリースペース「駅裏8号倉庫」の運営に関わったり、「月刊宝島」の北海道情報員を担当するなどローカル&マイナーの世界で種々の活動をする。88年から5年ほどアイヌの文化運動の手伝いをして93年に別冊宝島『アイヌの本』を企画編集。日本気功の黎明期に関西気功協会(現・NPO法人気功協会)に関わり、94年に気功法「香功」のための音楽テープを製作、96年にはリラクゼーションや気功、太極拳などのためのCD『気舞』を発表。95年より細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加、97年より毎年このグループで伊勢・猿田彦神社の「おひらきまつり」に出演。その後発足した「猿田彦大神フォーラム」世話人として神楽調査を担当、全国各地の里神楽を見学して歩き、日本の音楽、芸能のルーツとしてその多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽にとりつかれ、音楽にも反映させるべく見て歩く。99年からモンゴロイドユニットに加わった高遠彩子をボーカリストに迎え、MICABOX名義で楽曲製作を開始、04年5月細野晴臣主宰のレーベル「daisyworld discs」からアルバム、MICABOX feat. Ayako Takato『ひねもす』をリリース。イギリスのアジア音楽専門サイト「Far Side Music」のトップ10で第3位。05年講談の神田山陽とのコラボレーションでは阪妻の無声映画「雄呂血」の活弁のための音楽を制作し、サッポロカルチャーナイト・道庁赤レンガ前広場で生演奏をする。04年7月世界に向けて放送された、NHK国際放送「Weekend Japanology」の「神楽」特集にゲスト解説者として出演。05年6月に韓国・晋州で行われる「仮面劇フェスティバル」にMICABOXとして高遠彩子とライブ出演。05-06年にかけて細野晴臣&東京シャイネスのメンバーとしてコンサートツアー。06年6月にイギリス・ロンドンで開催された「City of London Festival」に「日本発のモダンルーツミュージック」として招待され、ゲストの木津茂理と高木光介を加えてMICABOXの単独ライブを行う。07年2月、新しくできた国立新美術館の黒川紀章展のイベントでMICABOXライブ。国立新美術館のライブ第1号となる。07年3月、NHK-FMの特番、日本音めぐり「心のリズム、日本の太鼓」で神楽の太鼓の解説ゲストとして出演。07年3月、前年にイギリス、オランダでもリリースされた『ひねもす』が、英ワールドミュージック誌『SONGLINES』のレビューで4っ星を獲得。


cafe どんぐりの木
千葉市美浜区高洲1-16-46 ℡043(301)2439
JR京葉線稲毛海岸駅徒歩6分
JR総武線稲毛駅から海浜交通バス
1番バス停から3つ目の停留所「稲岸公園」からすぐ
車の場合、カフェの並び30m先にコインパーキングがあります。

↓お申し込みはこちらまで↓
http://soilsoulsociety.org/de_ren_xie_hui_%28jiuan_fang_de_ren_xie_hui%29/jiang_zuonoo_zhirase.html


2011年10月11日

●電力がとめどなく必要なのだという現代の絶対神話から打ち破らねばならぬ。

 毎日いろいろな書物を読んでいるが、ここ数日、どうしても気になって、くり返すように、松下竜一の著作を読み返している。今こそ、この列島に生きるすべての人たちで、この「暗闇の思想」を共有しないといけないよね。

 あえて大げさにいえば、「暗闇の思想」ということを、このごろ考え始めている。比喩ではない。文字通りの暗闇である。きっかけは、電力である。原子力をも含めて発電所の公害は、今や全国的に建設反対運動を激化させ、電源開発を立往生させている。二年を経ずに、これは深刻な社会問題となるであろう。もともと、発電所建設反対運動は公害問題に発しているのだが、しかしそのような技術論争を突き抜けて、これが現代の文化を問いつめる思想性をも帯び始めていることに、運動に深くかかわる者なら既に気づいている。かつて佐藤前首相は国会の場で「電気の恩恵を受けながら発電所建設に反対するのはけしからぬ」と発言した。この発言を正しいとする良識派市民が実に多い。必然として、「反対運動などする家の電気を止めてしまえ」という感情論がはびこる。「よろしい、止めてもらいましょう」と、きっぱりと答えるためには、もはや確とした思想がなければ出来ぬのだ。電力文化をも拒否出来る思想が。
 今、私には深々と思い起こしてなつかしい暗闇がある。十年前に死んだ友と共有した暗闇である。友は、極貧のため電気料を滞納した果てに送電を止められていた。私は、夜ごとこの病友を訪ねて、暗闇の枕元で語り合った。電気を失って、本当に星空の美しさがわかるようになった、と友は語った。暗闇の底で、私達の語らいはいかに虚飾なく青春の思いを深めたことか。暗闇にひそむということは、なにかしら思惟を根源的な方向へとしずめていく気がする。それは、私達が青春のさなかに居たからというだけのことではあるまい。皮肉にも、友は電気のともった親戚の離れに移されて、明るさの下で死んだ。友の死とともに、私は暗闇の思惟から遠ざかってしまったが、本当は私達の生活の中で、暗闇にひそんでの思惟が今ほど必要な時はないのではないか、とこのごろ考えはじめている。
 電力が絶対不足になるのだという。九州管内だけでも、このままいけば毎年出力五〇万キロワットの工場をひとつずつ造っていかねばならぬという。だがここで、このままいけばというのは、田中内閣の列島改造政策遂行を意味している。年一〇%の高度経済成長を支えるエネルギーとしてなら、貪欲な電力需要は必然不可欠であろう。しかも悲劇的なことに、発電所の公害は現在の技術対策と経済効果の枠内で解消しがたい。そこで、電力会社と良識派を称する人々は、「だが電力は絶対必要なのだから」という大前提で公害を免罪しようとする。国民すべての文化生活を支える電力需要であるから、一部地域住民の多少の被害は忍んでもらわねばならぬという恐るべき論理が出て来る。本当ならこういわねばならぬのに ー だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬと。
 じゃあチョンマゲ時代に帰れというのか、と反論が出る。必ず出る短絡的反論である。現代を生きる以上、私とて電力全面否定という極論をいいはしない。今ある電力で成り立つような文化生活をこそ考えようというのである。日本列島改造などという貪欲な電力需要をやめて、しばらく鎮静の時を持とうというのである。その間に、今ある公害を始末しよう。火力発電に関していえば、既存工場すべてに排煙脱硫装置を設置し、その実効を見究めよう。低硫黄重油、ナフサ、LNGを真に確保出来るか、それを幾年にわたって実証しよう。しかるのち、改めて衆議して、建設を検討すべきだといいたいのだ。たちまち反論の声があがるであろう。経済構造を一片も知らぬ無名文士のたわけた精神論として一笑に付されるであろう。だが、無知で素朴ゆえに聞きたいのだが、一体そんなに生産した物は、どうなるのだろう。タイの日本製品不買運動は、かりそめごとではあるまい。公害による人身被害、精神荒廃、国土破壊に日をつぶり、ただひたすらに物、物、物の生産に驀進して行き着く果てを、私は鋭くおびえているのだ。「いったい、物をそげえ造っちから、どげえすんのか」という素朴な疑問は、開発を拒否する風成で、志布志で、佐賀関で漁民や住民の発する声なのだ。反開発の健康な出発点であり、そしてこれを突きつめれば「暗闇の思想」にも行き着くはずなのだ。
 いわば、発展とか開発とかが、明るい未来をひらく都会思考のキャッチフレーズで喧伝されるのなら、それとは逆方向の、むしろふるさとへの回帰、村の暗がりをもなつかしいとする反開発志向の奥底に、「暗闇の思想」があらねばなるまい。まず、電力がとめどなく必要なのだという現代の絶対神話から打ち破らねばならぬ。ひとつは経済成長に抑制を課すことで、ひとつは自身の文化生活なるものへの厳しい反省で、それは可能となろう。冗談でなくいいたいのだが、「停電の日」をもうけてもいい。勤労にもレジャーにも過熱しているわが国で、むしろそれは必要ではないか。月に一夜でも、テレビ離れした「暗闇の思想」に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないのかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。私には、暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なものでなければならぬという予感がしている。

松下竜一 「暗闇の思想」(1972.12)

2011年10月09日

●「神楽と自然信仰、この列島に生きた先人の精神性を学ぶ。」

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自然と一体となった暮らしには、
祈りもごく自然に織り込まれていました。
私たちは今、もう一度その知恵を、
列島に残る神楽を通して学びたいと思います。

千葉地人協会連続講座・その1
三上敏視さん(音楽家・神楽研究家)をお迎えして
「神楽と自然信仰、この列島に生きた先人の精神性を学ぶ。」

10月 24日(月)「神楽とは何か 〜 全国の神楽を俯瞰する」
11月 21日(月)「辺境に残る霜月祭りとしての神楽」
12月 10日(土)フィールドワーク「遠山霜月祭り現地探訪」
12月 3日(土)フィールドワーク「中郷正八幡霜月祭り・現地探訪」(スケジュールが変更になりました。)
1月 16日(月)「宮崎県の霜月祭り系神楽「」
2月 20日(月)「神楽における鬼神・荒神その一」
3月 3日(土)オプションツアー「奥三河・布川花祭り現地探訪」
3月 19日(月)「神楽における鬼神・荒神その二・関東の神楽概論」

午後7時より 会場・稲毛・cafe どんぐりの木
参加費・各回2000円(ワンドリンク付き)
     フィールドワーク・オプションツアーは別料金(実費+α程度)
単一回のご参加も可能ですが、連続講座ですので、
原則として(オプション以外)通しでのご参加をお願いいたします。

  人が集団生活を始め、社会を構成すると、
  そこに共同の信仰が生まれ、
  みんなが集まるお祭りが始まる。
  神様を勧請し、神様と結びつき、ひとつの宴を催す。
  現在の日本列島には、何千もの神楽があるという。
  様々な形態に分かれてはいるが、
  深層部部分においては共通するだろう。
  連綿と受け継がれてきた、
  日本人の魂の切なる願いがそこには込められている。
   (三上敏視「日本列島の闇夜を揺るがす お神楽」より) 

三上敏視(MICABOX) プロフィール
愛知県生まれ、武蔵野育ち。現在札幌在住。音楽家/神楽・伝承音楽研究家・猿田彦大神フォーラム世話人・明治大学野生の科学研究所・魂の東北復興プロジェクト研究員(中沢新一所長)、多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員・
細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットメンバー。06年より多摩美術大学芸術人類学研究所(所長・中沢新一)特別研究員。
78年に札幌に移り、元はちみつパイの和田博巳を中心に結成されたバンド「QUOATAIONS」でギタリストとして活動するほか、自主製作映画グループ「銀河画報社」で山田勇男監督作品の音楽を担当。
フリースペース「駅裏8号倉庫」の運営に関わったり、「月刊宝島」の北海道情報員を担当するなどローカル&マイナーの世界で種々の活動をする。88年から5年ほどアイヌの文化運動の手伝いをして93年に別冊宝島『アイヌの本』を企画編集。日本気功の黎明期に関西気功協会(現・NPO法人気功協会)に関わり、94年に気功法「香功」のための音楽テープを製作、96年にはリラクゼーションや気功、太極拳などのためのCD『気舞』を発表。95年より細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加、97年より毎年このグループで伊勢・猿田彦神社の「おひらきまつり」に出演。その後発足した「猿田彦大神フォーラム」世話人として神楽調査を担当、全国各地の里神楽を見学して歩き、日本の音楽、芸能のルーツとしてその多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別冊太陽『お神楽』としてまとめる。その後も辺境の神楽にとりつかれ、音楽にも反映させるべく見て歩く。99年からモンゴロイドユニットに加わった高遠彩子をボーカリストに迎え、MICABOX名義で楽曲製作を開始、04年5月細野晴臣主宰のレーベル「daisyworld discs」からアルバム、MICABOX feat. Ayako Takato『ひねもす』をリリース。イギリスのアジア音楽専門サイト「Far Side Music」のトップ10で第3位。05年講談の神田山陽とのコラボレーションでは阪妻の無声映画「雄呂血」の活弁のための音楽を制作し、サッポロカルチャーナイト・道庁赤レンガ前広場で生演奏をする。04年7月世界に向けて放送された、NHK国際放送「Weekend Japanology」の「神楽」特集にゲスト解説者として出演。05年6月に韓国・晋州で行われる「仮面劇フェスティバル」にMICABOXとして高遠彩子とライブ出演。05-06年にかけて細野晴臣&東京シャイネスのメンバーとしてコンサートツアー。06年6月にイギリス・ロンドンで開催された「City of London Festival」に「日本発のモダンルーツミュージック」として招待され、ゲストの木津茂理と高木光介を加えてMICABOXの単独ライブを行う。07年2月、新しくできた国立新美術館の黒川紀章展のイベントでMICABOXライブ。国立新美術館のライブ第1号となる。07年3月、NHK-FMの特番、日本音めぐり「心のリズム、日本の太鼓」で神楽の太鼓の解説ゲストとして出演。07年3月、前年にイギリス、オランダでもリリースされた『ひねもす』が、英ワールドミュージック誌『SONGLINES』のレビューで4っ星を獲得。


cafe どんぐりの木
千葉市美浜区高洲1-16-46 ℡043(301)2439
JR京葉線稲毛海岸駅徒歩6分
JR総武線稲毛駅から海浜交通バス
1番バス停から3つ目の停留所「稲毛公園」からすぐ
車の場合、カフェの並び30m先にコインパーキングがあります。

お申し込みはこちら

2011年09月13日

●文明の終焉を現実的に受け入れ、一緒に房総半島での新しい生き方を考えよう。

「上映とミニトークの集い」のお知らせ

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映画「END:CIV」上映とミニトークの集い

大震災、原発事故のあと、ボクたちはこの半島でどのように生きていけばいいのだろうか。
フランクリン・ロペス監督の話題のドキュメンタリー「END:CIV」を観て、
文明の終焉を現実的に受け入れ、一緒に半島での新しい生き方を考えましょう。

 ミニトーク・パネリスト
     フランクリン・ロペス(「END:CIV」監督)
     ナリタケイスケ(イレギュラー・リズム・アサイラム
     どいかや(絵本作家)
     真魚長明

 10月6日(木)19時より
 千葉市生涯学習センター・メディアエッグ(地図

参加費・1000円(+カンパ[任意])
お申し込み・お問い合わせは 千葉地人協会ウェブサイトからお願いいたします。
(http://soilsoulsociety.org)


END:CIV は、私達の文化が常習的に繰り返す組織的な暴力と環境破壊についてのドキュメンタリーだ。その結果として生み出されるのは、汚染された大地と、精神に動揺を来した国家である。デリック・ジェンセンの著作『エンドゲーム(最終局面)』に部分的に依拠しながら、 END:CIV は次のような質問を見る者に投げかける。「エイリアンが故郷を侵略して木々を切り倒し、水と空気そして食料を汚染したとしたら、あなたは抵抗するだろうか。」

文明の崩壊の原因を辿れば、多くの場合、資源の過剰な消費という要因にたどり着く。経済の混乱、石油の枯渇、気候変動、環境の悪化などの問題によって、世界は不安定な状態に陥っている。新聞や雑誌の見出しに日々踊るのは、人々の期待への裏切りとスキャンダルの物語だ。だが現在のグローバル・システムの終焉を怒りとともに要求する必要などない。システムは、既に崩壊しつつあるのだから。

最悪の被害をこうむった場所にさえ、勇気と共感、そして利他主義の行動の輪は広がっている。戦争と不況の最大の被害者が立ち直る姿、そして真正面からこの危機に立ち向かう人々の勇気ある行為を映し出すことで、 END:CIV は全てを消費しつくそうとする狂気からの脱出と、より健全な未来への道のりを照らし出す。

デリック・ジェンセンの主張を根拠に、このドキュメンタリーは見る者に、この大地への本当の愛を求めてくる。矢継ぎ早に進行しながら、音楽や過去の映像、モーショングラフィックス、アニメーション、ユーモアや皮肉を巧みに散りばめる事で、私達の身の回りで内部崩壊しているグローバルな経済システムを、このドキュメンタリーは解体しようとしているのである。 END:CIV は当事者の犠牲や勇気ある行動を取り上げ、そこに強烈な、感情をかきたてる映像を加えることで、ジェンセンの詩的で直感的なアプローチと絶妙の調和を示している。未開地で撮影された映像は、日常的に起こっている恐ろしい破壊行為の明白な証拠であるとともに、息を呑むような自然の美しさという一服の清涼剤を与えてくれる。

END:CIVでインタビューに応じてくれた関係者は以下の通りである。
ポール・ワトソン、ワジヤタウィン、ゴード・ヒル、マイケル・ベッカー、ピーター・ゲルダルース、リエール・キース、ジェームズ・ハワード・カンスラー、ステファニー・マックミラン、クワチナス、ロッド・コロナド、ジョン・ザーザン、スティーヴン・ベスト、アリック・マクベイ、ジョージ・ポイトラス、シュスリ、ゾーエ・ブラント、ドルー・オジャ・ジェイ、マヤ・ロビン−ゲイニー、シャノン・ウォルシュ、マクドナルド・ステインズビー、マイク・マークレディ

監督:フランクリン・ロペス/2011年/75分/日本語字幕:島大吾

2011年05月03日

●ネオネイティブミーティングの総の国声明

4月の満月の日に、金束の森でのネオネイティブミーティングに、各地から、多くの人が集まった。
最初の呼びかけは、3月11日よりも前だった。
この列島に暮らし、毎日、環境や生命を思いながら、生活や表現、活動に精を出す人たちが、一日だけ現場を離れて集まる、その中で知恵や問題を話し合い、より良く生きるための意見交換を行う、そんなイメージでの呼びかけだった。

しかし、あの日があった。
傷つき、息も絶え絶えで、ボクらは何とかその場にたどり着いた。
もちろんそれは見た目のことではなく、内なる姿のことだけど。
あずみさんの詩にあるように、「こわさを抱きしめ かなしみにむきあい」ボクらは話し始めた。

再びこの列島の大地と繋がり直すこと。
そして、何百年、何千年、何万年、気が遠くなるような時間を、核物質と共有していかざるをえないこと。
そボクらは「明日の神話」が、もう明日ではなく今日なのだということをみんなで確認した。

ネオネイティブミーティングは、これからも続いていくだろう。組織だったものではないし、この先どう展開していくのか、正直誰にもわからない。はじまりは安房だった。話し合いの中で、次は高尾で集まろう、ということは決まった。そこから先は白紙のままだ。この列島の上での、いや、この惑星(ほし)の上での、ボクたちの明日と同じように。

金束から各地に戻ったあとも、ボクたちは集まりをひとつの形にするために、電子ネットワーク上で話し合いを続けた。この話し合いは今も続いているし、これからも続いていくことだろう。

今日、新月の日、ここに、あの日満月に虹がかかった夜の「かたち」として、集まったすべての人々のメッセージ、「ネオネイティブミーティングの総の国声明」を届けたい。この惑星(ほし)の上に生きる、姉妹・兄弟たちに。



ネオネイティブミーティングの総の国声明
NeoNative Gathering FUSANOKUNI Statement v3.1


 「ただしいとき ただしいばしょ 
  とおく森をめざし 山をのぼり あつまる 
  お日さまにみまもられた午後 
  お月さまにめでてもらった夜 

  地球がゆれ 苦しみの声をききつけたヒトビトは 
  こわさを抱きしめ かなしみにむきあい
  この星で美しく生きることをあきらめず 

  あるハルの日におきたできごとを
  わすれないための ものがたりを
  はなしつたえる けっしんをしました

  満月のよる
  虹をみたひとたちがつくった
  わすれないものがたりの
  はじまりです」

          −−あずみ ラビラビ




3月11日、大きな地震が日本列島の本州と呼ばれる島の東北沿岸で発生し、自然が激しく身震いして、たくさんのいのちが失われました。電気仕掛けで動く私たちの文明を支えてきたいくつもの原子力発電所も、取り返しのつかない被害を受けました。壊滅的な被害を受けた福島第一原子力発電所の4つの原子炉で起きている放射能漏洩事故に、世界の目は釘付けになっています。

私たちはこれまで、大地と水と空気を必要以上に傷つけることのないように心がけて、自然から学びながら暮らそうとしてきました。すべてのいのちを脅かす存在として人間が作りだした「核」とのつきあい方を改め、中毒ともいえるエネルギー依存を脱して、あらゆるいのちとともに大地や水との健全な繋がりを取り戻すことの必要性を、生活はもちろん、表現や生産を通しても伝えてきたつもりでいました。

にもかかわらず、今回の事態は起きました。大地と水と空気を、そしてそれをわけあってそこで生きるすべてのいのちに、生きのびるための大きな試練を与えてしまいました。しかし同時にそれはたくさんの無垢なる精神を揺り動かして目を覚まさせつつあります。今回の危機により、平和が大切としながら荒ぶる核エネルギーに依存してきたこの国のエネルギー政策や、核政策の見直しを求める声は、今後さらに大きくなるでしょう。

今ある原子力発電所や核関連施設をただちに停止しても、すべてはそれで良い、というわけにはいきません。世界各地の先住民たちがそれに見合う知恵を持つまではけして掘り出してはいけないと永い間伝えてきた鉱物、その核にともされた「火」は、すぐに鎮まってはくれないからです。私たちは、この先も、人間が作りだしてしまったために放っておけばいつまでも荒れ狂う強大な力を有する核廃棄物とともに、生きていかざるをえません。

核物質のタイムスケールは、私たち人間のそれとは比べようもなく長いものです。その危険性を、文字に書いたとしても、石に彫ったとしても、きっといつかは忘れられてしまうことでしょう。何百年、何千年、何万年、気が遠くなるような時間を、核物質と共有していかなくてはいけない、人類史上はじめての、そんな時代に、私たちは今、いるのです。

震災からほぼ一ヶ月後の満月の日、余震がいまだおさまらず、原子力発電所の事故の終息も見えないとき、私たちは、東西南北から関東地方は房総半島(総国安房)鴨川の山中に集い、この母なる列島での私たちの今後の暮らし方、生き方について、自然との関係のあり方について、真摯に意見を交わしました。農業者、音楽家、作家、写真家、映画監督、絵本作家、画家、料理家、学生など、立場と仕事を超えて、その日まで普通に日常を生きてきた人々が、あらためてこの日、地球に生きるひとりの人間として、もう一度決意を新たに、震災と事故のもたらしたものから学び、母なる列島の島々をこれ以上傷つけることなく、自然との調和をはかり、生きていくことを再確認しました。

そして、この列島に暮らす姉妹たちや兄弟たちにも、私たちとともに、地球が生きている存在であり、長きにわたる人間の活動の結果、世界各地の先住民が「母なる地球」「祖母としての地球」と呼ぶ偉大な存在が、息も絶え絶えになっていることを確認し、もういちどいのちと地球とのつながりを回復し、調和と美のなか、すべてのいのちとともに生きのびることを、心の底より祈り求めました。わたしたちは、人間として生きることを怖れず、非人間的な核エネルギーに依存することを止め、もう一度地球を抱きしめることを、ここに最初のネオネイティブミーティング総の国声明とします。


2011年4月17日 満月に虹の環がかかった日
ネオネイティブミーティング2011 参加者一同


*総の国  『古語拾遺』によれば、天富命が天日鷲命の孫達を従えて、初め阿波国麻植(後の麻植郡)において、穀物や麻を栽培していたが、後に天富命がより豊かな土地を求めて衆を分けて一方を黒潮にのって東に向かわせた。東の陸地に上陸した彼らは新しい土地に穀物や麻を植えたが、特に麻の育ちが良かったために、麻の別称である「総」から、「総国」(一説には「総道」)と命名したと言われている。 −−ウィキペディア「総国(ふさのくに)」の項


→ pdfファイル「ネオネイティブミーティングの総の国声明」

2011年04月21日

●ゼロではない。

「広告」Vol.384「デザインは生き残れるか」から、内山節さんの言葉。

 いまの人間はそうした生命性がかなり衰弱しているとは思いますが、ゼロではない。だって、仮にたき火して、小さい子どもが寒いときに火に当たろうとだんだん前に寄っていって、もっと暖かくなると思って、そのまま焼け死んでしまう人はいない(笑)。その判断はやはり生命自体の判断で、「ここから先は危険です」ということが自然にわかっているわけです。

内山節「デザインは関係へ向かう」

2011年04月04日

●ネオネイティブミーティング2011安房

今こそ、集まろう。
この惑星(ほし)の、いや、この列島の、これからを、一緒に考えよう。


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Neonative Meeting 2011 - あたらしい部族会議をはじめよう

日時 : 2011年4月17日(日) 10:00 ~ 22:00
場所 : アートガーデンコヅカ 森の家 千葉県鴨川市金束1710 04-7098-0048 もしくは 050-5502-5203

ネオネイティブミーティング2011(ラビラビ [パフォーマンスチーフ] 真魚長明 [第一回ホストチーフ] 安房/房総(千葉) [第一回ホストエリア ] )

ネオネイティブミーティング出席者 ※3/4現在
・北山耕平(翻訳家,ストーリーテラー)・大重潤一郎(久高オデッセイ監督)・清田益章(スーパーガイア人)
・須田郡司(巨石写真家)・どいかや(絵本作家)・渡瀬良孝(Actio編集長)・冨田貴史(暦,お金,核などのファシリテーター)
・林良樹(安房マネー)・宇梶静江(古布絵作家、アイヌ文化の継承者)・Middles(先住民族クラフトショップ)
・ふろむあーす(フェアトレードショップ)・飯田裕子(写真家)・山口マオ(イラストレーター)・どいちなつ(料理家)
・kitta(虹色草木染・kitta 大地から色を頂く者)・SAWAH(虹色草木染・kitta 星の響き奏でる者)・米山美穂(雑穀料理家)
・吉川香菜(6paper編集者)・RuuRuu(帽子作家/100% Love & Peace Parade主宰)
・浅葉和子(浅葉和子デザイン教室主宰/金沢文庫芸術祭プロデューサー)・真魚長明 ・ラビラビ(あずみ・ナナ・PIKO)                                   

ドキュメンタリームービー「久高オデッセイ」上映

ネオネイティブトーク
 ・北山耕平・大重潤一郎

ライブ
 ・幸 + 福・ラビラビ・SAWAH ライブペイント : 宮下昌也  神楽VJ : 三上敏視  

参加費 : 5,000円 → ドネーション+800円(食事代) 安房のオーガニックごはん(by るんた)/すべてのプログラムを含む

ご予約 お問合せ : mail 又は SNS(Twitter,Facebook,mixi)にて受付
 ・「ネオネイティブ」の件名で  ご予約人数/お名前/お電話番号/メールアドレス(SNS申込の方)
    を明記のうえ info@rabirabi.com まで送信してください。折り返しご予約の確認と詳細なご案内を返信いたします。
 ・スペースの都合上、定員になり次第締切となります。ご了承ください。

2011年03月17日

●ピュアな感覚で「やるよ、ユー」って。

今こそこのメッセージ。

そのシャンパン一本で、子供達にチューチュージュースを二百本ぐらい買ってやれ。ヒルズの連中はシャンパン全部一人で飲み干して、キャビアは一人で食っちまう。でも子供達はチューチューの半分を友達にあげんだよ。そんで「うわぁー!」ってみんな遊び始めんのさ。それがホントなんだ。それがホントのセレブっていうんだよ。持ってない奴が隣にいたら可哀想だし、一緒に分かち合いたいし。
だからフィリックスのガムも、パピコも半分に割れるようになってんだ。あげられるように。一人で楽しむんじゃなく、友達を作るためなんだよ。十円のあんな小っちゃなものだけどさ。子供の気持ちを大事にするお菓子なんだ。ピュアな感覚で「やるよ、ユー」って。一人で食うのはファックなんだ。あのお菓子は、すげえ世の中に大切だよ。

真木蔵人

2011年03月15日

●ひとりじめはダメ、分け合おう。

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2011年03月13日

●人間のゆくえ、文明のゆくえをかんがえなければならない。

これ以上、ヒトも、動物も、植物も、虫も、鳥も、ひとつの生命も失われないよう・・・。


 宇宙船にのった宇宙飛行士たちが地球を見おろしている。はじめは興奮して、あそこが自分の国だ、あのあたりが自分のふるさとだといいあっていたが、日がたつにつれて、話題から国境が消えてしまい、民族と国家をこえた共通のふるさととしての地球を見つめるようになった。「地球は一つ」という実感を持つようになったのである。
 こういう経験をへて、宇宙船地球号という思想が現実性をおびてきた。「われわれ人類はすべて宇宙船地球号の乗組員なのである。おたがいの紛争をおさえ、資源のむだ使いをさけて、地球の寿命をできるだけのばすようにこころがけなくてはいけない」という主張なのである。
 それはそのとおりである。しかし、その上でわたしはおもうのだが、われわれののりくんでいる宇宙船地球号は、熱気球のように風のまにまにどこへともなく流されていってよいのだろうか。地球内部の諸問題のコントロールはうまくいったとしても、宇宙船そのものは、ゆくえ知れずということでもよいものだろうか。
 地球はたしかに物理的な宇宙空間にうかんでいる。しかし、地球がうかんでいるもう一つの空間がある。それはたましいの空間である。宇宙船地球号にのって人間がむかっていくさきが、天国なのか、地獄なのか、かんがえなくてもよいものだろうか。
 ここまでくると、宇宙船地球号とその乗組員全員は、宗教の空間につつまれていることを知るのである。
 同じことが、地球の上にもおこって、問題をなげかけている。
 それは自然の破壊が大規模に進行しているということである。
 たとえば熱帯雨林がたいへん早いスピードで、伐採され、あれはて、危険な状態にたちいたっているのだ。いままではびっしりと森林におおわれていて近づくことも用意でなった奥地に、ひろい道路がつくられてトラックがゆききし、森の中でチェーン・ソー(動力のこぎり)がうなりをあげている。そこでは樹高四十メートル、五十メートルの巨木がまたたくまに切りたおされていく。もともとそこで暮らしていた住民もこまっているのだ。
 森林の大規模な破壊は、大気圏の気温の上昇にもつながりかねない。たいへんなことだ。われわれじゃ力をあわせて森林の破壊くいとめなければならない。そういう声があがっている。
 しかし、さいわい人々の努力がみのって、森林がもとのすがたにもどれば、それでひと安心だろうか。そういうわけにもいかないようにおもわれる。人類にとっての危機がさきにのばされただけで、人類と文明の圧力は自然におおいかぶさっているからである。
 森林がふたたびその姿を回復したら、あらためてその森にはいって、瞑想し、思索して、人間のゆくえ、文明のゆくえをかんがえなければならない。
 自然と人間との一体性をとりもどさなくてはならない。
 しかし、一体性をとりもどすといっても、頭のなかでかんがえ、感覚でとらえるだけではふじゅうぶんである。どうしても宗教の世界にふみこんで、自分と自然、自分と宇宙の接点を体験し、その意味をかんがえつづけなければならない。
 その接点にたどりついて、宇宙と対話する。その接点にたって、自然と友だちになる。
 ひょっとしたら、そこで神に出会うかもしれない。いや、神じゃなくて、それはがっしりした巨木の幹かもしれない。
 ひょっとしたら、そこで自分のたましいが光るかもしれない。いや、たましいじゃなくて、草むらのなかでトカゲの目が光ったのかもしれない。
 われわれは自然のなかの自然、その根っこのすぐ近くまできているのかもしれない。
 そうかとおもうと、いくら歩きまわっても神が見えない。たましいがどこに点滅しているのかわからない。そういうおもいから、あたりを見まわしてたずねあぐみ、失望することもあるだろう。
 ホントに、そういうことがあるかもしれない。
 しかしーー神は見えなくてもーーカミをふくむ風景、たましいのやどる風景はくっきり見えているはずである。だって、きみはいつだってそういう風景にとりかこまれているのだからーーー。
 その風景のなかで自分を生かす努力をしよう。明日の自然、明日のにんげんのあるべきすがたをおもいながら、自分のすすむ方向を自分できめて出発する。今日は今日の出発点があり、明日は明日の出発点がある。
 しかしたいせつなのはいまだ。今朝は今朝のいのちを、一瞬、キラリと光らせて出発する。
「朝顔さん、こんにちは」といいながらーーー。
ーーーそうだ。この朝顔はふつうの朝顔じゃなかった。そのとき、そこできみのためにさいた宇宙朝顔だったのだーーー。

岩田慶治「からだ・こころ・たましい」

2010年12月30日

●しづかに明るい自分の心を視ることは幸福だ。

この20年近く、房総で年越しを迎えてきたが、この暮れは久しぶりに房総を離れて過ごすことにした。

房総と東京は地続きだ。
いってみれば、ひとつのグラディエーションといえる。
文明の濃淡とその境界での衝突を、この数年見つめてきた。

年末年始のほんのわずかな時間だけど、もう少しそのことを考えてみようかな。

朝の時間        百田宗治


私には朝の時間がたのしい、
一杯に日ざしの照りわたつた障子の中で
しづかに、明るい自分の心を視ることは幸福だ。
深い熟睡のあとで、こゝろよい茶のあとで、
一日の仕事のことを考へるのはたのしい。
その日の仕事には破綻や失敗があつても
この明るい希望にみちた心はうしなはれない、
あたゝかい、明朗な朝の日ざしとともに
私の魂は洗はれ、きよめられて生誕する。

私はハタキをかけるぱたぱたと云ふ物音を耳にする、
小犬たちの鈴の音を聞く、
臺所戸口の開け閉めの音や、バケツのがたんごとんと云ふ響きを聞く、
ほどちかい小學校での生徒達の足音をきく、わいわい騒ぎたてる物音を聞く、
しかし私の頭は掻きみだされない、
あたたかい日ざしのなかに
それらの物音が喜々とし、よろこび勇んで空の方にたちのぼつてゆくのを聞く、
萬能の神が彼等を召してゐるのを聞く、
朝の一絲みだれない諧調音をきく。

朝の日ざしは遲々として屋根瓦の上を歩む、
障子のおもてを歩む、
小雀の影のまへを過ぎる。
朝の日ざしは快活で、幸福な揺籃のやうにゆれる、
典雅な宗教儀式のやうに進行する。

私には朝の時間がたのしい、
一杯に日ざしの照りわたつた障子の中で
しづかに明るい自分の心を視ることは幸福だ。

2010年12月01日

●エネルギーの問題の本質がどこにあるのか。

鬼泪山国有林からの山砂採取をめぐる騒ぎにある意味振り回されてきたこの2年間。

昨日、千葉県議会での民主党議員の代表質問に対して(正確な文言は後日議事録がアップされたら・・)採取はしないと断言した。これで、業界団体が、国有林を払い下げ、そこから山砂採取を行いたいという請願が出される前の状態に戻ったことになる。

けれど実際には、まとまった採取地の確保が困難だということが明らかになったことで、かえって乱開発を招くのは想像に難くない。

先日、視察に行った伊豆半島では、天目のウィンドファーム、三筋山の計画地、石廊崎のウィンドファームを見てきた。建設され稼働しているウィンドファームでは、それにより生活が不自然、持続不可能になってしまった方々の痛切な声を聞いてきた。未建設ではあるけどすでに開発が始まっている三筋山の現場では、どう考えても開発などすべき場所でないことをこの目で見てきた。房総に戻って数日後、この三筋山の保安林解除の要請に対して、静岡県知事からNOの意思表示がされた。水源のために保護されているのに、電気のためならそれが解除できるという制度自体が問題だけど、知事が変わったことで、予想外に自然エネルギーによる自然破壊に待ったがかかることになった。


エネルギーの問題の本質がどこにあるのか。

食べものだったらどうだろう。
現代文明は、生活の場と生産の場を切り離し、生活から生産(それ以外も)を見えなくしてきた。
結果、生産の現場は不自然になり、それを知ったボクたち「消費者」は、生産の現場を自然にしようと取り組んできた。
提携、顔の見える生産者からの購入、オーガニックマーケットや地産地消・・・。
生産の現場でも、不自然な生産を変えようと多くの心ある生産者が、自然な食べものを作り、ボクたちに提供してくれる。

ではエネルギーはどうだろう。
石油から原子力にまで拡大した今のエネルギー生産、それが正しいものではないことはわかっている。
自然エネルギーが必要なのは誰だってわかっている。
しかし、その自然エネルギー生産の現場が不自然な状態になっている。
エネルギーの受益者にとっては持続可能なのかもしれないが、生産の場が持続不可能になっている。

もういちど、食べもので考えてみよう。
不自然な食糧生産を正しくさせようと努力しているのは、それまで不自然に生産してきた生産者ではない。
食糧生産の現場に怒り行動を起こした食糧生産のパンクロッカーだ。

エネルギーもそうでなければおかしい。
大手独占の電力システムに中指を突き立ててこその自然エネルギーだ。
ウィンドファーム建設のための風速計が立っていることさえ許せないほど、かけがえのない自然環境と景観を持った三筋山に、エコでクリーンなウィンドファームを建てようとしているのは、東京電力とその子会社だ。

自然エネルギーをボクらの手に取り返さなければ、また同じ事だ。
六ヶ所で起きていること、八ッ場で起きていること、五木で起きていること、三筋山で起きていること、二ツ山で起きていること、それらはすべて同じこと、無関心が招いた悲劇なのだ。

エネルギー中毒からの脱却を決意しなければ、同じことが起こり続ける、今こそのことを真剣に語り合おう。

2010年10月10日

●「そういうもの」として機能するのかもしれない。

 世界のあり方に疑問を感じたり、異議を唱える。違った視点を提示する。
 そういう機能を放棄してしまったなら、現代アートなどなくてもいい。

今回の安房ビエンナーレのテーマ文を依頼され、その中にボクはそう書いた。
原則として、「在住者」による出展で構成されている安房ビエンナーレは全国のビエンナーレの中でも特異のものと言えるだろう。
だから、すべての出展者が必ずしもテーマ文と思いを一にしているわけではないことと思う。

けれど、それでいいのだ。
毎日のトークセッションを重ねていきながら、思うようになってきた。

今ならこう書くかもしれない。

 世界のあり方に疑問を感じたり、異議を唱える。違った視点を提示する。
 そういう機能こそ、現代アートの存在意義といえるだろう。
 けれど、もしかしたら、なんの機能も持たずにいたとしても、
 それはそれで「そういうもの」として機能するのかもしれない。

明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」トークセッションはいよいよ最後のプログラム。「表現はいくらでも可能だ。マオナガアキのアート入門」で始まって以来の、直接にアートをテーマにしたトークセッションになる。地域におけるアート活動を安房の北と南でそれぞれ積極的に展開しているお二人にお話しいただこうと思う。宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)も吉良康矢さん(安房葦船祭)も、早い時期にテトラスクロールでのイベントを行ってくれたアーティストだ。タイプの違う二人とのトークセッション、これは面白くならないわけがない。

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 11(祝)15時から 「地域をアートで元気に。」(宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)吉良康矢さん(安房葦船祭)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

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左から「魔法のことば」フライヤー表・裏 「家紋トリップショー」DM (デザインは真魚長明)

2010年10月09日

●お金は変えられます。人間が作ったのですから。

私達百姓は、都会人に自然美を指摘されて始めて気の付くようなうかつ者であってはならない。

坂本直行 「開墾の記」


人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。

ミヒャエル・エンデ

毎日続いている刺激あるトークセッションも、残すところ2セッション。明日、明後日と、地域で活動する4人のゲストが話してくれることになっている。
明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」は「お金も暮らしも、ボクらでデザインしよう、地域通貨と地域自給組合。」と題し、林良樹さん(安房マネー)と今西徳之さん(あわのわ自給組合)をお招きする。
当たり前だと思っている「お金」や「買うこと」を見直すこと、きっとそここそが、新しいライフスタイルのスタートなんだろう。


房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 10(日)15時から 「お金も暮らしも、ボクらでデザインしよう、地域通貨と地域自給組合。」林良樹さん(安房マネー)今西徳之さん(あわのわ自給組合)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

2010年10月08日

●その中でひとつだけなくてはならないものがある

今日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」米山美穂さんによる「共生を農に見いだすアート、自然農の世界」、素晴らしい内容だった。「自然の理(ことわり)」を忘れた今だからこそ、「自然の理」に沿っていくのだという生き方としての「自然農」、ボクも数年前から「一部」自然農というスタイルをとっているのだけど、すべてをそうしてしまおうかな。

明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」は地域メディアとして準備中のフリーペーパー「0470」の編集スタッフによる、地域、メディアの話をしたいと思う。
若く優秀な人材がこの南房総にはたくさんいる。けれど、そのスキルを生かす場は今のところ皆無と言っていい。
地域おこし、まちづくり。その本質は、地域自立による仕事の創出なんじゃないだろうか。
誰かのお金で地域を活性化しようなんていうんじゃなく、自分たちのクリエイティビティをインカムに結びつけるシステムを作ることこそ必要なのだ。


 房総には何もない、そういう人が多い。○○がない、○○がない。確かにそうかもしれない、ボクもそう思う。実際、木更津と茂原より南に映画館はない。スターバックスも無印良品も富津より南にはない。うん、○○がないのは事実なんだろう。けれど、房総にあるものもいっぱいだ。海、山、森、多くの生きものたち、かけがえのない自然がある。最先端の高層ビルはないけれど、どこか懐かしい景色がある。営々と続く歴史に連なってこの大地に暮らしてきた人がいる。そして今、房総の魅力に魅せられて暮らし始めた人たちがいる。房総にないものはきっと、必ずしもここになくてもいいんじゃないだろうか。けれど、今ここにないもの、その中でひとつだけなくてはならないものがある、それは自分たちのメディアだ。だから今、0470をつくり始めようと思う。


房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 9(土)15時から 「はじめよう、地域メディア。」岩松裕子さん、菅野博さん(0470編集部)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

2010年10月07日

●いっぱい遊ぶ・自然を感じる・自分で考える

いっぱい遊ぶ


自然を感じる


自分で考える


今日聞いた、森のようちえんが大切にしたいこと。
これを全部逆にしたのが、今の教育だろう。自然と切り離し、生活に必要なことを一切教えず、立派な消費者をつくりあげる今の教育ではなく、オーガニックな教育が必要なのだ。


明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」トークセッションは、米山美穂さんをお招きして、「自然農」について語っていただく。明日もまた、貴重な時間になりそうだ。

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 8(金)15時から 「共生を農に見いだすアート=自然農の世界。」米山美穂さん
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

2010年10月06日

●森のようちえんには、様々なスタイルがあります。

「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」のトークセッションが、毎日毎日、実に素晴らしい。
現代文明のシステムに問題がありこと、それをどう改めればいいのか、有意義な議論が積み重ねられている。
南房総・鴨川という場所は、誰もが気楽に参加できるところではないけれど、お近くの方はぜひこの試みに参加してほしいと心から思っている。

日本の森のようちえんについて

森のようちえんには、様々なスタイルがあります。
ドイツの森のようちえんは園舎を持たず、毎日森へ出かけていくスタイルです。

日本では自然環境の中での幼児教育や保育を、森のようちえんと呼びそのスタイルは様々です。
園舎を持つようちえんも、園舎を持たないようちえんもあります。
スタイルはいろいろありますが、共通しているのは自然の環境の中での幼児教育と保育です。
そして多くの森のようちえんは、意図的に大人の考えや考え方を強要せず、子どもが持っている感覚や感性を信じ、そして引き出すようなかかわり方をしています。

2005年より全国交流フォーラムも開かれ、森のようちえんを実践している人々の間で、情報交換や交流が始まっています。

※森のようちえんは、従来の幼稚園や保育園と対立する新たな教育ではありません。


明日のトークセッションは「自然のなかでの幼児教育=森のようちえん」と題し、沼倉幸子さん(森のようちえんはっぴー)にお話しいただく。
現代文明にはいろいろデザインミスがあるけど、「教育」はその最たるものだろう。自然と切り離す今の幼児教育ではなく、自然のなかでの立ち居振る舞いを学ぶ教育に、今すぐシフトしなくてはならない。
全国の事例など、いろいろな話がきける貴重な機会、ぜひ。

2010年10月05日

●森の出来事を知りたいのなら、

「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」のトークセッションが、毎日とても刺激的だ。この数年間のさまざまな動きがひとつの流れとして整理されていくような、それでいて、今まで見えていなかった関連が見えてきたりで、ホントに面白い。

明日のトークセッションのゲストは、小淵愛さんと鶴松りえさんのお二人。小淵愛さんは、サーファーならでは海からの視線で、房総の里山の異変をいち早く察知し広く知らすことを始めてくれた、ボクにとっては恩人みたいな人。鶴松りえさんはNPO法人・森の蘇りの活動を通して、新たな森のあり方を提案している方、金束の山で皮むき間伐を行ったり、この夏のコヅカ・アートフェスティバルにも参加していた。

ボクも、昨年の房総の里山での風力発電施設建設をめぐる緊急アクション「未来の森のためのドングリ拾い・風車でなく木を植えよう。」などを通して、森(山)がほったらかしになっていることで、多くの問題が起きていることを訴えてきたつもりだ。もちろん山自体が姿を消していく山砂採取の問題も同じこと。

明日は、房総の森を語り合う、そんな貴重な時間になることだろう。
多くの人の参加を願う。

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 6(水)15時から 「房総半島の森は今、身近な宝を上手に利用しよう。」小淵愛さん・鶴松りえさん
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料


あるひとがぼくに言った。

きみが誰であるか知っている。
きみがどんな人間であるか分かっている。
きみが森の中でなにをしたかすべて覚えている。

森の出来事を知りたいのなら、
ワタリガラスの言葉を覚えることだ。

「無題」大竹英洋『動物の森1999-2001』

2010年10月04日

●「良いデザインとは、長命である。」

Good design: The ten commandments of Dieter Rams.
良いデザインの10ヵ条 : ディーター・ラムス


1.
良いデザインとは、革新である。
Good design is innovative.

2.
良いデザインとは、実用をもたらす。
Good design makes a product useful.

3.
良いデザインとは、美的である。
Good design is aesthetic.

4.
良いデザインとは、理解をもたらす。
Good design helps to understand a product.

5.
良いデザインとは、謙虚である。
Good design is unobtrusive.

6.
良いデザインとは、誠実である。
Good design is honest.

7.
良いデザインとは、長命である。
Good design is durable.

8.
良いデザインとは、最終的にディティールへと帰結する。
Good design is consequent to the last detail.

9.
良いデザインとは、環境への配慮とともにある。
Good design is concerned with environment.

10.
良いデザインとは、可能なかぎりデザインを抑制する。
Good design is as little design as possible.


明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」には、なないろの菅野博さんにお招きして「生活にデザインを。ニッポンのよいものを選ぼう。」というタイトルで、デザイン、特に日用品について話をしてもらう。
ナガオカケンメイさんのD&DEPARTMENTを辞め、房総に生活と仕事の場を移した菅野さんのお話、きっと面白くなると思うので、ぜひご参加を!

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 5(火)15時から 「生活にデザインを。ニッポンのよいものを選ぼう。菅野博さん(なないろ)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

2010年10月01日

●(2009年度は南極海で507頭、北西太平洋でも194頭を捕殺)

【調査捕鯨】調査のための捕鯨。日本は現在、調査のために、世界でいちばんたくさんのクジラを捕殺し、その肉を市場で販売している。(2009年度は南極海で507頭、北西太平洋でも194頭を捕殺)

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安房ビエンナーレに続き。明日からは「安房・平和のための美術展」もスタートする。
チャリティの寄付先のウガンダの団体から、子供たちの描いた絵が多く届き、今回はメイン会場内にボクたちの作品と一緒に展示されている。会場に参考展示されている、1997年に安房南高が支援し始めた頃に送られてきた絵と見比べてほしい。彼らの暮らす世界(景色)が驚くほど変化し、カラフルになっていることに気づくだろう。

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第6回 安房・平和のための美術展ー ART FOR THE EARTH 2010 ー
2010/10/2(土)〜10/11(月・祝)
10:00am~5:00pm(7日<木>休・最終日4:00pmまで)

会場:枇杷倶楽部ギャラリー(道の駅とみうら枇杷倶楽部内)

お問い合わせ:事務局tel/fax0470-29-1290(橋本)

●「絶対反対」

安房ビエンナーレが始まった。
「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」も始動、今日のトークセッションにも、様々な立場の方が参加してくれ、房総半島でのアートイベントのひとつの発火点になるような話ができた。

今回は、この二年間の総括的な作品群と、「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」としてのいくつかの新作を展示している。

その新作のひとつに「絶対反対」というスライド作品がある。
房総各地にある、産廃・最終処分場や残土処分場、さらに山砂採取場の建設に対する反対のカンバン。ボクはは今までそれらを、住民の強烈なNO!のメッセージだと思っていた。だから、どうしても目線のやり場に困るところもあった。
けれど今はそう思わない、これらのNO!は、実際には、大地や自然、生きものたちからの、「どうかこのままにしてほしい」という強烈なYESのメッセージなんだ。YES!YES!YES!

明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」には、残土産廃ネットワークちばから事務局長の金井珠美さんが来てくれて、里山を脅かしている残土産廃の実態をお話ししてくれることになっている。ボクが鬼泪山国有林の問題に関わるようになったのも、金井さんがメーリングリストに投げかけた一通のメールからだった。現在は上総で活動している金井さんは館山生まれ、高校までを南房総の自然のなかで暮らしてきた。房総半島の異変にいち早く気づき行動している金井さんの話を多くの人に聞いてほしい。

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 2(土)15時から 房総の里山を脅かす、産廃・残土。金井珠美さん(残土産廃ネットワークちば事務局長)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

2010年09月30日

●房総アヴァンガーデニングプロジェクト、明日より。

いよいよ明日から安房ビエンナーレがはじまる。
ボクのテーマは「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」
「景色」との関係性をテーマに、午後は毎日在廊しているので、カフェ間隔で遊びに来てくれるとうれしい。

 房総アヴァンガーデニングプロジェクトは、 真魚長明の安房ビエンナーレ2010における「景色との関係を考える」プロジェクトです。通常のアート展示に加えて、会期中、会場となる鴨川市民ギャラリー・会議室において、様々なゲストを招きしてトークセッションを行います。

 環境、教育、メディア、アート、森林、日用品、農業、食べもの・・・、多岐にわたるテーマを房総の景色をガイドに考えていきたいと思います。ふるってご参加ください。

10/ 1(金)表現はいくらでも可能だ。マオナガアキのアート入門
10/ 2(土)房総の里山を脅かす、産廃・残土。金井珠美さん(残土産廃ネットワークちば事務局長)
10/ 5(火)生活にデザインを。ニッポンのよいものを選ぼう。菅野博さん(なないろ)
10/ 6(水)房総半島の森は今、身近な宝を上手に利用しよう。小淵愛さん 
10/ 7(木)自然のなかで幼児教育=森のようちえん。沼倉幸子さん(森のようちえんはっぴー)
10/ 8(金)共生を農に見いだすアート=自然農の世界。 米山美穂さん
10/ 9(土)はじめよう、地域メディア。岩松裕子さん、菅野博さん(0470編集部)
10/10(日)お金も暮らしも、ボクらでデザインしよう、地域通貨と地域自給組合。
      林良樹さん(安房マネー)今西徳之さん(あわのわ自給組合)
10/11(祝)地域をアートで元気に。宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)吉良康矢さん(安房葦船祭)

場所: 鴨川市民ギャラリー
時間: トークは15時から(展示は通常通り)
料金: 参加無料

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2010年09月18日

●自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒

会期が残りわずかで、今日を逃すと行けそうにないことに気づき、上野の科博へ、「大哺乳類展」の第二弾「海のなかまたち」を見に行ってきた。

上野公園は子どもの頃から毎日のように過ごした場所だけど、この十年あまりはずいぶん遠いところになっていた。
思い立ってすぐいけるようになったのも、ハイウェイとアクアラインのおかげ、山砂採取に反対する自分とその恩恵を享受する自分、自分の中にも文明の対立がはっきりとある。

海の哺乳類といっても、クジラの仲間、セイウチの仲間、マナティの仲間しかいないためか、「陸の仲間たち」と比べてもずいぶんとマニアックな展示となっていて、学ぶことも非常に多かった。

ヨウスコウカワイルカが絶滅し、さらに海に暮らす哺乳類の仲間が減った。
ボクたちのライフスタイルが絶滅の直接要因となったことは疑いようがない。
地球誕生から現在まで、今のボクたちのような生き方を選んだ種はボクたち人間しかいない。
ボクたち人間だって、最初からこんなライフスタイルで暮らしていたわけではない。
先住民と言われる人たちは、ボクたちのそれとは違う「ひとつ前の生き方」を営々と続けてきた。
違うのは、ボクたちだけなんだ。


 自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒、あるいはささいな違いに起因する人間の集団間の全面戦争によって私たちが自らを滅ぼすのであれば、それはそれなりに理解できる。というのも、それが人間の生き方が持つ大きな欠陥の一つであるということが理解できるからである。その可能性については心の準備もできている。だが、私が我慢できないのは人間が他の生き物たちも道連れにするかもしれないことだ。このことは私がこれまでに感じたことのないような強い怒りで私の心をいっぱいにする。それは私の心の中にある火山が噴火して溶岩が流れ出るかのように私を圧倒する。過ちはどうしても起きるものだが、そのような過ちは悲しみを超えている ー 常軌を逸した全く許すことのできないものだ。それほど非常識なことができる種の一員にはなりたくないものだ。どういう名のもとでそれが行われるかというのはどうでもいいことだ。どれほど真剣に自らの使命を考えているかも関係ない。とにもかくにも愚かすぎて許すことのできないことだ。

ロジャー・ペイン「クジラたちの唄」 

2010年09月09日

●僕は君が文明を哂ふ

人類よ 心昂ぶりて僕は君が文明を哂ふ
人殺しの科学と金融機関と 
さうして美の詐術とのほかに
君は五千年間に何をしたのか。

(昭和38年上野国立博物館「エジプト美術五千年展」を見た佐藤春夫の即興詩より)

2010年09月02日

●事実、金がないとジュース一本買えない。

お金がない。
現金収入がないのだから当たり前のことなのだが、やはりいくらかは不安になる。
2007年1月のエントリーに、水木先生のこんな言葉があった。

 いわゆる文明人というのは、貨幣経済に支配されているから、金がないとひどく恐怖する。事実、金がないとジュース一本買えない。
 ところが南の住人(自然民族というべきか)たちは、畑では最低生活は保障されているから、死ぬことはない。こういうことが、南方の人たちの奇妙なノンキさと関係していると思う。
 本来、人間はガツガツ働かなくてもいいのだ。文明人というのは、自分で勝手に貨幣を作り、便利がっているうちに、過分な価値をおくようになり、いわゆる”幸福”を逃してしまったのだ。「世界妖怪大全―世界はゲゲゲ」より

そう思いたい。いやそうなんだ。うん、きっと。

2010年08月14日

●出穂の日

数日前、田んぼで作業していて、いくつか穂が出ているのに気づいた。
それから数日たった今日、田んぼに作業に行くと、一気に穂が出そろっていた。
どこからか降ってきた、まるでそんな感じ、かつての人たちが田の神の存在を信じたり、雷が稲穂を膨らませると信じていたのは、けっして呪術的なことなどではなく、そう考えるのがもっとも合理的だったからだろう。

イネの神秘に驚き、心を揺さぶられるほど、ボクはどんどんとミザントロープになっていく。

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2010年08月11日

●19万人 が死亡しており、健康被害者は129万人にのぼるといわれています

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さて、安房平和映画祭から、あらたな試みのお知らせです。
安房平和映画祭では、これまでのように一年に一回の映画祭だけでなく、定期的にさまざまな問題を学びながら、気軽にコミュニケーション できる、サロンのような場を持っていきたいと思っています。

第一回目は、「東トルキスタン」という「国」をテーマにします。日本の報道では中国の一地方として放送される「新疆ウイグル自治 区」は、ウィグル人による「東トルキスタン」というひとつの国家です。(「チベット」が「チベット自治区」と報道されるのと同じ。)東トルキスタン ではロプノール核実験場の付近を中心に、1964年から46回の中国による核実験が行われ、19万人 が死亡しており、健康被害者は129万人にのぼるといわれています。それなのに日本のメディアは今でも「日本は唯一の被爆国」という表現をくり返しています。
東トルキスタンを学ぶことで見えてくる、メディアが伝えない真実を知りましょう。安房平和映画祭にご興味をお持ちいただいた皆さまと緩やかにお話ししながら、東トルキスタンを学んでいきたいと思います。

安房平和映画祭・ピ−スサロンVol.1
「東トルキスタンっていう国知ってる?」
イギリス・BBCが放送したウイグルでの中国の核実験を扱った
ドキュメント
「 DEATH ON THE SILK ROAD」上映・ほか(ナビゲーター・真魚長明ほか/協力・日本ウィグル協会)
2010年9月5日(日)13時半より 千葉県南総文化ホール・小会議室(参加費カンパ・資料代実費)
お問い合わせ 安房平和映画祭実行委員会 info@awaheiwaeigasai.org

2010年08月02日

●コヅカ・アート・フェスティバル

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2010/8/1(sun)-8/15(sun)  
 第1回 コヅカ・アートフェスティバル
     ~南房総発のオルタナティブアートの潮流~

コヅカ・アートフェスティバルは、「人と自然をアートでつなぐ」をキーワードに、房総半島・鴨川市金束の「アートガーデン・コヅカ」を中心とした屋内・屋外展示、ライヴ、ワークショップ、さらに近隣のアーティストのオープンアトリエも含んだ、里山にゆるやかに広がるネットワーク型のアートイベントです。

昨日から、宮下昌也さんの呼びかけによる「コヅカ・アート・フェスティバル」が始まった。
ボクも野外制作「木霊と地霊」で参加している。
コヅカアートフェスティバルにあたって心がけたこと。
作ったものをただ持ってくるのではなく、その場で作ること。
はじめにプランありきではなく、その場で考えること。
朽ちたり荒れたりしても、その場所に残るものであること。
観客にではなく、山や森、風や樹々、鳥や蝶、鹿や穴熊に対して作ること。
山の麓に車を停めて、およそ20分の山道を登りながら、この山に生きた人たちや生き物達に思いを馳せてほしい。

2010年07月21日

●「政治の幅は、つねに生活の幅よりも狭い」

8月のアワアワマーケットが近づいている。
何でもありの自由な場を地域に維持すること、そのために、多くの出店出展出演のみんなの参加を待つ。

アワアワマーケット 8月1日(日)10~16時 ロックシティ館山 セントラルコートにて。


金融危機だと叫ばれる今こそ「ECO」だと考えた。とはいっても、排出権取引や環境ビジネスの話ではない。「End Capitalism Organically (有機的に資本主義を終結させよう)」の頭文字をとっての「ECO」。「有機」には、「生命をもち、生活機能や生活力を備えていること」という意味がある。つまり、例えば「エコ商品」の消費のため、または反資本主義的な活動のために、生活がどんどんキビしくなっていくのでは本末転倒なのだから、とにかくまず、「生活」を自分自身の手で作り変えていくことによって、資本主義の終結を目指していきましょうか、という「ECO」。「政治の幅は、つねに生活の幅よりも狭い」という言葉は、いつでも何度でも、確認されるべきだと思う。(成田圭祐「ECO」2008年)

●NEO NATIVEよ、集まれ。

先日、カフェ・オハナでご一緒したラビラビによる、マンスリーイベント「Talk & Live「Naked Lunch -はだかんぼうのランチ」がスタートした。


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Neo Nativeよ、集まれ。現地を食べよう。

ラビラビがめぐりあった小さな町、村の声を、現地から届くとびきりの食材を使ったランチを食べながら(食材の販売もあり)すばらしいゲストを迎えてスライドを交えながらのトークとラビラビの最小電力に押さえたライブ。

五感をフルに使って感じ、いっしょに 考え、はなしてみませんか。

六ヶ所、祝島、そして「千葉」。
千葉には原子力施設の建設計画はない。
では、どうして? 
9月12日、房総の美味しいごはんを食べながら、話ができるのを楽しみにしている。

●みんなもう気がついているのに 知らないふりだけ上手で

2010年07月09日

●「六ヶ所村ラプソディー」上映からもう三年

2007年、南房総・館山での「六ヶ所村ラプソディー」の上映から、もう3年になろうとしている。
あのとき、今にも稼働するかと思われた再処理工場は今も技術的問題から幸いなことに本格稼働にはいたっていない。
しかしすでに、本来自然界にはないストロンチウム90が検出され、試験運転開始後はその値が増大している、という事実もある。
あの夏からもう三年。
今年の「安房平和映画祭」では、「六ヶ所村ラプソディー」の続編にあたる「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映が決まっている。
あの夏、「六ヶ所村ラプソディー」上映時にパンフレットに掲載した文章をもう一度ここに載せてみたい。
エネルギーに自覚的な人がひとりでも増えることを祈って。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。
 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

(中略)

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

安房平和映画祭2010《真実を知り、未来を考える二日間。》

2010年7月18日(日)・19日(月・祝)
千葉県南総文化ホール(小ホールおよび大会議室)

【映画祭プログラム】
◎7月18日(日)大会議室(特別プログラム)
○14:00~16:00 小林アツシ監督を迎えて「どうするアンポ」上映とトーク
○16:10~18:10早川由美子監督を迎えて「ブライアンと仲間たち」上映とトーク
○18:20~19:50「小梅姐さん」上映記念ミニシンポ「赤坂小梅と療養地としての南房総」
 [パネリスト/山本眸古監督(「小梅姐さん」)
       諌川正臣(日本詩人クラブ理事、シャンソン歌手・高英男と親交があった)
       平本紀久雄(「房州に捧げられた・コルバン夫人」の著者、イワシ研究者)

◎7月19日(月・祝)小ホール(ホール上映)
『ミツバチの羽音と地球の回転』(2010年 監督/鎌仲ひとみ) 10:00~ / 16:05~
『こつなぎ 山を巡る百年物語』(1960~2009年 監督/中村一夫) 12:25~ / 18:30~
『小梅姐さん』(2007年 監督/山本眸古) 14:35~

◎7月19日(月・祝)大会議室(会議室上映)
『冬の兵士』(2009年 監督/田保寿一) 10:30~
『心 〜ククル〜 UAやんばるLIVE』(2009年 監督/キム・ヨンスン) 12:45~
『ビリン・闘いの村』(2007年 監督/佐藤レオ) 16:35~
『土屋公献 平和と人権を守る弁護士』(2008年 監督/石本恵美) 19:00~

映画祭入場券(二日間全プログラム)2500円(当日2900円)
(会議室でのプログラムは定員の都合で各プログラム先着順となります。)
前売り券発売所 / 千葉県南総文化ホール

安房平和映画祭実行委員会
[299-2221 千葉県南房総市合戸694 050-5534-7421 info@awaheiwaeigasai.org]
千葉県南総文化ホール
[〒294-0045 千葉県館山市北条740-1 0470-22-1811 http://www.nanso-bunka.jp/]

2010年07月02日

●安房平和映画祭2010

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今年も安房平和映画祭が開催される。
地域にこういうプラットフォームがあることが、とても大切だと信じてきた。
ボクたちはこの列島で、どう生きてきたのか、そしてこれからどう生きていけばいいのか。
反戦、反核、自然保護、そんなのは当たり前だけど、未来をどうデザインしていけばいいのか、地域で話しあう場所を作りたい。そう思っている。
今年こそ、そんな思いが少しでも理解されたらうれしい・・・。


〜〜転載・転送 大歓迎〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

安房平和映画祭2010《真実を知り、未来を考える二日間。》

2010年7月18日(日)・19日(月・祝)
千葉県南総文化ホール(小ホールおよび大会議室)
【映画祭プログラム】
◎7月18日(日)大会議室(特別プログラム)
○14:00~16:00 小林アツシ監督を迎えて「どうするアンポ」上映とトーク
○16:10~18:10早川由美子監督を迎えて「ブライアンと仲間たち」上映とトーク
○18:20~19:50山本眸古監督を迎えて「小梅姐さん」上映記念ミニシンポ「赤坂小梅と療養地としての南房総」
 [パネリスト/山本眸古監督
       諌川正臣(日本詩人クラブ理事、シャンソン歌手・高英男と親交があった)
       平本紀久雄(「房州に捧げられた・コルバン夫人」の著者、イワシ研究者)

◎7月19日(月・祝)小ホール(ホール上映)
『ミツバチの羽音と地球の回転』(2010年 監督/鎌仲ひとみ) 10:00~ / 16:05~
『こつなぎ 山を巡る百年物語』(1960~2009年 監督/中村一夫) 12:25~ / 18:30~
『小梅姐さん』(2007年 監督/山本眸古) 14:35~

◎7月19日(月・祝)大会議室(会議室上映)
『冬の兵士』(2009年 監督/田保寿一) 10:30~
『心 〜ククル〜 UAやんばるLIVE』(2009年 監督/キム・ヨンスン) 12:45~
『ビリン・闘いの村』(2007年 監督/佐藤レオ) 16:35~
『土屋公献 平和と人権を守る弁護士』(2008年 監督/石本恵美) 19:00~

映画祭入場券(二日間全プログラム)2500円(当日2900円)
(会議室でのプログラムは定員の都合で各プログラム先着順となります。)
前売り券発売所 / 千葉県南総文化ホール

安房平和映画祭実行委員会
[299-2221 千葉県南房総市合戸694 050-5534-7421 info@awaheiwaeigasai.org]
千葉県南総文化ホール
[〒294-0045 千葉県館山市北条740-1 0470-22-1811 http://www.nanso-bunka.jp/]

◎安房平和映画祭を一緒に創ってくださる協賛団体・個人を募集しています!!
当映画祭は入場料のみの収入では、残念ながら安定した運営を図ることが大変困難となっています。
それでもこれまで続けてきたのは、映画祭を一度きりの興業的催事としてではなく、
映画を見た個人個人が何かを感じ、学び、いかに平和な社会を築くか、
それをどう未来の子ども達に手渡すかを考え行動することの一助となりたいと考えているからです。
また、この地に日々暮らしながら社会について何かおかしいと疑問を抱いてる方、
特に不満はないがつながりが欲しいと思う方、あるいは環境、福祉、平和など様々な活動を
されている方などが出逢うことにより、触発しあい有機的につながる場として活用されることも願っています。
つきましては、この開催趣旨をご理解いただき、ご協賛を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

なお、ご協賛の内容につきましては、下記のようにご案内させていただきますので、
何卒よろしくお願い申し上げます。

★ 金額:個人・団体 1口 5,000円(何口でも結構です)
★ 特典:映画祭入場券  1枚
当日活動アピールや物品販売が可能(但し売り上げの10%を文化ホールに納入)

2010年05月16日

●有機的に資本主義を終結させよう

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地域に自由な場はあるだろうか?
言いたいことを言える場所、伝えたいことを伝える場所、
作ったものや育てたものを誰かに伝えられる場所・・・。
気がつけばまわりはすべて管理されコントロールされている。
だからこそ、自立した自由なマーケットを地域に。


6月6日(日) ロックシティ館山セントラルコート
偶数月第一日曜日10時から17時

参加費はワンコイン500円農産物、クラフト、アート、パフォーマンス、サービス、どんなものでもOK。
あわあわマーケットはすべての参加者によってつくられます。
参加お申し込みはウェブからどうぞ!! http://awaour.org

2010年03月15日

●今すぐ核兵器の存在に「NO!」の声をあげてください。


Message from LUSH

日本に暮らす私たちだからこそ「NO!」の声を

核兵器とは、核分裂や核融合で生じる高エネルギーを破壊に使用する大量殺人兵器。1945年8月、私たちが暮らす日本においてヒロシマとナガサキに原爆が投下されました。世界で初めて核兵器が使用されたのです。この文章を読んでいる人の多くは、直接被爆を体験した人ではないかもしれません。でも、学校で原爆のおそろしさについて学習したり、おじいちゃんやおばあちゃんから話を聞いたり、身近に感じている人もいることでしょう。同じ過ちを二度と繰り返してはならないという思いをもつのであれば、ラッシュとともに今すぐ核兵器の存在に「NO!」の声をあげてください。そして、その声が集まって大きなウェーブとなる時、地球上から核兵器をゼロにすることができるとラッシュは強く信じています。


2010年は核兵器廃絶のチャンスの年

世界中で核軍縮の取り組みがあるものの、なかなかゼロに向けて進んでいないのが現状。でも、2010年には前進するチャンスがあります。5月にニューヨークで核不拡散条約(NPT)再検討会議が開催されるため、世界中で核兵器をなくすためのムーブメントが期待されるからです。2009年、アメリカ合衆国オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すと宣言したプラハ演説を覚えていますか?アメリカは、ロシアと並ぶ世界最大の核兵器保有国。14000発もの核兵器を持っていると言われています。日本は核兵器を持っていないものの、アメリカの核の傘の下に入っているのが現状です。そろそろ傘を閉じて、みんなで澄みわたる青空を見上げ笑顔をかわしあいたい。今こそ、核兵器に「NO!」と唱える時です。核兵器のない世界を目指して何ができるか、私たちと一緒に考えてみませんか。

2010年02月20日

●安房の山は極メて高くして、さかし。

 いくつかの文献と伝説を頼りに探していた「役行者像」。
(地域の方たち以外には)知られることもなく、ずっとずっと安房の海と山を見続けてきたのだろう。
 ありえない偶然の連続から、やっと訪ねることができた(!!!!)。

 この安房の地には、顧みられることのなくなった(少なくなった)祈りのスポットが無数にある。
 高い山はないけれど、この地の山々を舞台とした房総修験のあともいくつも再発見してきた。

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 房総志料にこうある。

一、安房の山は極メて高くして、さかし。然レども、本州より望ムに、独、清澄山のみ見ゆ。其他はみへず。如何となれば、彼土、本州より一帯低ければ也。房総の界、市ヶ坂より彼地方直下見ゆるにて知べし。

 上総夷隅郡長者町に暮らす筆者が、上総・安房を遊歴し書き残した宝暦十一年の地誌「房総志料」。今でも教わることの多い貴重な資料だ。


 安房の祈りの場がある意味「破壊」もしくは「忘却」されている原因のひとつは、間違いなく安い石油による「自動車」の普及だろう。重力に抗して自らの身体をその高みまで運ぶことが大きな意味を持っていた祈りの場は、今では通り過ぎるか、または見下ろすような通過点にすぎなくなってしまった。

 アフターピークオイル、地域の再構成などとい言う言葉を口に出すまでもない。
 ボクたちはもう一度、大地や自然とコンタクトしなおさないとけない。大地に現れた聖なる吹き出物としての祈りの場をきっかけにして。

2010年02月13日

●No Olympics on Stolen Land

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Why We Resist
the 2010 Winter Olympics

The Olympics are not about the human spirit & have little to do with athletic excellence; they are a multi-billion dollar industry backed by powerful elites, real estate, construction, hotel, tourism and television corporations, working hand in hand with their partners in crime: government officials & members of the International Olympic Committee (IOC).

10 Reasons to Resist 2010

1. Colonialism & Fascism
The modern Olympics have a long history of racism, from its early founding members (i.e., Pierre de Coubertin, a French Baron who advocated sports as a means of strengthening colonialism) to recent IOC presidents. The 1936 Berlin Olympics empowered Hitler’s Nazi regime. Both the 1988 Seoul and 2008 Beijing Summer Games helped legitimize authoritarian regimes in Asia. The 1968 Mexico City Olympics (where over 300 student protesters were massacred by soldiers, days before the Olympics began) also helped legitimize state terror. IOC President Avery Brundage, an infamous US racist and Nazi sympathizer, didn’t even acknowledge the massacre. But when two Black US athletes raised their fists in a Black power salute on the medal podium, he had them immediately stripped of their medals and ejected from the Games! Another well-known fascist IOC president was Juan Antonio Samaranch (IOC president from 1980-2001), a former government official in Franco’s fascist regime in Spain.

2. No Olympics on Stolen Land
BC remains largely unceded and non-surrendered Indigenous territories. According to Canadian law, BC has neither the legal nor moral right to exist, let alone claim land and govern over Native peoples. Despite this, and a fraudulent treaty process now underway, the government continues to sell, lease and ‘develop’ Native land for the benefit of corporations, including mining, logging, oil & gas, and ski resorts. Meanwhile, Indigenous peoples suffer the highest rates of poverty, unemployment, imprisonment, police violence, disease, suicides, etc.

3. Ecological Destruction
Despite claims to be the “greenest Olympics” ever, and PR statements about ‘sustainability’, the 2010 Olympics will be among the most environmentally destructive in history, with tens of thousands of trees cut down & mountainsides blasted for Olympic venues in the Callaghan Valley (near Whistler) & the Sea-to-Sky Highway expansion. In the summer of 2007, a record number of black bears were hit on the Sea-to-Sky Highway, with at least 11 dying (attributed to loss of habitat). Massive amounts of concrete used in construction have also caused millions of Salmon to die in the Fraser River, where tons of gravel are being mined to make concrete.

4. Homelessness
Since winning the 2010 Winter Games in 2003, Vancouver has lost over 850 units of low-income housing; during the same period, homelessness has increased from 1,000 to over 2,500. It is estimated by 2010, the number of homeless may be as high as 6,000. Since the 1980s, Olympic Games have caused the displacement of over 2 million people (Fair Play for Housing Rights report, 2007). In Seoul 1988, some 750,000 poor were displaced, in Atlanta 1996, over 30,000, and for Beijing in 2008, an estimated 1.5 million have been displaced. Yet still today Olympic officials talk about ‘sustainability’ and ‘Olympic legacies’!

5. Criminalization of the Poor
To ‘clean out’ the poor and undesirables, Olympic host cities routinely begin a campaign to criminalize the poor. In Vancouver, the city has launched Project Civil City and new by-laws to criminalize begging for money, sleeping outdoors, etc. It has also included hundreds of thousands of dollars for increased private security (i.e., the Downtown Ambassadors). New garbage canisters on streets make it more difficult for the poor to gather recyclables, and new benches make it impossible to lay down. These measures fit with government plans to remove poor downtown residents to mental institutions, “detox centers” on former military bases, and the ‘fly-back’ scheme by police to return persons wanted on warrants in other provinces. This is nothing less than a process of social cleansing!

6. Impact on Women
Events such as the Olympics draw hundreds of thousands of spectators and cause large increases in prostitution and trafficking of women. In Vancouver, over 68 women are missing and/or murdered. Many were Native, and many were reportedly involved in the sex trade. In 2007, the trial of William Pickton occurred for six of these murders, and he is to be tried for an additional 20 more. In northern BC, over 30 young women, mostly Native, are missing and/or murdered along Highway 16. The 2010 Olympics and its invasion of tourists and corporations will only increase this violence against women.

7. 2010 Police State
Some 12,500 police, military and security personnel are to be deployed for 2010, including Emergency Response Teams, riot cops, helicopters, armoured vehicles, etc. The RCMP plan on erecting 40 km of crowd-control fencing along with CCTV video surveillance cameras. Special security zones will be established to control entry near Olympic venues. For 3 weeks, Vancouver will be an occupied Police State! And once the Olympics are over, there is no guarantee many of these security measures will not remain (i.e., CCTV).
Repression also involves attacks on anti-Olympic groups & individuals, including arrests of protesters, raids of offices, surveillance, media smear campaigns, cuts to funding programs, etc., all in an effort to undermine anti-2010 resistance. This repression has already been used against anti-poverty & housing groups, environmentalists and Natives, in Vancouver.

8. Public Debt
VANOC and government officials claim the 2010 Games will cost some $2 billion. However, this amount doesn’t include the Sea-to-Sky Highway expansion, the Canada Line Skytrain to the airport, the Vancouver Convention Center, or the lower mainland Gateway Project. Including these costs, since they were necessary to win the bid and had to be completed by 2010, makes the true cost of the Games some $6 billion, which must be paid for through public debt, money that could’ve been spent on social services, housing, drug treatment, healthcare, etc.

9. Olympic Corruption
The modern Olympics are well known for their corruption, including both top IOC officials involved in bribery scandals (i.e. Salt Lake City 2002) or athletes found to be using performance-enhancing drugs (such as steroids). Yet the IOC still claims the youth need an inspiration and a “model” of good sportsmanship! Despite published reports of bribery scandals involving IOC members and host cities (i.e., The New Lords of the Rings, by Andrew Jennings), the Olympics continue to be seen as an honorable & noble enterprise, thanks to the corporate media.

10. Corporate Invasion
Government’s and business use the Olympics as a means to attract corporate investment. In BC, the Liberal government has ‘streamlined’ application processes, cut taxes, and offered other incentives to increase certain industries such as mining, oil & gas drilling, and ski resorts. This includes large increases in transport systems, including new ports, bridges, expanded highways & rail-lines. This is all part of their Investment to 2010 Strategy. The results have been dramatic, record-breaking increases in these industries, resulting in greater environmental destruction and more corporate power & influence over our daily lives.

Many of the main corporate sponsors of the Olympics are themselves responsible for massive ecological destruction and human rights violations, including McDonalds, Coca-Cola, Petro-Canada, TransCanada, Dow, Teck Cominco, etc., while others are major arms manufacturers (General Electric & General Motors).

RESIST 2010

“What causes opponents to come of their own accord is the prospect of gain. What discourages opponents from coming is the prospect of harm.”
Sun Tzu, The Art of War

For more Info: www.No2010.com

2010年02月10日

●「エコ」の名をかりた自然破壊そのものです。

そしてここでも。

天城三筋山への巨大風車建設反対と工事中止を求める署名」より。

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署名のお願い

東京電力とユーラスエナジー社は、富士箱根伊豆国立公園の中核をなす天城山系三筋山稜線に出力1670キロワットの風力発電施設21基の建設計画を進めています。建設予定地の天城三筋山の大部分が「水源涵養保安林」に指定されており、河津川や東伊豆町白田川の清流を生み出す水源地であり、地域の住民の飲料水を支えている大切な森林です。また、日本に生息する鳥類の頂点に立つ「絶滅危惧種」のクマタカやオオタカが生息する豊かな自然が残されている日本でも数少ない地域です。三筋山の東伊豆側には美しい草原が広がり天然記念物の湿原もある細野高原があります。山頂からは伊豆七島や雄大な天城連山を望むことができ伊豆半島随一の山並み景観を有しています。この建設計画は、細野高原から三筋山を経て天城八丁池につながる稜線上を30万平方メートルにわたって森林を伐採する「エコ」の名をかりた自然破壊そのものです。巨額な国の補助金を受け、森林を大規模に破壊し、さらに災害や健康被害まで引き起こしかねない「事業」であることは明らかです。私たちは、伊豆半島の豊かな自然や海と山がおりなす景観は国民的財産だと考えます。全国の皆さんの力でこの「事業」をストップさせる署名にご協力をお願いする次第です。

現在この事業をストップさせるためには静岡県が指定する保安林の解除 をやめさせ、また静岡県 が管理する天城三筋山遊歩道の廃道、付け替え計画をやめさせるしかありません。最終的には静岡県、静岡県知事の判断にゆだねられています。 そこで私達は静岡県知事あてに以下の陳情書をみなさんの署名とともに提出することにいたしました。


●突然に住民に何の説明もなく工事が再開されました

ここでもまた・・・。
どうか、現実を知り、理解し、アクションを。

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一宮の海岸環境を考える会のウェブより。

私たち住民の愛する千葉県長生郡一宮町は、ゆるやかな弧を描く九十九里浜の南端・北緯35度21分,東経140度22分に位置しており、西の「千葉県指定有形文化財の玉前神社」や「東浪見寺の木造軍荼利明王立像」などがある丘陵台地に対し、東にある一宮町の美しい砂浜は、太平洋の黒潮に洗われ、神輿を担ぐ人々が裸に近い姿で波打ち際を疾走することから、「裸祭り」と呼ばれ1200年つづく無形民俗文化財の「十二社祭り」の祭典場を有し、地曳網を使ったイワシ漁を多くの観光客が体験しています。また一宮の波は、サーフィンの世界選手権が開催されるなど県内外のサーファーたちを魅了してやみません。
首都圏への通勤圏にある一宮町の海浜環境は、子どもを持つ家族の移住先としての候補地となって、やがて定住するという、その一番の理由に上げられ発展を続けています。まさに「海と太陽と緑と風」に恵まれた風光明媚で温暖な気候地域なのです。

しかし近年、満潮時には黒潮洗う美しい砂浜は消滅し、「十二社祭り」で神輿を担ぐ人々は砂浜ではなくコンクリートの上を走り、地曳網漁はできなくなり、子どもが遊べる砂浜の広さはごくわずかとなってしまいました。

千葉県が海岸侵食を守るために昭和63年以降おこなっているヘッドランド(人口岬)工法については、住民や海岸利用者の間に「本当にこれで砂浜が回復されるのか」「景観や自然環境を破壊しないで海岸の浸食を防止する対策は他に無いのか」といった疑問や批判の声があります。
多額の税金を投入しておこなう公共工事は、専門家や住民の声を聞いて合意形成を計りながら進めていく必要があります。昨年夏に開かれた住民説明会で千葉県と住民双方の間でこの点が確認されたものと考えていましたが、突然に住民に何の説明もなく工事が再開されました。

第6号ヘッドランド(通称サンライズポイントの右側堤防)において、「ジャカゴ」と呼ばれる石を金網で包んだ基礎部分が海中に投下されたのです。
今回の工事は、基礎部分の上に、コンクリートの塊防波ブロック(通称テトラポット)を砂浜と平行して200メートルも投入して、美しい海の景観を壊してしまい、海を覆ってしまう横堤工事計画であると聞きました。こうした工事が本当に実施されたままで良いのか、他には方法が無いのか。

つきましては住民への説明会が行なわれるまで、「千葉県長生郡一宮町海岸侵食対策事業6号ヘッドランド(人工岬)の平成21年度工事」の一時中止を要望します。

本署名は、国土交通大臣 前原誠司様、千葉県知事 森田健作様、千葉県長生郡一宮町町長 玉川孫一郎様に対して意見書とあわせて書面にて提出させていただきます。

一人でも多くの方にご賛同いただきたく、署名へのご協力をお願いいたします。


2010年2月6日
一宮の海岸環境を考える会
代表 小松直之
要望書番号 201002060

2010年01月13日

●人類史の九九・五パーセント以上を占める

ロナルド ライト「暴走する文明―『進歩の罠』に落ちた人類のゆくえ」より。

 旧石器時代は、三百万年近く前に道具を作る猿人が出現してから、一万二千年ほど前に最後の氷河期が終わるまで続いた。それは人類史の九九・五パーセント以上を占める。

2010年01月03日

●東国の開拓の拠点としての位置を

今日読んだ「房総の伝説を『鉄』で読む 」から。

 このような大枠で房総の地域性を捉えてみると、豊富な砂鉄資源を求めて、多くの宗教者が寺社を建立し、開拓をすすめていった、という姿を改めてみることができるように思われます。房総の地はいわば、東国の開拓の拠点としての位置を占めていた、ということでしょう。

2010年01月01日

●「正々堂々と異議を唱える」姿勢

今日読んだ本から。

 幕末の日本を訪れた外国人たちの見た日本は、『逝きし世の面影』という渡辺京二の名著で名著でまとめて知ることができる。そこに見える日本人の陽気さ、満足感、幸福感、そして、自己顕示欲や競争心がなく欲しいものもなければ余分なものもない簡素な生活は、実像であったろうと、私は思う。その満足は、自らを治めることのできる満足であり、鼻先にニンジンをぶら下げられた馬のような人生を送らなくて済む安定感である。自らを治めるためには、一揆も必要であった。搾取構造が固定化されていれば、自治のために絶えず異議を唱える必要があり、自治は一揆によって保たれていた。現代人が学ぶべきものはいろいろあるが、「正々堂々と異議を唱える」姿勢が、その最たるものかも知れない。

田中優子「未来のための江戸学


2009年12月22日

●ジーンズ1本が何百円なんてありえない。

あまりインタビューを受けることのない川久保さんの貴重なインタビューから。(「いい物は高いという価値観も… 川久保玲

 ——最近の安さ、早さを求める傾向への抵抗でも?

 若い人たちが考えたり作ったりする楽しみや必要性を忘れていくのが心配なのです。たとえば、ジーンズ1本が何百円なんてありえない。どこかの工程で誰かが泣いているかもしれないのに、安い服を着ていていいのか。いい物には人の手も時間も努力も必要だからどうしても高くなる。いい物は高いという価値観も残って欲しいのです。

 ——反骨精神は、何に対して?

 自由に生きていきたい、皆が幸福でなければならないと思っても、そうできない世の中の仕組みがあります。それに、人間はそれぞれ生まれてきても決して皆同じじゃないし、同じものをもらってないわけですよね。そういうどうにもならない不平等の中でも、自分は自分だって頑張って生きていかなきゃならない辛(つら)さがある。不条理って言ったら言い過ぎかしらね。子供の頃からずっとそういうものに怒りを感じてきました。その気持ちを今後も持ち続けたい。

●その半数以上が自殺に起因する

これはもう内戦状態だ。
国家や制度による戦死といっていい。


鉄道遅れ4万本、半数超が自殺原因…首都圏


 首都圏の鉄道の運休や遅れの本数が昨年度、4万600本に達し、その半数以上が自殺に起因することが、国土交通省の調査で明らかになった。

 同省は21日、JR東日本や東京メトロなど首都圏の主要12社を集め、自殺防止に有効とされる「青色照明」の検証などを呼びかけた。

 調査は、東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で、列車の運休や30分以上の遅れにつながった輸送障害のデータを原因別にまとめた。

 全国の輸送障害は2008年度、07年度から1000本ほど減ったものの、首都圏だけで見ると4400本も増加。首都圏での原因トップは「自殺」で、07年度から2900本増えて2万1100本に上った。自殺に次いで多かった「信号設備などの故障」によるものは7200本だった。

 トラブルそのものの件数は、05年度をピークに徐々に減っており、08年度は前年度より20件少ない679件だった。ただ、自殺の場合、08年度は前年度より19件多い307件となるなど、ほかの原因によるトラブル件数が減る中で唯一増え続けている。

 私鉄関係者は「自殺の場合、発生後の対応に時間がかかり、影響本数が多くなってしまう傾向がある」と話している。

(2009年12月22日04時52分 読売新聞)

2009年12月09日

●北極圏の氷原が溶け、共食いをするクマが現れた

ボクたちは、今すぐ、生き方を改めなくてはいけない。

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ロイターの記事より。

 [チャーチル(加マニトバ州) 20日 ロイター] 米国が率いる国際的な科学調査によると、気候変動の影響でホッキョクグマが狩りをする北極圏の氷原が溶け、共食いをするクマが現れたことなどにより、ホッキョクグマの生息数が減少している。

 11月20日には、カナダのマニトバ州チャーチルから300キロほど北で、オスのホッキョクグマが共食いした子グマの頭部を運ぶ写真も撮影されている。

2009年11月06日

●トリチウム、海に放出24年 柏崎刈羽原発で配管ミス

京都新聞より

トリチウム、海に放出24年
柏崎刈羽原発で配管ミス

 東京電力は5日、柏崎刈羽原発1号機(新潟県)で、放射性物質トリチウムを含んだ水が1985年の運転開始時から海に放出されていたと発表した。濃度は機器で測定できる下限値を大きく下回っており、安全上の影響はないという。

 東電によると、配管の接続ミスが原因。福島第2原発での同様のトラブルを受けて調べた結果、発覚した。経済産業省原子力安全・保安院は、同じ原因でトリチウム漏れが続発したことを重視し、東電に全原発を調査するよう文書で指示した。

 トリチウムを含む水は原子炉格納容器の酸素濃度を測る機器から生じたもので、本来は廃液処理用のタンクに流れるよう設計されていたのに、建設時に海に流れる排水用の管に誤接続されていたという。

 トリチウムを含む水は原子炉稼働時に月210ミリリットル発生。放出されたトリチウムの量は年間で管理基準の5千万分の1程度。月約18トンの別の排水とともに海に流れた。

 また東電は同日、燃料棒から放射性物質が漏れるトラブルにより、原子炉を停止していた同7号機を8日に再起動すると発表した。(共同通信)


●ついに

2009年10月23日

●高レベル放射性廃液の約半分の濃度の放射能が検出された

asahi.comに、再処理施設でまた放射能水漏れ 青森・六ケ所村」。

 青森県六ケ所村にある使用済み核燃料再処理工場内で約20ミリリットルの液漏れがあり、成分を分析した結果、高レベル放射性廃液の約半分の濃度の放射能が検出された。23日、日本原燃が発表した。外部への放射性物質の影響はないという。原燃は、原因と再発防止策をまとめ、経済産業省原子力安全・保安院に報告する。同じ建屋では、1月から2月にかけて、高レベル放射性廃液が約150リットル漏れている。液体は、前回漏れた高レベル放射性廃液を洗浄した水の残りか、新たに漏れた高レベル放射性廃液の可能性があるという。

 原燃によると、22日午前2時ごろ、高レベル放射性廃液をガラス固化体にする建屋内の洗浄作業の準備中、作業員が配管下のトレーに液体がたまっているのを見つけた。作業に使う遠隔操作のクレーンのチェーンが配管のふたに触れたことが原因と見られる

●これって本当に“エコ”ですか?

今日読んだ一冊、「これって本当に“エコ”ですか?―不思議の国の「温暖化」さわぎ」。

 「自然エネルギーの開発」は本来、「汚いエネルギー」を「きれいなエネルギー」で置き換えようとするものです。ところが現実にはそうならないで、原子力発電が増えたときと同じようなことがおきる恐れが多分にあります。つまり自然エネルギーが増えた分だけC02(つまり化石燃料の消費)や原子力発電が減るのではなく、全体のエネルギー消費が一層増すだけになってしまう可能性が強いのです。


エネルギー中毒から脱却し、森の文明を。


2009年10月21日

●俺らは生きるために命を貰うんだろ!

山本“KID”徳郁のブログより。

オッサンに言いました。
食わないのに何で殺すんだ?アイツだって必死に生きてんじゃん!俺らは生きるために命を貰うんだろ!
違うの!?食わないんなら海に返せ。
オッサンは言いました。アイツは釣りたくなかった。俺の餌食いやがって。

2009年10月15日

●緊急!!佐賀県玄海原発でプルサーマル燃料が装荷される!!

佐賀県玄海原発では、プルサーマルに使われる燃料が明日装荷されると発表されました。

1日でも引き伸ばすため、明日は県庁に大集合!!!

ぜひ明日の1日だけでも、仕事をお休みできそうな方は佐賀県庁へお集まりください。

それが無理であれば、ファックスやメールで佐賀県、九州電力へなんとか明日の
燃料装荷を止めていただくようお願いの連絡を入れていただけると嬉しいです。

****************

速報 転載歓迎

九州電力によると、15日玄海3号のMOX燃料の荷装作業が始まると発表した。
反対の意志を表明した人は15日、午前9時県庁ロビーに集合。

佐賀 武富


14日17:30にプレスリリースするそうですが、九電が明日15日にMOX
燃料装荷すると決めたそうです。いま、九電本社前と、佐賀県庁前に止めたい人
が続々集まっています。明日15日は佐賀県庁前に9時から一日止めるべく集ま
ろうといっています。
全国のみなさん、佐賀県、福岡県の皆さん。どうぞ、九電本社と佐賀県庁前にい
ますぐ集まってください。全国から電話、ファクスをお願いします。

私もこれから九電に出かけますので、どなたか、九電と佐賀県庁の電話番号を調
べて、このメールに加え、全国に広めてください。

たんぽぽとりで/山中

佐賀県知事にMOX燃料装荷を認めるなの声を送ろう!
佐賀県知事 古川 康様
TEL 0952-25-7007
FAX 0952-25-7288
メール http://www.pref.saga.jp/web/iken.html

九州電力にMOX燃料を装荷するなの声を送ろう!
九州電力 代表取締役社長 眞部利應様
TEL 092-761-3031
FAX 092-761-6944
メール https://www1.kyuden.co.jp/cgi-bin/inquire/inquire.cgi?op=0&categori=104

【YOUTUBE】玄海原発プルサーマル計画について(鎌仲ひとみ)


【YOUTUBE】玄海原発プルサーマル計画について(アイリーン・美緒子・スミス)

2009年10月13日

●仮にCO2が地球温暖化とまったく関係ないとしても

坂本龍一さん責任編集による「森と地球の未来」という内容に惹かれて、「COURRiER Japon」という雑誌を初めて買った。

坂本さんのインタビューより。

 そもそも僕は地球が温暖化しているというデータが誤りであっても、仮にCO2が地球温暖化とまったく関係ないとしても、人類は低炭素社会に移行すべきだと思っています。何億年も前の植物の死骸を使ってエネルギーを得て、そのエネルギーを運ぶのにもまたエネルギーを使って、という無駄の多い消費スタイルはやめて、サステナブルなエネルギー源を得るべきでしょう。地球に無尽蔵にあるエネルギーといえば、太陽由来のものであるということは子供にもわかる単純な話です。そろそろ人類も文明の新しい段階に移行してもいいんじゃないでしょうか。


2009年10月04日

●森の出来事を知りたいのなら

あるひとがぼくに言った。

きみが誰であるか知っている。
きみがどんな人間であるか分かっている。
きみが森の中でなにをしたかすべて覚えている。

森の出来事を知りたいのなら、
ワタリガラスの言葉を覚えることだ。

「無題」大竹英洋『動物の森1999-2001』


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上の写真は、嶺岡林道に停めた車から、わずか数十センチの森の写真だ。
車を降り、ほんの数歩歩くだけで、この森の中に身を置くことができる。
これが、房総半島だ。
高い山はないけれど、気が狂いそうになるほどのノイジーな自然の世界が、生活圏にいくらでも存在している。

同時にこの写真にある森は、「富津拡張風力発電所」として風力発電施設の建設が計画されている場所でもある。
ここに、巨大風車がある方ががいいのか、それとも、森がある方がいいのか、ボクたちは今、選択を迫られている。

この惑星(ほし)の未来を決めるのは、政府でも、県議会でも、ましてや市町村議会ではない。
ぼくたち一人一人にすでに投票ボタンは渡されているのだ。


「未来の森のためのドングリ拾い」10月5日(月)13時より2~3時間
集合時間 12時30分 集合場所1 鴨川・安田公園 集合場所2 道の駅富楽里
みんなでドングリを拾い、未来の森について語り合いましょう。
(参加費条件など一切ありません、どなたでも参加いただけます。悪天候の可能性もありますし、森に入りますので汚れてもいい服装でご参加ください。)
お問い合わせ 050-5534-7421

2009年10月01日

●緊急アクション!! 「風車でなく木を植えよう。」

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風力発電ではなく、木を植えよう。

嶺岡の森のことを考えていくためのアクションとして、
今度の月曜(5日)に、「未来の森のためのドングリ拾い」をすることにした。
風力発電施設建設計画の土地で、ドングリを集め、植樹に向けての苗木づくりをしよう。
嶺岡平久里の風力発電を考える会・代表、加藤登紀子さんも一緒に拾い、苗木をつくる。
知っているようで知らない森を学ぶ機会として、急なことに加え平日でもあり集まりにくいのは承知の上で、一人でも多くの方にご参加いただきたい。

ボクたちは、エネルギーのことも、森のことも、すべて人まかせにしてきた。
だけどこれからは違う。
コンセントの向こう側にも自覚的になり、森や山、川や海のことにも自覚的になる。
今こそが、そう決意するラストチャンスなのだ。


「未来の森のためのドングリ拾い」10月5日(月)13時より2~3時間
集合場所実施場所など現在調整中。進行具合などはtwitterで呟いている。

2009年09月10日

●慎重に対処してまいる所存でございますことを

今日、鴨川市議会で片桐鴨川市長が風力発電所建設への意見を表明した。

特に、南房総市の井野・荒川・平塚地区における風力発電施設7基の建設計画に対しましては、本市におきましても多くの市民の皆さまの反対があったことを承知しておりますので、ここで風力発電施設建設に対するわたくしの基本的な考え方を申し述べさせていただきたいと存じます。風力発電施設の建設促進が温暖化ガスの排出量削減に向けて国策として進められていること、また、旧鴨川市の地域新エネルギービジョンに風力発電施設の導入が掲載されていることなどをふまえましても、その事業規模、スケジュール、安全対策、建設後の管理体制、およぼ環境影響評価等に関する説明が十分になされ、かつ、景観・環境の問題、騒音や低周波による健康被害など今現在の懸念事項や、地域住民の皆さまの不安が払拭され理解が得られないかぎり、その建設が進められるべきではないと存じております。今後とも風力発電施設の建設に対しましては、そのような考え方を基本に、慎重に対処してまいる所存でございますことを申し述べさせていただき、当壇での答弁とさせていただきます。

2009年08月13日

●もしこんなものが近くに建てられていることに気がついたら

ボクの暮らすエリアに、いつの頃からかこんなものが建てられるようになった。

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すぐに気づいたものもあれば、すでに建てられてから一年半も経つというのに、昨日気づいたものもある。

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これは、風力発電所の建設にたいする風況調査を行う風速計で、高さは30メートルもある。

もし、キミが暮らすエリアに、こんなものが建てられていることに気づいたら、すぐにしてほしいことがある。

それは、誰が建てたものなのか?を、すぐに調べること。

核による発電や、電力の独占に我慢がならず、自分たちのエネルギーを確保しようというのなら、きっと、問題はないだろう。

しかし、それを建てた連中の目的がもしそうでないものだとしたら、すぐに、木々や森、人、そこに暮らす生き物や大地にリスペクトした計画なのかを確認してほしい。

そして、その風力発電所の計画が、木々や森、人、そこに暮らす生き物や大地にリスペクトしていないものであるなら、全身全霊でその計画に抗議をしてほしい。地域の中で、計画に対する疑問の声があがれば、今までのように水面下で計画を進め、多額の補助金を手にするなんていうことはできなくなるはずだ。

2009年07月24日

●今の世界はエネルギー漬けである。

日刊温暖化新聞の、「あの人の温暖化論考」西尾秀三さん「産業革命をリセットする 低炭素世界の到来」より。

産業革命をリセットする


低炭素社会の実現は大変なことである。産業革命を逆行させる話だからだ。産業革命以降の社会は、はじめは石炭、その後石油や天然ガスといった炭素分の多い燃料をエネルギー源として、人の持つ力を何倍にも拡大してできた技術社会である。身の回りを見回してみると、今はどんな技術にもエネルギーが使われ、そして二酸化炭素を出している。家庭にあるテレビやファックス、コンピュータは、いつでも直ちに皆様のお役に立とうと24時間待つために家庭電力の10%近い待機電力を消費している。あふれるゴミの処理が身近な問題になっている一方で、モノの製造や輸送には多くのエネルギーが使われている。家庭が出す二酸化炭素の13%は食品から出ているが、大地の恵みで育つべき農産品も、肥料や農機具で生産性を挙げ、温室で季節知らずの生産をするために、大量のエネルギーを使う。今の世界はエネルギー漬けである。

産業革命以前はどうだったか。基本的に太陽の恵みから派生するバイオマス、薪、などを使っていた。お日様と共に起き、自然の農業を主とし、木材で家を建て、すべて太陽の恵みの中で生きてきた。そんなに多くの化石燃料は使っていなかったから、大気中にすこし出した二酸化炭素は短期間に自然に吸収され、大気濃度は元に戻っていった。

ところが産業革命以降はそれを大規模にはじめ、しかも200年も続けてきたものだからたまりたまったものが減るどころか増えてばかりいる。今それを元に戻そうとして、化石燃料を使うのはやめる、吸収能力を高めるために木を植える、などを必死にやろうとしている。今のわれわれは産業革命の後始末をしているのである。産業革命、エネルギー技術のおかげで、多くの飢餓、貧困は解消され、人間らしい豊かな生活を得たことは間違いない事実である。だからこれからは産業革命以前の生活に戻るのではなく、200年の間に培った人の智恵をフルに残したままここで昔の産業革命をリセットして、低エネルギー・低炭素社会への新たな産業革命への道のりを探ることになる。

2009年07月19日

●この安房の地に、本当のことを知る機会がどれだけあるのか?

まるで悪夢のようなのだが、一年前にボクはこう書いている。
一年前、風力発電所のことで動くことになるなんて思ってもいなかった。
またしても、【この安房の地に、本当のことを知る機会がどれだけあるのか?】ということを痛感している。
鉄とエネルギー・・・、国生み国造りは今も続いている。
いつまでこんなことを言い続ければいいのだろう。


ちょうど一年前、ボクは突然のように「六ヶ所村ラプソディー」の上映を決めた。

上映パンフに寄せた文章をもう一度。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。


  7月20-21日、昨年の上映会と同じ場所、南総文化ホールで「安房平和映画祭」が開催される。20日には、「六ヶ所村ラプソディー」の前編ともいえる「ヒバクシャ 世界の終わりで」の上映があり、両作品を監督した鎌仲ひとみさんのトーク、さらに「六ヶ所村ラプソディー」上映以降の動きを追った「六ヶ所村通信N0.4」を鎌仲監督と語る会も行われる。不肖ながらボクがナビゲーターをさせてもらうことになっている。

 正直言って、「安房平和映画祭」など楽しいものではないだろう。
重いテーマばかりだし、暗いテーマも多い。ボクだって、「安房ロックムービーフェスティバル」だったらいいのに、と思う。きっとみんなそうだろう。だけどよく考えてほしい。この安房の地に、本当のことを知る機会がどれだけあるのか?。

 来年以降も、この意義ある映画祭が続くように、(映画を見なくてもいいから)どうか安房平和映画祭の会場に足を運んでほしい。様々な団体の様々な展示もある。中学生のための「慰安婦」展や、安房の戦争遺跡に関する展示もある。
ボクも第五福竜丸パネル展「あなたは第五福竜丸を知っているだろうか?」をホール内、大会議室で行う。もう一度言う、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれはしないのだ。


 
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2009年07月07日

●ウイグル人ら19万人が急死した

今、「報道ステーション」の核軍縮に関するニュースを見ていたら、古舘伊知郎がニュースの最後に「唯一の被爆国として」みたいなことを言っていた。

唯一の被爆国ってどういう意味だろう。
ナバホやウイグルの人々は被曝していないってこと?

今年4月、「中国核実験で19万人急死、被害は129万人に 札幌医科大教授が推計」というニュースから。


 中国が新疆ウイグル自治区で実施した核実験による被害で同自治区のウイグル人ら19万人が急死したほか、急性の放射線障害など甚大な影響を受けた被害者は129万人に達するとの調査結果が札幌医科大学の高田純教授(核防護学)によってまとめられた。被害はシルクロード周辺を訪れた日本人観光客27万人にも及んでいる恐れがある。

(中略)

 爆発では楼蘭遺跡の近くで実施された3回のメガトン級の核爆発で高エネルギーのガンマ線やベータ線、アルファ線などを放射する「核の砂」が大量に発生した。上空に舞い、風下に流れた「核の砂」は東京都の136倍に相当する広範囲に降り、その影響で周辺に居住するウイグル人らの急性死亡は19万人にのぼる。甚大な健康被害を伴う急性症は129万人のうち、死産や奇形などの胎児への影響が3万5000人以上、白血病が3700人以上、甲状腺がんは1万3000人以上に達するという。中国の核実験は、核防護策がずさんで、被災したウイグル人に対する十分な医療的なケアも施されておらず、129万人のうち多くが死亡したとみられる。
 広島に投下された原爆被害の4倍を超える規模という。高田教授は「他の地域でこれまで起きた核災害の研究結果と現実の被害はほぼ合致している。今回もほぼ実態を反映していると考えており、人道的にもこれほどひどい例はない。中国政府の情報の隠蔽(いんぺい)も加え国家犯罪にほかならない」と批判している。

●チベット、ミャンマー、ウィグル。

チベット、ミャンマー、ウィグル。
アジア各地で弾圧され、差別され、抑圧されている人たちがいる。
ボクたちは今、試されているのかもしれない。
昨年、FREE TIBET! の声をあげてくれた人に。
どうかしっかり見つめてもらいたい。
(参考:Radio Free Asia

日本ウイグル協会ウェブより。



絵本と漫画で知る東トルキスタン


※分かりやすく伝えるために支援者の方々が作成したチラシです。デモや勉強会などで配布しています。





ウイグルのこと、知っていますか? ウイグルのこと、知っていますか?

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東トルキスタンのお話し 東トルキスタンのお話し

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●Peace and Lliberty for East Turkistan !!

世界ウイグル会議「東トルキスタンで発生した虐殺事件に関する声明」

中国共産党政府がウイグル人に対して行ってきた民族的差別や抑圧、そして同化政策などの結果、ウイグル地区から沿岸部の広東省のおもちゃ工場に強制移送されてきたウイグル人たちは同工場の漢民族従業員たちにより虐殺される事件が発生した。この事件で60名近くのウイグル人が殺され、100名を超えるウイグル人が重傷などを負った。
そして今日7月5日、広東省で発生した悲惨な虐殺事件、そして長く続いてきたウイグル人に対する民族的虐殺に抗議するため、ウイグル民族がウルムチの中心地4か所に集まり計1万人が参加し、平和的なデモで自らの不満を表した。しかしこのデモは多数の警察、軍や車両の出動で武力的鎮圧を受けた。

世界ウイグル会議が直接現地から入手した情報によると、この武力鎮圧で死亡した人は100人を超え、多数が負傷した。この中で幼い子供や女性もいた。

酷いのは、ウルムチの人民広場、南門、ラビヤ・カーディルデパートの前、延安路、陶器工場前などのいずれのデモ場所も一律悲惨な虐殺を受けた。軍の車両下で踏み殺された。軍・警察の銃で殺された。暴力で殺された・・・・・

我々の把握した情報では、すでに逮捕された人は1500人を超える。全ウイグル地区ですでに軍事態勢が敷かれている。一方、ウイグルのアクス県でも7月5日の夜からデモが始まっていることが分かった。カシュガルで起こっているデモについてはまだはっきりとした情報を入手していない。

世界ウイグル会議としては、全世界の民主主義国家や国民、人権団体などがこの事件に緊急な対応を取り、ウイグルで中国軍や警察などに虐殺されているウイグル民族を助けるよう促す。国連やNATOなどが関与し、検察団を派遣し、平和秩序を守り、冷静に対応し、今でも虐殺が続いているウイグル民族を一刻も早く鎮圧軍から守るよう呼び掛ける。

2009年7月6日

※翻訳 イリハム・マハムティ


●はじめに補助金ありき

 ボクの暮らす鴨川市には生ゴミ処理機やコンポストを購入するときに、購入費用の半分、30000円を上限に補助金が交付される。手続きはかなり煩雑で、以下のような手順をふまなければならない。

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これだけの手順をふんで、補助金を手にするのは一番最後だ。
まず「自分のお金」で買う。
「自分のお金」で変えないものには、補助金はおりない。

風力発電の場合も、ボクたちが生ゴミ処理機を買うのと同じにしたらどうだろう。

エコでクリーンなエネルギーの普及のために「自分のお金」で、風車を建設する。
煩雑な手続きを経たのち、一番最後に補助金を手にする。
高い志を持って「自分のお金」で行った事業に対して、その意義を認めて、補助金を交付する。

そうすれば、(そんな悪い業者はいないと思うけど)補助金目当てなんて言われることもなくなる。

ちょっとしたシステムの設計ミスが、なくてもよい混沌や混乱を招くのだ。

風力発電建設。 エコでクリーンじゃん、拍手”・・・・したいところですが、 とにかくでかい。130mくらい、35階建てのビルくらいの風車が7機。 その風車が回ると、低周波振動(空気とモーターの金属音)が巻き起こり、 3km周辺の住民は、神経などに影響を受けるといわれています。 それにすごいお金が、動くらしい?どうも怪しいらしい。 すでに巨大風車が立った地域では、住めない人も出ているとのこと。 峰岡だけでなく千倉でも10機建設が予定されている。 まずは事実を知りたい。 この間、テレビのいろんなチャネルで風車の問題が放映されている。 そこで、6月10日(金)DVDの上映会をやろうという話が10数人の人 から出ました。 関心のある方、おいでください。一緒に考えていきたいと思います。

”巨大風力発電建設計画ってなに?”
・DVD上映 ・日時:2009年7月10日(金)午後6:30〜9:30
・場所:鴨川自然王国、藤本敏夫記念館
・共催:テトラスクロール+鴨川自然王国T&T研究所
  http://www.k-sizenohkoku.com/access_top.html
・参加費:無料 ・連絡先:04-7099-9011(鴨川自然王国)

2009年07月02日

●今、南房総市には

テトラスクロールのある千葉県南房総市には、現在、二カ所の風力発電所が計画されている。ひとつは、千倉白間津・大川地区。もうひとつは、鴨川市と鋸南町との堺、嶺岡に計画されている。さらに、これまでに建てられた風車に関しても、増設が計画されている。すでに反対署名運動の始まっている千倉、この10日に勉強会を持つ嶺岡、その他さまざまな動きのプラットフォームとなることを目指して、「房総半島の風力発電を考える連絡会」を起ちあげた。多くの情報を募っているし、さまざまな意見交換の場となれば心から嬉しく思う。

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2009年06月26日

●ウウウ、ウ…ウ…ゥッソ…オォだぁぁぁあろぉ。

「再生可能エネルギー高度導入CO2削減モデル地域計画」にあんまりビックリしたので、「んもうだめジェネレータ」で変換してみた。

こおぉおぉぉぉのおおぉ…ぉ…!光…景っ!がぁ、「再…生…可…!能…エエェエ…ェネエェエ…ルゥゥゥウゥゥギィイィ!ーー…ー!高…度……導…っ入……っ!C…O……2…削…っ!減…モオッデエェエェエッ!ル…ウゥウ地…っ!域……!」??。 ウウウ、ウ…ウ…ゥッソ…オォだぁぁぁあろぉ。冗談…!はあぁ……やぁあ…ぁめぇ…って…ぇえぇ…っく…う…うれぇ…ぇえ。

2009年06月25日

●「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

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 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

●風力発電についての覚え書き(案)

エコでクリーンなエネルギーが増えても、
エコでもクリーンでもないエネルギーは減りはしない。
増えるのはエネルギー(電気)の総量だけだ。
エコ家電の消費が増え、結果、廃棄物が増えるだけだ。
エコカーもエコ家電も大量生産・大量消費の最新スタイルに過ぎない。
風車が増えても、今までの発電所が(もちろん原発も)減るわけではない。

CO2削減という言葉にダマされてはいけない。
風車と健康被害の因果関係は証明できないという言葉にダマされてはいけない。
今まで何度そうダマされてきたのか。

夢のエネルギーなんてないよ。
ライフスタイルを見直すしか、もう答えはない。

2009年06月20日

●人々を従え、その従えた人々から富を奪う支配者が治める社会

阿久留王は話を続けた。
「彼らと我らとは住む世界が全く違う。彼らは自然を開発し田とする。そこから生まれた米は村長が多く取る。村長はその中から支配する豪族に納め、豪族はさらにその上の支配者に納める。支配者は集めた富で多くの兵を養い、従わない人間を兵を使い滅ぼす。だから米を作る民衆は常に貧しく、民衆は支配者のためにいるのだ。」
 人々を守るためにいる酋長と、人々を従え、その従えた人々から富を奪う支配者が治める社会とでは、根本からその構造は違ってくる。
「阿久留殿、戦わずに彼らに従う道もあったのではありませんか。」
 阿鹿はさらに聞いた。
「それは我が魂を彼らに売り渡すことだ。我らが奴隷となり彼らの言うがままになれば戦いはせずに済むかもしれない。それができないから戦うのであろう。」
 阿久留王は、自由、平等、人間愛から生まれた平和を守るため命がけで戦おうとしていた。それが蝦夷の魂であると断言した。


露崎 清美「阿久留王


この惑星には何とかしなくてはいけない問題が山のようにある。

もちろん地域にも、さまざまな問題がある。
さまざまな人々がさまざまな思いで生きている中にも、突如、問題が現れる。

目の前で起きようとしていることが、自分の中でどうしても許せないとき、
多くの人が、二つの選択肢を前にして、(往々にして)声を潜めてしまう。
「闘いは嫌い」とか「でももう決まったことだから」とか言いながら。

ボクたちはこの列島の上で、この千数百年、ずっとそうしてきたのだろう。

その結果が、この列島の無惨な姿だろう。
言葉では七世代後のためになんて言ってみたところで、
その言葉に勇気がともなわなければかえって害にもなるだろう。


日本列島に生きる人たちが、時が大いなる円環を描いて万物が再生し自然と共存する世界を外れ、一万年かもしくはそれ以上続いた長い夢見の時間(ドリーム・タイム)を離れて、現在に通じる時の直線がジグザグを描いて続く、限定された危うい生き方を選択するのは、この国の歴史が文字で書かれはじめたときあたりからだから、かれこれもう千年近く前のことになる。人は文字で書かれたものを読むようになったかわりに、それまでのように自然を本のように読み、そこから生きるために必要なことを学ぶことを忘れていった。自然の法という共通に守るものがなくなったあとは、スピリチュアルな力と同時に平和も失われて、人と人が殺しあい、国と国が戦争をしあう、いつ果てるともない争いともめ事が続くようになった。そしてそれが行き着くところで、人は誰も自然の声に耳を傾けなくなり、自然の法のことなどに関心を抱かなくなってバランスを失ってしまう。

「スピリットの帰還ーまえがきにかえて」 北山耕平 「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史

2009年06月15日

●ピュアな感覚で「やるよ、ユー」って。

 気がかりだった千倉の風力発電も、みうらし〜まるさんが声を上げてくれ、一安心。
 平久里に予定されている風車が、ボクにとってはウォッチリストのトップ項目。
 「房総の大地に風力発電はいらない」という声をみんなであげていこう。
 今回の風車に関しては、期待していた人に声が届かなかったりして、
滅入ることもあっただけに動きが起きたことがホントに嬉しい。

 いつのまにかボクも大人になっているのかもしれない。
だけど、忘れてはいけないこともある。
「電気を止める子供たち」が現れるまでは。

 そのシャンパン一本で、子供達にチューチュージュースを二百本ぐらい買ってやれ。ヒルズの連中はシャンパン全部一人で飲み干して、キャビアは一人で食っちまう。でも子供達はチューチューの半分を友達にあげんだよ。そんで「うわぁー!」ってみんな遊び始めんのさ。それがホントなんだ。それがホントのセレブっていうんだよ。持ってない奴が隣にいたら可哀想だし、一緒に分かち合いたいし。
だからフィリックスのガムも、パピコも半分に割れるようになってんだ。あげられるように。一人で楽しむんじゃなく、友達を作るためなんだよ。十円のあんな小っちゃなものだけどさ。子供の気持ちを大事にするお菓子なんだ。ピュアな感覚で「やるよ、ユー」って。一人で食うのはファックなんだ。あのお菓子は、すげえ世の中に大切だよ。

真木蔵人

2009年06月10日

●10 Very Ambient Things

もう15年以上前になるだろうか。
インポートのコンピレーションのブックレットに、アレックス・パターソン(the orb)が、”10 Very Ambient Things to do” というリストを書いていた。


10 Very Ambient Things to do

1) Think
2) Put the kettle on
3) Put your name down for a charter flight to Mars
4) Take a hovercraft across the Sahara
5) Go for a swim with a dolphin
6) Sit on top of a mountain in Thailand
7) Raise fluffy bunny rabbits
8) Plug in to virtual reality
9) Fly to New Zealand for a dip in a hot geyser
10) Banana

今見るとさすがに時代を感じさせるけれど、大きい方向は悪くないように思える。このリストを下敷きに新しいリストを作ってみようかな。

2009年06月08日

●そこにあり 生きているということ

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(沼のびゃくしん。)


聖老人
わたくしは あなたに尋ねたかった
けれども あなたはただそこに静かな喜びとしてあるだけ
無言で一切のことを語らなかった
わたくしが知ったのは
あなたがそこにあり そして生きている ということだけだった
そこにあり 生きているということ
生きているということ

「聖老人」より一部 山尾三省「聖老人―百姓・詩人・信仰者として

2009年06月06日

●ボクらが望んでいたのは

ネガティブな情報ばかりで気が滅入る。
ボクらが望んでいたのは、こんな文明なのだろうか?

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最近では、バランスをとるため、というか、自分を大地に繋ぎ止めるために、出先近辺の「巨樹」に会うようにしている。
毎日、毎日、行く先々で、その土地の聖老人、巨樹に会い、触れ、少しの時間、忘れそうになる大きな時間の流れを自らの中に取り戻すように。


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日常的に通り過ぎていた場所に、彼らはいる。
上の写真は、賀恵淵の大シイ。俵田の小櫃川沿いにもうずっと佇んでいるが、その両側は法木、万田野などの山砂採取・産廃処理場でいっぱいだ。近くにできた圏央道・木更津東インターを出入りするのは、山砂を運ぶダンプと、その代わりに産廃を運びこぶトラックだ。賀恵淵の大シイは、ずっとずっと見続けてきたことだろう。房総半島の大地がどう変わってきたのかを。
ボクらは今でも彼が見てきたものを聞く耳を持っているのだろうか?

2009年06月05日

●循環の事情「六ヶ所村再処理工場おはなし会 2009」のお知らせ

テトラスクロールでのお話し会のお知らせを。

【循環の事情】「六ヶ所村再処理工場おはなし会 2009」

時:7月5日(日)17:00〜(開場 16:30)
於:和田浦 テトラスクロール
  千葉県南房総市和田町和田447
  JR和田浦駅より徒歩5分

参加費:800円

本稼動すれば「原子力発電所1年分の放射能を1日で放出する」と言われる再処理工場。
2006年以降、現地に暮らす人々のドキュメンタリー映画の完成や音楽家やサーファー、
たくさんのお母さん達の呼びかけで、その存在は多くの人に知られるようになりました。

その後 稼動計画は進行中です。

行政や市民と向き合ってきたお二人を迎え、2009年現在の再処理工場の状況を共有しつつ、
海山のこと・エネルギーのこと・食のことetc、
データと感性に頼って みなさんとお話できればと思います。
 
【参加・お話】
澤井正子さん(原子力資料情報室)
木下デヴィッドさん(プロサーファー)
真魚長明さん(テトラスクロール)

◎といあわせ・ご予約 haana2004@aol.com 090-2902-4460

2009年06月04日

●1本でも多くの風車を建てていきます。

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風力発電に関していろいろ調べていくうちに、メディアが伝えない「姿」が見えてきた。

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上の二枚の写真、「再考 白滝山の風力発電建設(ダイジェスト版)」からの写真を見てほしい。
( 山口県下関市・CEF白滝山ウインドファーム)

今、房総半島にも、こんな景色が出現しようとしている。
千倉白間津地区には、上の写真と同じ業者が10基もの風車を建設しようとしている。

クリーンってなんだろう。
エコってなんだろう。
文明の本質を見ないでは、どうあがいても、ボクらに未来はないだろう。
誰かを糾弾しても何も変わりはしない。

まずは知ること。
そこから始めるしかないだろう。


参考リンク
阿武隈日記番外編 09/04/28 狂気の風車
日本に巨大風車はいらない 風力発電事業という詐欺と暴力
風力発電や太陽光発電などの新エネルギーの組織的導入は環境を破壊する
写道 : 白滝山 風力発電
エネルギーの優等生ではあるけれど・・風力発電を建てる前に
神のいる場所、白滝山へ
いわき市立小白井小学校中学校は、巨大風車プラントの低周波被害実証試験の現場となるのか



私たちは電気を通じてこの地球に住む

全ての人がお客様であると考え

1本でも多くの風車を建てていきます。


クリーンエナジーファクトリー株式会社HPより

2009年05月14日

●世界中があなた方の行動を見守っています

 日本の皆さん、あなたがたは世界から尊敬も友情もそそがれる民主主義の国の人です。しかも、軍事政権下にあるビルマ(ミャンマー)と非常に深い関係を持っています。そういう日本が、ビルマの人たちを助けるために何をするのか、それとも何もしないのか。どちらにしても、ビルマへの影響はとても大きいのです。世界中があなた方の行動を見守っています。———ジェーン・バーキン 

政治囚支援協会(AAPP) インフォメーション・リリース

2009年5月14日

アウンサンスーチー氏、インセイン刑務所に収容される

(タイ・メーソット発)政治囚支援協会(AAPP)は本日〔2009年5月14日〕、アウン
サンスーチー氏、キンキンウィン氏とその娘のウィンママ氏(以上2人はアウンサン
スーチー氏と同居する国民民主連盟(NLD)党員)、そして米国人男性ジョン・ウィ
リアム・イェットー氏が、国家保護法22条違反容疑で起訴されたことを確認した。起
訴内容は、アウンサンスーチー氏の自宅軟禁に関して定められた規則や規制に違反し
たことに関連する。4人はインセイン刑務所敷地内の特別法廷に出廷し、起訴内容を
告げられた。

本日、裁判官が法廷で起訴内容を読み上げた。裁判官による質問は行われなかった。
裁判官は被告4人に対し、5月18日に再び出廷するよう命令した。法廷はインセイン刑
務所敷地内にある。審理を進めたのはラングーン西部管轄担当判事のタウンニュン氏
とニーニーソー氏で、法務顧問のミンチャイン氏も同席した。被告側には代理人をつ
けることが認められた。弁護士はチーウィン氏とフラミョーミン氏である。

米国人のジョン・ウィリアム・イェットー氏は出入国法違反でも起訴されたが、詳細
はわかっていない。この罪状での起訴に関連して、イェットー氏は別途出廷した。

最新情報によれば、アウンサンスーチー氏、キンキンウィン氏、ウィンママ氏はアウ
ンサンスーチー氏の自宅には戻っていない。3人は現在、インセイン刑務所に収容さ
れている。

アウンサンスーチー氏、キンキンウィン氏、ウィンママ氏は、14日早朝、武装警官に
よってアウンサンスーチー氏の自宅からインセイン刑務所まで連行された。

ジョン・ウィリアム・イェットー氏は今朝、出廷するためにアウンタパヤー警察尋問
センターからインセイン刑務所まで連行された。

2009年03月24日

●今後もさまざまな故障、トラブルに遭遇することが予測される

毎日.jpより。

原子力白書:異例のトラブル遭遇を予測 六ケ所村言及

 政府の原子力委員会(近藤駿介委員長)は24日、08年版の原子力白書を公表した。トラブル続きで操業開始が大幅に遅れている日本原燃の使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)について、白書は「今後もさまざまな故障、トラブルに遭遇することが予測される」と言及、トラブル発生を前提としたような表現は異例で、「安全性を軽視している」との批判を呼びそうだ。

 白書の総説にあたる「概観」で、今後の課題の一つとして挙げ、「安全の確保を前提として確実に克服していくことが必要」と求めた。

 同工場は、全国の原発で使い終えた核燃料からプルトニウムなどを取り出し、残りの高レベル放射性廃液をガラスと一緒に固める。92年に着工、00年に操業開始予定だったが、技術的なトラブルが続出し、完工前試験が中断したままで再開のめどが立っていない。

 商業レベルの再処理施設は英仏露印で稼働中だが、国内では初の取り組み。07年の白書は「間近に控えた本格操業に向け、トラブルを克服しつつ慎重に準備が進められている」と書いていた。

 事務局の内閣府は「海外でも操業開始には苦労しており、簡単にうまくいくとは言えない。しっかりやってほしいという願いを込めたもの」と説明している。【山田大輔】

「願いを込めたもの」じゃ困るんだよ。

2009年03月04日

●現実を受け入れないかぎり自由を手にすることができない

 「里の在処」「戦争という仕事」などの内山節さんの新著「怯えの時代」が良かった。


 現代人は確かに自由なのだと思う。もちろん世界のさまざまなところに、自由を圧殺された人々がいることを私は知っているし、それが国内問題であることも知っている。しかし、あえて私は現代人は自由だという。なぜなら、現代の自由は、現実を受け入れる他なかった喪失の先に現れてくる自由でしかないからだ。私たちには携帯でメールを打ちつづける自由がある。テレビのチャンネルを思うがままに変える自由がある。今日の夕食を好きなように決める自由がある。ただしそれは携帯電話がつくりだしたシステムを受け入れることによってだ。テレビというメディアを受け入れることによって、だ。サイフの中身という現実を受け入れることに、よって、だ。
 現実を受け入れないかぎり自由を手にすることができないという包囲された世界のなかの自由が、私たちにはある。そして現実を受け入れたとき手にしなければいけないもうひとつのものは、喪失。その代償のもとに獲得されたのが現代人の自由。

怯えの時代」 内山節

 これから私たちは「連帯」という言葉を少しずつ取り戻していくことになるだろう。
そこからしか未来は語れないからである。何と連帯するのか。連帯の意味とは何なのか。

怯えの時代」 内山節


 「恐慌前夜」ともいえる今、システムに頼らずに生きる(離脱して生きる)ためにも、一読をオススメする。

2009年02月22日

●鉄が地球温暖化を防ぐ

昨日、いすみで畠山重篤さんの話を聞いた。

森は海の恋人」の著者であり、「森は海の恋人」運動の先駆けとなった牡蠣の森を慕う会の代表でもある畠山重篤さんの姿や話は、テレビなどで何度も見ていたが、講演のタイトルにもあった「鉄が地球温暖化を防ぐ」についての話が面白かった。世界的な海洋学者ジョン・マーチン博士が唱えた「鉄仮説」を平易にかみ砕いた話は、会場にいた多くの人をしっかりとらえていたようだ。


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2009年02月17日

●その高い壁は、「システム」です。

そう、「システム」に操られてはいけないんだ。



そしていま、僕はここに来て語っています。

もしその「壁」が――その壁にぶつけられる「卵」が壊れてしまうほど――固く、高いものであるならば、どんなに「壁」が正しくとも、どれほど「卵」が間違えていたとしても、僕は卵のそばに立つでしょう。

なぜか? 僕たちひとりひとりが、その「卵」だから、かけがえのない魂を内包した壊れやすい「卵」だからです。僕たちはいま、それぞれが「壁」に向かい合っています。その高い壁は、「システム」です。

僕が小説を書くさい、たったひとつの目的しか持っていません。それは個々人のかけがえのない神性を引き出すことです。その個性を満足させるために、そして僕たちが「システム」に巻き込まれることを防ぐために。だからこそ僕は、人々に微笑みと涙を与えるべく、人生と愛の物語を書きつづります。

僕たちはみな、人間であり、個人であり、壊れやすい卵です。

「壁」はあまりに高く、暗く、冷たすぎて、それに立ち向かう僕たちに、望みはありません。(だからこそ)「壁」と戦うために、僕たちの魂は、暖かさと強さを持つべくお互いに手を取り合わなくてはなりません。僕たちは僕たちの作った「システム」に操られてはいけません――そのように僕たちを形作ってはいけません。それはまさに、僕たちが作った「システム」なのですから。

村上春樹のスピーチを訳してみた(要約時点)進化版 sho_ta「しあわせのかたち」

2009年02月16日

●銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに

朝から畑で汗を流し、昼を過ぎたので帰り支度をしていると、畑わきの小屋のあたりに、何か生命の気配を感じた。
フクロウだ・・・・・・・・・。驚いた。

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日々の暮らしの中には、驚きがいっぱいある。
レイチェル・カーソンのいう「神秘さや不思議さに目を見はる感性=センス・オブ・ワンダー」。

ついつい忘れてしまうことだが、この世界はすでに祝福されていて、驚きや神秘や輝きで溢れている。この世界から切り離されることさえなければ、ボクたちはこの宇宙と一体なのだ。

●水平方向だけではなく垂直の方向にも

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敬愛するアーティスト、須田郡司さんが、世界の石を巡る旅に出る。
昨年、光栄にもその旅への決意宣言ともいえるフライヤーをデザインさせていただいた。
また、応援メッセージまで書かせていただいた。


 イワクラや聖なる石があるということ、それはそこに生きる人の世界や宇宙が、水平
方向だけではなく垂直の方向にも大きく広がっていることの証である。その垂直方向に
生きる力こそ、ヒトがこの惑星(ほし)の上で「正しく」生きることを意識させる力そ
のものだったのだ。それは、圧倒的な勢いで姿を消しつつある。けれど、その後ろ姿を
かろうじて見ることはできる。須田さんの新たな試み、"世界石巡礼"は、まさにその後
ろ姿を追い続けるものだ。その旅がどれほど重要なものなのかを、ボクらはこれから思
い知らされることになるだろう。            真魚長明(アーティスト)


その旅、「世界石巡礼」がまもなく始まる。
多くの人に、彼の旅を知ってほしいと思う。そしてもしできるなら、彼の旅の手助けをお願いしたい。



 失われつつある石の文化を後世に繋げて行きたいと願い、活動の範囲を広げてゆくために、 世界石巡礼に旅立ちます。
 日本と世界の石文化をつなぐ、世界石巡礼の活動にご理解をいただき、 皆様からの寄附をお願いする次第です。
 世界石巡礼の決意文や、活動内容をご覧いただきまして、何卒、ご支援くださいますよう宜しくお願い申し上げます。

●支援カンパの振込先
郵便振替口座 口座名 Voice of Stone 口座番号 00210-8-81854
Voice of Stone プロジェト 事務局
〒255-0001 神奈川県中郡大磯町高麗2-11-39


→ → 世界石巡礼
→ → 須田郡司オフィシャルサイト

2009年01月23日

●ガラス固化再開遅れる見通し

東欧日報の記事から。


再処理高レベル廃液漏れる

 日本原燃は二十二日、六ケ所再処理工場の高レベル廃液ガラス固化建屋で、配管の閉止部から高レベル放射性廃液が漏れた―と発表した。漏れた場所は、セル(コンクリートで仕切った部屋)内で、外部への放射能漏れなど安全上の問題はないとしている。原燃は配管の下にある受け皿などから廃液約二十リットルを回収した。二十一日午後に発見し、漏れた配管閉止部のねじを締め直したところ、漏れは止まったという。

さらに、

ガラス固化再開遅れる見通し

 日本原燃は二十二日、六ケ所再処理工場の高レベル廃液ガラス固化建屋で、配管から高レベル放射性廃液が漏れるトラブルがあった―と発表した。漏れた場所は、セル(コンクリートで密閉した部屋)内で、外部への放射能漏れなどはないという。原燃は約二十リットルの廃液を回収し、漏れた量に相当するかどうか確認している。

 二十一日午後に、配管を閉じている金具部分から廃液が滴っているのを発見。遠隔操作で金具のボルトを締め直したところ、漏れは止まったという。原因調査のため、中断中のガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)製造試験の再開は、さらに遅れる見通し。年度内のアクティブ試験終了(完工)も厳しい状況になってきた。

何度も言っているけれど、もうやめにしようよ。

2009年01月14日

●ガザで我々が見ていることは

ロンドンでの集会における、ガザ虐殺に抗議するブライアン・イーノのスピーチ。 (2009年1月3日)

「ガザで我々が見ていることは、イスラエル政府が行っている挑発実験だ。150万人を小さな場所に押し込め、食べ物も、水も、衛生設備も、薬も与えず、彼らが敵意を示したときは驚いたふりをする。その敵意は求められている。なぜなら、それは犠牲者を演じるきっかけになるからだ。イスラエルは自らが圧制者である状況において犠牲者のふりをしているのだ。ホロコーストの灰から生まれた国が、そのようなふるまいをすることは悲劇だ。胸のはりさけるようなことだ。イスラエルはなぜそうするのか?紛争を生み出す理由は何なのか?その裏には、そうすることによって彼らが移住地を引き続き建設できるということがある。アメリカ政府から莫大な援助金を得続けられるということがある。彼らはパレスチナ人から祖国を奪い続けることができ、中東にワルシャワ・ゲットーを作り続けることができる。」

子供のころから尊敬してきたミュージシャンが、今もこうあってくれることで、ボクは自分が送ってきた人生を、少しだけれど誇らしく思うことができる。だから、ボクも、そのようにありたいと、また、思うのだ。

2008年12月28日

●小さな発電機を動かして、ネットを通じて世界と交信している。

ガザで「今」起きていること。



Subject:
[AML 22860] ガザより
From:
"OKA Mari"

==1==送信日時:2008/12/28 11:29:28


みなさま、

京都の岡です。
空爆下のガザのアブデルワーヘド教授のメールを転送します。
同教授はガザ・アル=アズハル大学の英文学科の教授です。
電気が切れたガザで、発電機でかろうじて電力を維持しながら、世界に
向けて発信しています。

イスラエルがハマースの攻撃に対する報復としてハマースの拠点を
攻撃しているという日本の報道は偽りです。
これは、非戦闘員、民間人に対する大量虐殺です。

重慶・ゲルニカ・ドレスデン・東京大空襲、そして、ヒロシマ・ナガサキ、
同じことが2008年12月の今、起きています。

******   転送歓迎 ****************

25の建物がイスラエルに空から攻撃された。建物はすべて地上レベルに
崩れ去った。死者はすでに250名に達する。負傷者は何百人にものぼるが
貧弱な設備しかないガザの病院では、彼らは行き場もない。電気も来ないが、
ディーゼル発電機でなんとかこれを書いている。世界にメッセージを送る
ために。携帯電話もすべて使用できない!

Sent: Saturday, December 27, 2008 8:03 PM
Subject: FW: Christmas News


25 building have been hit by Israeli aircrafts. All of it have been
leveled
to the ground. An estimation of 250 dead so far! Hundreds of injured
find
no place in the poorly equipped hospitals of Gaza city. No electricity
but
I am working on a desiel generator, to send off this message. All
mobile
phones are out of work too!


Prof. Abdelwahed
Department of English
Faculty of Arts & Humanities
Al-Azhar University of Gaza



==2==件名:ガザより(2) 27日午後6時
       送信日時:2008/12/28 11:29:28

なんという光景だ。数分前、パレスチナ側のカッサーム・ロケットが飛んでい

音が聞こえた。続いて、もう一つ、そして爆発音。2発目は、パレスチナ人を
標的にしていたイスラエルの機体から爆撃されたものと思われる。今、
聴いたニュースによれば、イスラエルのアパッチ・ヘリが攻撃したのは、
釣堀用の池のあるリクリエーション・グラウンドだという。シファー病院は、
195人の遺体、570人の負傷者が同病院に運ばれていると声明を
発表している。刻一刻と死傷者の数は増え続けている。これはガザ市
だけの数字だ。ほかの町や村、難民キャンプからの公式の発表はない。
自宅アパートの近くで末息子がスクール・バスを待っていたところ、以前、
国境警備局があったところが攻撃された。息子が立っていたところから
50メートルしか離れていないところで、男性二人と少女二人が即死した!
真っ暗な夜だ。小さな発電機を動かして、ネットを通じて世界と交信してい
る。

----- Original Message ----- From: prof abdelwahed
Sent: Sunday, December 28, 2008 1:03 AM
Subject: Gaza at 6:00 p.m.


It is horrible outside! Minutes ago I heared a hissing of a
Palestinian
Kassam, then another one accompanied with an explosion; it seems that
the second one received a bomb from an Israeli aircraft that could
have
targeted the Palestinian group! In the news now, Israeli Apatchi
targeted
a recreation ground with fish ponds! Shifa hospital stated that there
is
more than 195 dead bodies and more than 570 injured there! Every
minute
the number of casulties rise up. Those figures are in Gaza, and there
are
still no official statements from other towns, villages and refugee
camps!
Near my apartment my youngest son was waiting for his school bus
when the former preventive security department was hit. 5o meters from
where he was standing two men and two young girls died immediately!

Its ustterly dark night now. I am operating a small generator to
contact
the world via internet.

Prof. Abdelwahed
Department of English
Faculty of Arts & Humanities
Al-Azhar University of Gaza



ボイコット・イスラエル!!

2008年12月09日

●オンライン署名にご協力を!

鬼泪山国有林を守るために、オンライン署名にご協力ください。

鬼泪山に広がる国有林が、今、危機にさらされています。山砂採取業者が、この国有林での山砂採取を県議会に申請し可決されました。これにより土石審(県土石採取対策審議会)が開かれ、そこで山砂採取の是非が問われることになりました。しかし、この土石審のメンバーの多くは、業者や業者が支持する県議らで構成されていて、開催されてしまったら100%山砂採取にゴーサインが出されてしまいます。土石審の開催を絶対に許してはいけません。短期的な利益を追求することはもうやめて、子や孫、さらにその子どもや孫たちのためにも、一緒に鬼泪山の森林を守っていくことに力を貸してください。


 ↓ 署名はここから ↓  

2008年11月29日

●虚栄の市へと出かけて行き

今日は、BuyNothingDay。
畑仕事のあと、火を焚いてランチパーティ。
「虚栄の市へと出かけて行き 必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり」がちな暮らしを、少しだけ修正。

火を焚きなさい   山尾三省


山に夕闇がせまる
子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前達の心残りの遊びをやめて
大昔の心にかえり
火を焚きなさい
風呂場には 充分な薪が用意してある
よく乾いたもの 少しは湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に火を焚きなさい


少しくらい煙たくたって仕方ない
がまんして しっかり火を燃やしなさい
やがて調子が出てくると
ほら お前達の今の心のようなオレンジ色の炎が
いっしんに燃え立つだろう
そうしたら じっとその火を見詰めなさい
いつのまにか --
背後から 夜がお前をすっぽりつつんでいる
夜がすっぽりとお前をつつんだ時こそ
不思議の時
火が 永遠の物語を始める時なのだ


それは
眠る前に母さんが読んでくれた本の中の物語じゃなく
父さんの自慢話のようじゃなく
テレビで見れるものでもない
お前達自身が お前達自身の裸の眼と耳と心で聴く
お前達自身の 不思議の物語なのだよ
注意深く ていねいに
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つように
けれどもあまりぼうぼう燃えないように
静かな気持で 火を焚きなさい

人間は
火を焚く動物だった
だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
火を焚きなさい
人間の原初の火を焚きなさい
やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時
きっとお前達は 思い出すだろう
すっぽりと夜につつまれて
オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを


山に夕闇がせまる
子供達よ
もう夜が背中まできている
この日はもう充分に遊んだ
遊びをやめて お前達の火にとりかかりなさい
小屋には薪が充分に用意してある
火を焚きなさい
よく乾いたもの 少し湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に組み立て
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つようになったら
そのオレンジ色の炎の奥の
金色の神殿から聴こえてくる
お前達自身の 昔と今と未来の不思議の物語に 耳を傾けなさい


「びろう葉帽子の下で/山尾三省詩集」(1993年、野草社刊)より

2008年11月28日

●世界中があなた方の行動を見守っています

 日本の皆さん、あなたがたは世界から尊敬も友情もそそがれる 民主主義の国の人です。しかも、軍事政権下にあるビルマ(ミャンマー)と 非常に深い関係を持っています。そういう日本が、ビルマの人たちを 助けるために何をするのか、それとも何もしないのか。どちらにしても、 ビルマへの影響はとても大きいのです。世界中があなた方の行動を 見守っています。———ジェーン・バーキン 

大好きなジェーン・バーキンの新譜『冬の子供たち』に「アウンサンスーチー」という曲が収録されている。ビルマの民主化活動家、僧侶、子どもたちへ捧げるもので、ビルマで何が起きているのかを知る、素晴らしいきっかけになるだろう。知性とはこういうものなんだろう、ジェーン・バーキンを見ていていつもそう思わされる。素晴らしい人を見よ!

●明日はBuyNothingDay

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明日はBuyNothingDay
昨年同様、麦の種まきとランチパーティを行います。
今年の麦畑は、昨年から始めた無施肥不耕起スタイルで行います。
大麦・小麦・エン麦を蒔きます。奮ってご参加下さい。

11月29日(土)10時30分・安房地人協会江見圃場に集合(場所はお問い合わせ下さい。)

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……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか……

宮沢賢治「農民芸術概論綱要」

2008年11月26日

●何らかの原因で

柏崎刈羽原発7号機で火災=定期検査中、1人やけど−東電」というニュース。

22日午後9時50分ごろ、定期検査中の東京電力柏崎刈羽原子力発電所7号機(新潟県刈羽村)のタービン建屋大物搬入口付近で火災が発生した。火はすぐ消し止められたが、作業員1人が右手に軽いやけどを負った。外部への影響はないという。  同社によると、出火現場付近では同日午後8時ごろから、タービン翼をアルコールで洗浄する作業が行われていた。同社は何らかの原因でアルコールに引火したとみて調べている。(2008/11/23-00:38)

「今から富士山に登るぞ!」そう言って出かけようとして、家の玄関で足をくじいてしまったようなもの。だから、やめようって。

2008年11月20日

●試運転を終えるための国の検査のめどもたっていません

NHKニュースから。

11月20日 7時26分

青森県六ヶ所村の使用済み核燃料の再処理工場で行われている試運転について、事業者の日本原燃は、トラブルなどで作業が遅れていることから、予定していた今月中の終了を断念して終了時期を来年1月に延期する方針を固めました。
六ヶ所村の再処理工場は、使用済み核燃料を再処理して燃料として利用するプルトニウムを取り出す施設で、おととし3月に始めた試運転は現在、放射性レベルの高い廃液をガラスで固めて廃棄物にする最終段階に入っています。これまでトラブルや不具合が続いたことから、試運転の終了時期は何度も延期され、現在の計画では今月中となっています。ところが、長期間中断したあとに先月再開した作業もトラブルなどで予定どおり進まず、試運転を終えるための国の検査のめどもたっていません。このため日本原燃は、試運転を今月中に終えることを断念し、終了時期を来年1月に延期する方針を固めました。日本原燃は、今月25日にも延期を正式に決定し、国に届け出ることにしています。再処理工場の試運転が年内に終了すれば、青森県や村は、来年4月から固定資産税を受け取ることができるようになりますが、今回の延期によって、村だけでもおよそ20億円の税収が減ることになります。

昨年9月、突如思い立ち「六ヶ所村ラプソディー」の上映会を開催し、この夏には「安房平和映画祭」で鎌仲ひとみ監督をお招きして「六ヶ所村通信no.4」を見る機会もあった。
その間、つねに本格稼働はだらだらと延期され続けてきた。

ボクも同じことを繰り返し言ってきた。
「できないことはもうやめよう。」

2008年10月22日

●原子力の安全性にまで踏み込んで審査する必要は法的にない

中国電力原発 山口・上関町での計画、知事が埋め立て許可

 山口県の二井関成知事は22日、中国電力(広島市)が同県上関町で計画する原子力発電所の建設用地を造成するため申請している公有水面埋立免許について、山下隆・中電社長に許可する処分決定文書を手渡した。二井知事は記者会見で「原子力の安全性にまで踏み込んで審査する必要は法的にない」と述べ、地元町の意見などを総合的に審査し、免許基準や要件に適合していると判断した。来春にも埋め立て工事に入る見通し。(毎日新聞)


20081022-00000015-maip-soci-thum-000.jpg記事を見て目を疑ってしまった。
「原子力の安全性にまで踏み込んで審査する必要は法的にない」ってどういうことだ??
知事は誰のために働いているのか??住民の安全や健康よりも大切な何かがあるとでもいうのか??
もうやめにしよう。核の鎖を今、断ち切らなくてはいけない。安全な核などこの世界にはないのだ。

2008年09月17日

●地球に生きる人勉強会「房総半島のネイティブタイム」

 昨冬、三回にわたって行った「地球に生きる人勉強会」を再び始めようと思う。
「たねの学校」「からだの学校」とあわせて、これからの活動の大きな軸にしようと思っている。
テーマは「房総半島のネイティブタイム」、ボクたちの足下にあるこの日本列島で起きたことを、一万年のタイムスケールで見たとき、ボクたちが今いるこの世界の本当の意味が見えくる。だけど、日本列島は、ボクたちの想像力をフルに使っても、少しばかり広すぎるようにも思う。そこで地域を房総半島に限定して、房総半島の一万年を見ていくことにしよう。「房総半島のネイティブタイム」は、房総半島の本当の歴史をともに学び、その歴史が現代の様々な問題に繋がることを知り、語り合う勉強会にしたい。

地球に生きる人勉強会 房総半島のネイティブタイム
第1回 9月20日(土)18時30分〜 南総文化ホール小会議室
ネイティブタイムとは何か?。房総半島の太古から古代「房総半島の縄文時代」
ナビゲーター/真魚長明 参加費(資料代)1000円
主催/安房地人協会(info@makaoyate.org TEL0470-47-5822)


 歴史の表舞台にはでてこない人々。歴史の細かいひだに隠れて日が当たらないままになっている人びと。なぜそういう人ばかりに関心を持つようになったのだろうか。
 振り返ってみると、三十年近く前のある情景が思い出されてきた。
 一九七○年に選挙で成立したチリのアジェンデ政権が、三年後にピノチェトの軍事クーデターよって倒された。ショッキングな事件だった。そのピノチェトの軍事独裁
政権がはじまった時期に、私はチリを何度か訪れている。まだ宮殿に銃弾の痕が生々しく残っていて、戦車が町中を走っているような状態のときだ。「戒厳令の夜」は、
そのチリでの取材をもとに書いた小説である。
 ところが、そんなチリで、道ばたに座りこんでいる人びとのすがたがあった。彼らは、目の前を連行されいく社会主義者たちや、弾圧する側のを戦車や軍隊の行進にも
まったく関心を示さない。よく見ると、それは先住民のインディオだった。
 彼らから見れば、チリの政権を取るのがアジェンデの側であろうとピノチェトの側であろうと関係ない。あとからきた連中が仲間同士で喧嘩しているようなものだ。
よその国からやってきた人びとが、その前からその土地に住んでいたインディオの人びとの土地を奪い、彼らの歴史や文化を奪う。その上、こんどは片や社会主義者、
片やファシストとわかれて喧嘩しあっている。ただそれだけのことだ。
 戒厳令下のチリで、彼らは冷ややかな目でそれを眺めていた。その目はまるで「俺たちには関係ない」と語っているようだった。
 日本の先住民たち、土蜘蛛とか国栖とか隼人などといわれた人びとから見ても、それはまったく同じことではないか。彼らも、おそらくそういう冷ややかな目で見つめ
ていたのではないか。

「原郷への旅」五木寛之『サンカの民と被差別の世界

2008年09月15日

●ワタの初収穫

今日は、安房ハイキングクラブ・低山ハイクで高鶴山へ。
登山道脇のきのこの姿についつい見とれてしまった。

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午後はスケジュールの合間を見計らって、今シーズン初のワタの収穫。


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低温〜日照り〜残暑、と、過酷な環境をサバイバルした今年のワタからは、きっと強いタネが採れるだろう。


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2008年09月03日

●イノシシの被害

数日前、田んぼの畦の草刈りに行ったとき、イノシシの痕跡を見つけた。

最初は、ああこれがイノシシの痕跡かぁ、くらいにしか思っていなかったが、毎日毎日、被害が大きくなってくる。稲刈りの予定日までまだ10日あまりある。イノシシの進入路の見当がついたので、今日は防獣ネットを設置した。畑仕事をしていて、鳥やタヌキや小動物に、農作物を食べられることは、けっして珍しいことではない。北の国ではないけれど、「あきらめちゃうですよ。」という、仕方がないなぁという思いはあっても、怒りの感情はけっして生まれてはこなかった。だけれど、今回のイノシシのことについては、正直なところ怒りの感情を抑えきれない。

ボクが南房総に来た16年前、このあたりのイノシシは絶滅していると聞いた。それなのに、年々、イノシシは増え続け、棚田を中心に被害を与え、その被害をきっかけに、稲作を断念する人の声を聞くことも多い。日本テレビの報道特集で取り上げられたこともあるが、今、南房総にいるイノシシは、スポーツハンターが、自らの快楽を満たすために飼育・繁殖し、野に放ったものなのだ。さらにいえば、その「イノシシ」は、繁殖期があり年に4匹程度しか子を産まない(本来の)イノシシではなく、一年中繁殖期であるようにとブタとかけあわて「改良」したハイブリッド種=「イノブタ」なのだ。

いつからか、ヒトは耕作を始め、土を豊かにし、生産性を上げることを目的に自らが生きる環境を改造しはじめた。やがて、それは、山を切り崩し山砂を運び出し、かわりに残土や産廃を埋め戻し、地下から石油石炭を掘り、石油文明とも言えるボクたちの文明を築きあげた。その文明の終わりが見えた今、今度は核の世界を実現しようと躍起になっている。

このボクらが生きている文明はボクらが望んだものなのだろうか?、はたしてこの先もこの文明の存続を望んでいるのだろうか?。今、ボクらは真剣に考えなくてはいけないのだ。

2008年09月01日

●田植えからまもなく四ヶ月

稲刈りも間近、たわわに実る稲穂がカワイイ。

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古代米も出穂。

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2008年08月31日

●今年もまたかわいいワタのシーズンが

今年もまたワタがはじけた。

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低温〜日照り、今までに経験のない気候だが、今年もまたかわいいワタが姿をあらわした。
例年であれば頭以上の背丈になるワタも、今年は大きいものでやっと肩くらい。
ふだんなら行う成長点を止めるための「摘芯」も今年はやらないでいる。
今から高温が続けば、収量はそう落ちないだろう。
収穫作業はこれから半年間、来年2月まで続いていく。

2008年08月26日

●子ツバメが・・・。

午前中、藍畑で刈り取りの作業をしていたら、何かが飛んできて、ボクの肩に留まった。
蝉かな?、と思ったら、子ツバメだった。
作業を続けても、多少居心地が悪そうに移動するものの、ボクから離れようとしない。
たまに飛び立って、見えなくなるくらい遠くへ飛んでいっても、しばらくするとまた戻ってくる。
せっかくなので、写真撮影。

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2008年08月25日

●マーケットというその場が心地いいから

9月の第一日曜日、ロックシティ館山でオーガニック朝市「あわあわファーマーズマーケット」がスタートする。
これは、あわあわマーケットのスタート時にあったイメージに近いもので、正直今からワクワクしてしまう。

「ボクのなかではNYで行われている
『グリーンマーケット』のイメージがすごいあって、
このマーケットでは有機野菜とかを日常的に手に入れることできて、
ビジネスマンなんかがいつものことのように普通に買い求めていく。
オーガニックだからエコだからどうこうというのではなく、
単純にそこにある食材が美味しく、
マーケットというその場が心地いいから
多くの人たちが足を運んでいるんだよね」

ぐるっと千葉スタッフblog 【特別編集】あわあわマーケット× 真魚長明さん

この春の「あわあわマーケット」前の取材で答えたように、(日本初の)本格的なグリーンマーケットに育ってくれることを、消費者としても、生産者としても、心から願っている。

第一回となる、9月7日のマーケットには、まんが「美味しんぼ」の食の安全シリーズにも取り上げられているナチュラルシードネットワーク・石井吉彦さんにお越しいただくことが決まった。先日見た石井さんの畑の清らかさや、そこでいただいた在来種・無肥料の野菜の清浄な美味しさには、心底驚かされ、意識の深いところで価値観が変わっていくのが実感できた。マーケット終了後には、「たねの学校 Vol.2」と題して、石井さんに「たねの話」を聞くチャンスもある。9月の安房の海は、海水浴場は閉鎖しているものの、水温は8月よりも高く、本当は海水浴に最適だ。時間をかけて来ても、絶対に後悔はしないはずだ。多くの人の参加を心より期待している。

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◆たねの学校 Vol.2◆
 9月7日(日)13:30〜 千葉県南総文化ホール大会議室(館山)
…………………………………………………………………………………………‥‥
〜ナチュラルシードネットワーク・石井吉彦さんに聞く「たねの話」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「在来種子」の大切さと「無肥料栽培」を普及。
種子からこだわった最高に安全で美味しい在来野菜を食卓に届けている、
ナチュラルシードネットワークの石井吉彦さんに、
滅多にきけない「たねの話」を伺います。
安房地域での在来種の再発見などについても語り合いましょう。

主催:テトラスクロール
共催:ピースシード/安房地人協会 

ナビゲーター・浜口真理子 (ピースシード)

…………………………………………………………………………………………‥‥
2008年9月7日(日)
13時30分から(オーガニック朝市終了後) 
参加費  1000円

【申込・お問い合わせ先】
・テトラスクロール 0470-47-5822 
 tetrascrollisnotacafe@tetrascroll.info
・ピースシード info@peaceseed.org

【交通アクセス】
千葉県南総文化ホール http://www.nanso-bunka.jp
〒294-0045 千葉県館山市北条740-1
TEL:0470-22-1811 / FAX:0470-22-1834
●車でお越しの場合
 東京・千葉方面より京葉道路館山自動車道、
 または、国道16号を経て国道127号を利用
●電車でお越しの場合
JR内房線館山駅より徒歩約25分
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◇同日開催!「オーガニック朝市 あわあわファーマーズマーケット」
9月7日(日)10:00〜12:00 ロックシティ館山
http://www.loc-city-tateyama.jp/
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◆石井吉彦氏 有限会社ナチュラルシードネットワーク代表取締役

1954年愛知県生れ。1997年現在の前身となる「全国こだわり生産者ネッ
トワーク」を設立するため、全国の優秀な生産者や生産者団体を回り、主義・思
想・農法を超えた生産者のネットワーク作りに取り組む。1999年5月有限会
社ナチュラルシードネットワークを設立。「在来種子」「自家採種子」「有機農
産物種子」の大切さを提唱。真に安心でピュアな農産物を食卓に届けている。
http://www.natural-seed.net/

2008年08月24日

●無惨な山肌をさらしています

 房総半島の一万年を見直すこと、そのことから、ボクらが何者なのか?どこから来たのか?どこへ向かおうとしているのか?ということを知ることができるんじゃないか、そんなことを考えて、この数ヶ月、今までにはなかった真剣な視線で房総半島を見つめ直している。(来月から始まる「地球に生きる人勉強会」で少しずつビジョンを共有していきたい。)

 今日は朝から沢を歩き、5000年ほとんど変わっていない景色を見た。教科書に載っているそれとは違う縄文時代を確実なイメージとして獲得することはけっして難しくはないだろう。5000年、1万年を簡単にイメージさせてくれる、そういう大地、地形があるのだ。


 沢歩きで房総半島中央部に出たその足で、無惨に切り取られた、阿久留王の大地を眺めながら、木更津で行われる「残土処分場建設阻止!房総住民総決起集会」(主催・残土・産廃問題ネットワーク・ちば)に行ってきた。

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 インディアンの言葉を持ち出すまでもなく、人が意のままにしてはいけないものがある。ボクらはいつからそのことがわからなくなってしまったのだろう?。

集会宣言 守ろう!房総の水と緑を! 残土処分場の建設を阻止しよう!

 かつて「まてば椎」などの広葉樹におおわれた房総の山々は、戦後の無計画な山砂採取によって、各地でえぐりとられ、無惨な山肌をさらしています。山そのものが消失してしまったところさえあります。
 また、一方で、きれいな山砂を差し出す代わりに、対岸の東京・神奈川のゴミと建設発生土(残土)を、千葉はひたすら受け入れてきました。また、産業廃棄物の不法投棄、全国ワースト1の汚名をこうむっています。
 産廃を混ぜたり、汚染土壌を混入させたりしてきた残土処分場は、各地で、崩落事故を起こしたり、水質悪化の不安を撒き散らしています。その上さらに最近になって、新たな残土処分場が、矢つぎばやに県によって許可され、中には、農業振興を名目にした新手の処分場計画までも許可されてしまう事態となっています。
 私たちは今、立ち止まらなければ、ふるさとの土と水と緑を子ども達に残すことはできません。そのための一歩を踏み出すことは私たち大人の責務です。
 このような思いから、住民の怒りと抗議の声を世論に訴えるため、私たちは本日、木更津に集い、各地の現状報告、打開策の検討、今後の取り組みについて話し合いました。そして本日の集会を契機として、できるだけ早期に県内の残土問題を抱えている地域住民が集まって実行委員会を結成し、各地における残土事業の見直しや許可の取消し、白紙撤回などの要求と合わせて、現行の県残土条例の改正に向けた取り組みをおこなっていくことを確認し、集会宣言とします。

2008年8月24日 房総の住民・総決起集会参加者一同

2008年08月17日

●あなたが狂っているか否かの判断基準となるだろう

福岡正信さんが逝去された。

 人間が自然を知ることができる、知ったというときの意味は、人間が大自然の本体が何であるかを真に知り、知り得たのではない。「単に人間が知り得る」自然を知ったに過ぎない。それでも科学者は、人間の思考力の客観性が間違いでなかったことを、空に飛行機が飛び、地に自動車が走る現代文明の現実の姿が立証しているではないかと説く。
 しかし、この「現代文明」というものをよく見直してみて、それが狂っているとすればそれを狂わせた人智も狂っていたということになるはずである。現代を狂っていると見るか否かは、あなたが狂っているか否かの判断基準となるだろう。

「一億総五反百姓のすすめ」福岡正信
2008年08月02日

●これでいいのだ!

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パンクロックと同じくらい、大きな影響を受けているのかも・・・なのだ。
これでいいのだ!。

2008年07月29日

●今回が14回目。申請当時の完工時期は、97年12月だった。

使用済み核燃料再処理工場、年内の操業開始困難に(YOMIURI ONLINE)」というニュースから。



 日本原燃は28日、青森県六ヶ所村で最終試運転中の使用済み核燃料再処理工場について、7月中に予定されていた完工時期を4か月延期し、11月に変更する方針を決めた。


 同工場は、全国の原子力発電所から出る使用済み核燃料を化学処理し、ウランとプルトニウムを抽出する国内初の商業用施設。今秋にも本格操業するはずだったが、今回の延期により、年内操業開始は困難になった。

 同工場では2006年3月に最終試運転を開始。ところが、昨年12月、再処理工程で出た放射性廃液をガラスに混ぜて固める「ガラス固化体」の製造工程で、廃液中のルテニウムなど白金族の元素が炉内にたまり、ガラスの粘度を高める不具合が発生した。今月2日に試運転を再開したが、今度は炉の出口付近にあるノズルが詰まる不具合が発生。再開からわずか1日で再中断に追い込まれた。

 原燃は今後、ノズル付近の部品を取り外して原因を分析するが、部品の再装着や試運転の期間などを考え、4か月の延期幅が必要と判断した。完工後は、青森県や六ヶ所村との安全協定締結に向けた手続きなどがあり、本格操業は年明けまでずれ込む見通しだ。

 完工時期の延期は、政府に事業指定申請をした1989年から数えると、今回が14回目。申請当時の完工時期は、97年12月だった。

(2008年7月29日03時10分 読売新聞)


ガラス固化ができないのだから、すべての作業を止めるべきだ。ふざけるな。


1997年ヒット商品(日経TRENDY)

1位  たまごっち
2位  もののけ姫
3位  失楽園
4位  ロスタロット(小顔クリーム)
5位  国内線マイレージサービス
6位  タイガー・ウッズ
7位  ポケモン
8位  ポータブルMD
9位  PM-700C
10位  高画質デジタルカメラ

2008年07月22日

●これがどれほどものすごい数字か

 安房平和映画祭が終わった。
 残念ながら、想定した入場者数には遠く及ばず、多くの赤字と課題も残った。

 けれど、鎌仲ひとみさんのトークや、語る会、天羽道子さんのトークなど、かけがえのない機会となったことは間違いないだろう。微力ながら関わらせてもらった立場でもそれは確信できる。

 映画祭最後の上映作品は綿井健陽監督の「Little Birds -イラク戦火の家族たち-」、多くの人が目にしていたイラク戦争を報じるテレビ画面のその中で、本当は何が起きていたのかを知ることができる衝撃的な作品だ。

 月刊『現代』8月号(講談社)に辺見庸さんのコラム「不可視の内戦」があった。自殺者が10年続けて3万人を上回り、30数万人もの人々がみずから命を絶っている日本の状況に対し、

 これがどれほどものすごい数字かは、イラク戦争とそれにつづく内戦による市民の犠牲者数とくらべてみればわかる。米英の非政府組織イラク・ボディーカウントの発表によると、イラク民間人の死者数は2003年の開戦以来、ことし6月までの5年間に最多推計で9万2千数百人である。酸鼻をきわめるイラクの戦闘にまきこまれて非情にも殺される人々よりも、平和国家とされる日本でみずから死を選ぶ者たちのほうが圧倒的に多い。これはいったいどういうことなのか。


 日本とイラクでは人口がまったく違う。けれど、イラクの人口を日本の1/5として考えても、日本の自殺者の割合はイラク戦争後の内線による犠牲者と同じ割合だ。

 正直、もう言いたくない。けれど、知ってほしい。ボクたちが生きている社会はそういう社会なのだということを。危機を煽るつもりも、いたずらにネガティブな感情を呼び起こそうなどというつもりもない。ボクたちが生きている現実はそういう世界なのだ、という事実があるだけだ。

 安房平和映画祭を呼びかけた八木直樹さんが考えた映画祭のコピーは、「真実を知り、未来を考える二日間。」だ。現実(=真実)を知らなくては、未来を考えることができない。現実(=真実)から目を背けるということは、未来から目を背けるということだ。どうか、そのことだけはわかってほしい。現実(=真実)から目を背けたあなたが、さらに深刻な現実(=真実)を生成し続けているのだということを。

2008年07月18日

●「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?

ちょうど一年前、ボクは突然のように「六ヶ所村ラプソディー」の上映を決めた。

上映パンフに寄せた文章をもう一度。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。


  7月20-21日、昨年の上映会と同じ場所、南総文化ホールで「安房平和映画祭」が開催される。20日には、「六ヶ所村ラプソディー」の前編ともいえる「ヒバクシャ 世界の終わりで」の上映があり、両作品を監督した鎌仲ひとみさんのトーク、さらに「六ヶ所村ラプソディー」上映以降の動きを追った「六ヶ所村通信N0.4」を鎌仲監督と語る会も行われる。不肖ながらボクがナビゲーターをさせてもらうことになっている。

 正直言って、「安房平和映画祭」など楽しいものではないだろう。
重いテーマばかりだし、暗いテーマも多い。ボクだって、「安房ロックムービーフェスティバル」だったらいいのに、と思う。きっとみんなそうだろう。だけどよく考えてほしい。この安房の地に、本当のことを知る機会がどれだけあるのか?。

 来年以降も、この意義ある映画祭が続くように、(映画を見なくてもいいから)どうか安房平和映画祭の会場に足を運んでほしい。様々な団体の様々な展示もある。中学生のための「慰安婦」展や、安房の戦争遺跡に関する展示もある。
ボクも第五福竜丸パネル展「あなたは第五福竜丸を知っているだろうか?」をホール内、大会議室で行う。もう一度言う、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれはしないのだ。


 
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2008年07月15日

●あなたは第五福竜丸を知っていますか?

   あなたは、5年前にメキシコシティ郊外の資材置き場で奇跡的に発見された、岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」を知っているだろうか?。あまりにも痛烈な核への憎悪と、生命への畏怖を描いた「明日の神話」はこの秋、制作から40年もの長い歳月を経て、ようやく東京・渋谷に設置されることになっている。縦5.5メートル横30メートルもの巨大な「明日の神話」の画面の中で、第五福竜丸は何も知らずに、死の灰が振る中をマグロを引き航海を続けている。その姿はまるで、凧揚げをする無邪気な子供のようにも見える。


 今年5月、いつものように房日新聞を眺めていて、「被爆マグロ漁船 第五福竜丸 求む 館山時代の資料 保存活動の教授」という記事に目を奪われてしまった。第五福竜丸の館山時代?、いったどういう意味なのか、見出しが何を意味するのか、ボクにはまるで理解ができなかった。記事によると、第五福竜丸がビキニでの被曝後、放射能除去を施されて、東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」として約10年間にわたり、館山を母港としていた、というのだ。こんな重大なことをどうして今まで知らなかったのだろう?、ボクの頭は驚きと疑問でいっぱいになってしまった。


 「明日の神話」が、最終的な設置場所を探していたとき、ヒロシマかナガサキ、もしくは夢の島に保存されている第五福竜丸と並んで設置されるのがベストだろうと、ボクは思っていた。けれど、「はやぶさ丸」の存在を知った今、ボクの頭の中には館山に設置された「明日の神話」の強烈なイメージが鮮明にある。「明日の神話」は館山にあるべきだ。


 昨年、館山で「六ヶ所村ラプソディー」の緊急上映会を行うことを決めたとき、ボクはフライヤーにこう書いた。

 「今、何が起きているのか?。どんな考えで、どんな人々が、何をしようとしているのか?。ボクたちはまず、知らなくてはいけない。原発反対・賛成の議論ではない、原発に賛成していたって、六ヶ所核燃再処理工場に反対することはできる。時間は少ないけれど、今なら間に合う。今年の夏を、放射能に汚染されていない最後の夏にしないために、ボクたちにはやらなくてはいけないことがある。」

 上映会を決めたとき、六ヶ所村の再処理工場の本格稼働はその年の8月とされていた。その予定は11月、今年1月とたびたび延期され、幸運なことに、今もまだ現実のものとはなっていない。去年の9月24日、多くの観客の来場により大成功となった上映会から10ヵ月、その間も試験操業は続いていたが、昨年12月からはガラス固化試験の不具合により、6ヵ月半にわたり中断していた。この7月より再開したもののわずか一日で試験停止となった。また、六ヶ所村再処理工場の直下に活断層があることを指摘する渡辺満久東洋大学教授の画期的な指摘もあり、どう考えても、再処理工場の本格稼働を合理的だとする要素はない。


 現在、原油は高騰を続け、安房地域のような広範な生活圏を抱えるエリアでは、生活に支障が出始めている。(ピークオイルはすでに現実のものとなっている。)公共交通機関のリデザイン、地域でのエネルギー確保など後まわしにすることのできない問題が山積みにされている。今こそ、エネルギーについて真剣に考えなくてはいけない。(幻想としての安価な)石油への依存の上に立つ現代文明を一日でも長く維持しようという、中毒症状としての「原子力」が本当に必要なのだろうか。今こそ考えなくてはいけない。


 1954年3月1日、水爆実験ブラボーに遭遇し、死の灰を浴びた、第五福竜丸。あなたは本当の意味で第五福竜丸を知っているだろうか?。第五福竜丸(船体・船員・捕獲したマグロ)が何を見て、何を経験してきたのか?、はやぶさ丸の母港であった館山の地で、もう一度、第五福竜丸について考えてみてほしい。


 7月20-21日、昨年の上映会と同じ場所、南総文化ホールで「安房平和映画祭」が開催される。20日には、「六ヶ所村ラプソディー」の前編ともいえる「ヒバクシャ 世界の終わりで」の上映があり、両作品を監督した鎌仲ひとみさんのトーク、さらに「六ヶ所村ラプソディー」上映以降の動きを追った「六ヶ所村通信N0.4」を鎌仲監督とともに見る会も行われる。


 この貴重な機会に合わせて、ボクたち「電気を止める子どもたち」でも、「安房平和映画祭」期間中、南総文化ホール大会議室において、第五福竜丸パネル展「あなたは第五福竜丸を知っていますか?」(協力・東京都立第五福竜丸展示館)を行うことにした。ひとりでも多くの人が、事実を知り、考えるきっかけになってくれることを、心より願っている。

(真魚長明)



安房平和映画祭
7月20日(一日目)

「海女のリャンさん」(2004年・原村正樹監督)
「ヒバクシャ 世界の終わり」(2003年・鎌仲ひとみ監督)

スペシャルトーク<鎌仲ひとみ監督>

特別プログラム「六ヶ所村通信no.4」上映と鎌仲ひとみさんと語る会
(特別プログラムは会場の都合で100名限定となります。入場には当日、会場受付で販売する有料整理券500円が別途 必要となります。)

7月21日(二日目)

「TOKKO 特攻 生きたかったよ 死にたくはなかったよ」(2007年・リサ・モリモト監督)
「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」(2006年・班忠義監督)
スペシャルトーク<天羽道子さん かにた婦人の村施設長>
「Little Birds - イラク戦火の家族たち - 」 (2005年・綿井健陽監督)

2日券2500円(前売りのみ)1日券(前売り当日とも)1500円
安房平和映画祭ウェブページ http://awaheiwaeigasai.org/
お問い合わせ info@awaheiwaeigasai.org TEL0470-36-3059(八木)

関連イベントとしてホール内で、各協賛団体出展ブースや、「中学生のために慰安婦展」などの展示もあります。

2008年07月13日

●FREE ILLCOMMONS !!

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札幌サウンドデモ7・5救援会

2008年07月09日

●「自然農が教えてくれるたくさんのこと」

9日からの写真展「自然農を生きる人たち」に関連して、
新井由己さんのトークライブ「自然農が教えてくれるたくさんのこと」を開催いたします。
(会場の都合で定員に限りがありますので、お早めにお申し込みください。)


「自然農が教えてくれるたくさんのこと」
7月13日(日)13時30分より テトラスクロール 参加費1000円

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●7月9日より「自然農に生きる人たち」

7月9日より、新井由己さんの写真展「自然農に生きる人たち」を開催いたします。
今年発売された写真集『自然農に生きる人たち −耕さなくてもいいんだよ−』に掲載された写真をテトラスクロールでご覧いただきます。


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耕さなくてもいい 草は抜かなくていい
「農業は重労働」の固定観念から解放されたという「自然農」との画期的な出会い。
草や虫とともに育つ伸びやかな田や畑の姿に自らを重ね、
土と向き合うくらしの愉しさ、農のもつ懐の深さを語る今百姓たち。
“商品価値”に振り回される農業から、生きとし生けるもの全てが繋がりあう循環の農へ。
次世代へ手渡すささやかな希望がここにはある。


13日(日)には新井由己さんのトークライブ「自然農が教えてくれるたくさんのこと」も開催いたします。
(会場の都合で定員に限りがありますので、お早めにお申し込みください。)

2008年07月04日

●極めて困難な状態となりました。

わずか一日でこうなのだから、(もう一回言うよ)もうやめようよ。

青森朝日放送の「ガラス固化試験、再び停止」のニュースから。

 日本原燃は2日、使用済み核燃料再処理工場で、高レベル放射性廃棄物をガラスと混ぜて固めるガラス固化試験を再開させましたが、溶融ガラスがきちんと流れ出ず、わずか1日で試験を停止しました。日本原燃は、2日正午にガラス溶融炉に高レベル廃液を供給し、ガラス固化試験を再開させ、午後9時過ぎからは溶融ガラスの流下を開始しました。ところが、溶融炉の下にある流下ノズルから溶融ガラスがきちんと流れ出ず、再度温度を調整して流下を試みましたが、正常に流れでなかったため、3日午前1時前に流下操作を止めました。溶融ガラスがきちんと流れ出ない原因が判明しないことから、日本原燃は試験を続けることはできないと判断し、3日正午、ガラス固化試験を完全に停止しました。六ヶ所再処理工場では、去年12月から中断していたガラス固化試験を2日、およそ6カ月半ぶりに再開させたばかりでした。不具合の原因がはっきりしないことから、ガラス固化試験の再開のめどはたっていません。このため、今月中に終了させるとしていたアクティブ試験と呼ばれる試運転を、計画通り終わらせるのは極めて困難な状態となりました。

2008年06月22日

●「鯨にかかわって良いことは全くない」

商業捕鯨再参入、水産大手3社は否定 「良いことない」というニュースから。

 商業捕鯨の中核企業だったマルハニチロホールディングス、日本水産、極洋の水産大手3社は、商業捕鯨が解禁されても再参入しない方針を明らかにした。商業捕鯨は国際捕鯨委員会(IWC)の決定で、86年から凍結されている。水産庁は解禁を目指しているが、企業の意向とはずれている。

 背景には、欧米の環境団体の強い反対がある。日水の小池邦彦取締役は「世界で魚を販売する企業として、鯨にかかわって良いことは全くない」。

 凍結された当時、売り上げに占める商業捕鯨の割合は1%に満たない水準に低下していた。再参入しても鯨肉への需要は見通せない。日水の佐藤泰久専務は「昔食べた人は懐かしいだろうが、他の肉のほうがおいしいのでは」とし、極洋の多田久樹専務も「若い人は鯨肉を食べない」とする。マルハニチロの河添誠吾常務は「捕鯨船は数十億円の投資がかかり、収支があわない」と語る。

 水産庁遠洋課は「それぞれの経営判断だ。我々は捕鯨の技術を維持していくことを重視しているし、事業も採算はあうと思っている」と話す。

2008年06月17日

●「圧倒的に桁違い」

PEACE LANDYAMさんのぴ〜すらTVに、渡辺満久教授の講演会やインタビュー、現地での断層説明などの貴重な動画がアップされた。ぜひ見てほしい。

2008年06月11日

●次の地震が来たら壊れるかもしれません

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昨日は、急遽、東京へ行き、原子力資料情報室 第65回公開研究会 「活断層見逃しの現場をみる
 −敦賀原発+六ヶ所村現地調査報告ー」(渡辺満久東洋大学教授・変動地形学)に参加してきた。


非常にわかりやすく、断層・変動地形について学ぶことができ、発表にあった敦賀や六ヶ所村が、いかに、原子力施設の建設に不向きな土地なのかが、怖いくらいに理解できた。


そう。もう、やめよう。
ここまでの判断ミスや作為的なデータの読み違いなど、細かなことは追求しないから、間違いは間違いとして認めて、これからどうしたらいいのかを、みんなで考えよう。逆ギレはいけない・・・。


先日、渡辺先生が「地球惑星科学連合2008大会」で発表したものをまとめたpdf原子力資料情報室にある。是非見てほしい。ボクが聞いた話の一端を垣間見ることができるだろう。


 これまでの活断層評価で見えてくるのは、なるべく断層は認めたくない、断層を否定できない場合はなるべく断層長を短くしたいという「意志」である。活断層が存在する可能性がある以上、原発建設は、「活断層はある」という前提で進めるべきではないのか?可能性だけならば活断層の存在を否定するという理論は、どこの世界で許されるのか、ご教示いただきたい。
 想定地震をなるべく小さくして、安価に建設したいという気持ちは「よく理解できる」。しかし、断層長を値切って、人工的に地震を小さくすることは許されるはずがない。「安く作れば低価格で電力を供給できますが、次の地震が来たら壊れるかもしれません。それでよろしいですか?」と国民に問うべきである。

渡辺満久「原発建設における特殊な活断層評価」原子力資料情報室通信No.403


六ヶ所村の再処理工場は、どんな角度から見ても、本格稼働を良しとする材料がない。
そう、絶対に止めなくてはいけないものなのだ。
さあ、いよいよ、これからだ。

2008年05月28日

●第五福竜丸を知っていますか?。はやぶさ丸を知っていますか?。

昨日、思うところがあって、東京都立第五福竜丸展示館へ行ってきた。


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第五福竜丸は、ビキニでの被曝後、文部省に買い上げられ、「はやぶさ丸」と改名され、東京水産大学の練習船として使われていた。つい数日前まで、ボクは(きっと多くの人も同様に)知らなかったのだが、「はやぶさ丸」は10年間、館山を母港としていた。出自を隠されて使用されていた「はやぶさ丸」が「第五福竜丸」であったことは、ほんの一握りの人だけが知るトップシークレットだったらしい。「はやぶさ丸」の写真も(現在確認されているのは)一枚だけしかないという。

なぜ核を許してはいけないのか。
この安房で、反核の声を上げることには、特別の意味があるのだ。

2008年05月25日

●「耐震性のチェックをやり直すべきだ」

毎日jpに「六ケ所村:核燃料サイクル施設の直下に未知の活断層 青森」の記事。

 青森県六ケ所村の日本原燃原子燃料サイクル施設の直下に、マグニチュード(M)8クラスの大地震を引き起こす地下活断層があるとの調査結果を、東洋大の渡辺満久教授(変動地形学)や広島工業大の中田高教授(地形学)らの研究グループがまとめた。最新活動時期は過去3万年以内で、06年改定の原発耐震指針の評価対象(12万~13万年以内)になるとみられる。渡辺教授は「耐震性のチェックをやり直すべきだ」と指摘する。

 渡辺教授らは、地層が上へ乗り上げる「逆断層」が地下で動いた場合に地表にできる特異な隆起(長さ15キロ、幅1キロ)が施設のすぐ東側を南北に走っているのを確認。地下に活断層があると考え、日本原燃が06年に行った地震波探査データも調べた。その結果、同じく施設東側の活断層出戸西方(でとせいほう)断層(長さ6キロ)の真下の地下500メートル~1.5キロに、施設直下へ斜めに沈み込む新たな逆断層面があった。

 日本原燃も出戸西方断層の存在は確認しており、07年11月に国に提出した耐震安全性評価で、活動時期を3万年以内として耐震設計で考慮。近くの海域を南北に走る「大陸棚外縁断層」(同84キロ)については「12万~13万年以内に動いた形跡が認められず、活断層ではない」とした。

 これに対し、渡辺教授は、隆起の規模や地形の連続性から、指摘した活断層(同15キロ)は外縁断層とつながっており、全体で長さ約100キロに達する活断層だと主張。出戸西方断層の活動は、真下を通るこの活断層の活動に伴う副次的なものとし、「全体の活動時期は3万年以内で、耐震上考慮すべきだ」と指摘する。

 日本原燃は「地震波探査や海上音波探査で、施設直下に活断層がないことを確認したとしか現時点では言いようがない」としている。【酒造唯】

G8が近いので、きっと施設内では躍起になって作業していることだろう。

 ママが「ごめんなさい」が言える子になってほしいと願うのは、していいことと悪いことの区別を教えたい、悪いことをして叱られたら素直に謝るいい子になってほしいからかだと思います。それには「ごめんなさい」という言葉だけが一人歩きするのではなく、「こういうことはしてはいけないのよ」と教えてあげることが先かと思います。  してはいけないことや叱られる理由がわかってくると、「ごめんなさい」という言葉も自然に出てきます。そして3歳ぐらいになると子どもの社会性はグンと発達します。周囲への思いやりも育ってきます。たとえば悪気はないものの自分が振り回した本がママの顔にあたったりすると、「ママ痛い? ごめんね」と言えるようになります。まだ2歳と3か月です。ゆっくり待ってあげてください。

みるコム 育児相談室 Q&A

そろそろ、諦めようよ。
今ならきっと、みんな許してくれるから・・・。

2008年05月14日

●「写真展ビルマ2007 民主化運動:高揚、弾圧、現在」

テトラスクロール、次回展示のお知らせです。
5月21日より、ビルマ情報ネットワークのご協力による、「写真展ビルマ2007 民主化運動:高揚、弾圧、現在」を開催します。
メディアが伝えることのない真実をぜひご覧ください。


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 東南アジアの西に位置する多民族国家ビルマ(ミャンマー)。南にインド洋を望み、北にヒマラヤ山脈を控えるこの地を訪れる人々は、自然の豊かさと人々の優しさを口々に褒め称えます。早朝から街中を托鉢に回るお坊さんに、食物を供えて手を合わせる信徒の姿は、仏教が多くの人々にとって生活の一部となっていることを、改めて思い起こさせてくれるものでもあります。ビルマが仏塔(パゴダ)と微 笑みの国と言われるゆえんです。

 しかしこうした一見穏やかな生活も少し裏側に回ってみれば、年率30%もの激しいインフレをどう乗り切ろうかと身をすり減らし、47年目に入ろうとする軍事政権の下で「自由に口を開けないから歯医者にも掛かれない」というジョークが示すように、生活のあらゆる場面で軍の顔をうかがわなければ生活できない市井の人々の暮らしぶりが見えてきます。

 昨年8月から9月にかけてビルマで起きた民主化運動の背後には、こうした現状への強い批判がありました。数百人の活動家が始めた小さな行進は、一月後には数万人の抗議行動へとふくれあがったのです。その行動の中心にいたのが「誰も立つ人がいなくなってしまったので、人々のことを思い、いたたまれず行動に出た」と話す僧侶たちでした。

 しかしビルマ政府は、こうした切実な訴えには一切耳を貸さず、警察や軍隊を使って抗議行動を力ずくで押さえ込み、長井健司さんほか、多数の僧侶や市民を殺害・負傷させました。逮捕された人、あるいは逮捕されるのを恐れて身を隠した人の多くがいまだに元の場所に戻ることができていません。

 ビルマは国家予算の半分以上を軍事費に充てています。その反面で保健や医療、教育といった民生分野には微々たる予算が振り向けられるだけです。50万の軍隊と大量の資金は、政府が根強い不信感を持つ農村部での軍事作戦に用いられてきました。ビルマ東部だけで3000以上の村が破壊され、150万人以上の生活が奪われています。ビルマ軍兵士による性暴力被害者は数千人、子ども兵士の数は世界最大と報告されています。

 しかしビルマの人々は日々を堪え忍び、下を向いて生きているわけでは決してありません。そこにはたくましい生活の知恵や喜怒哀楽があり、子供や大人の笑顔があるのです。今回の写真展「2007年 ビルマ民主化運動:高揚、弾圧、現在」では、2007年8〜9月の民主化運動を振り返る写真とともに、ビルマの美しい自然や人々の様子を収めた写真を展示します。是非ご来場ください。

2008年04月29日

●ピーポくんは・・・

mixiのアリ@freetibetさんさんの日記から。

善光寺参拝が終わり、街中へ。 とりあえず聖火リレー出発地点へ向かった。 ここで日本とは思えない景色を目にした。

出発地点に、中国の旗を持った人は入場できるが、チベットの旗を持った人は入れない。
警察の言い分。
「危険だから」
じゃあ、何で中国人はいいんだ?
「......ご協力お願いします。」

は?
それやらせじゃん。
中国国旗しかない沿道って、警察が作ってるんじゃん。

その時の抗議の様子




「敵の敵は味方」とばかりに反中国の声として「FREE TIBET!!」の声が高まることに正直危うさを感じていたけれど、これは酷い。ピーポくんは、誰の友だち?。



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2008年04月21日

●真実のみが唯一の武器だからです。

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「慈悲を生きる ダライ・ラマ14世とチベット」「ヒマラヤを越える子供たち」上映会
4月25日(金)17時から (カンパ)


自由を持たない同郷の人びとの代弁者として、自由な立場で思い切って話すことは私の責任であると思っています。
人びとに計り知れない苦しみを与え、私達の土地、家、文化などの破壊を行った責任者たちに対して、怒りと憎しみの感情持って話しているのではありません。
彼らも幸福を求めている人間であり、慈悲を受けるのは当然です。
私は皆さんにチベットの人びとの念願を知っていただくために話しています。
なぜならば、私達の自由を求める闘いの中で、真実のみが唯一の武器だからです。


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ヒマラヤを越える子供たち」 

ヒマラヤを越えて亡命するチベット難民の子供たちを追った珠玉の短編ドキュメンタリー


1950年代に始まった中国によるチベット侵攻。1959年、インドへと亡命したダライ・ラマ法王の後を追って10万人にのぼる難民がチベットから脱出してきました。
現在もなお、毎年数百人の子供たちが親元を離れ4,000メートル級のヒマラヤを徒歩で越え、数週間歩き続けてインドへと亡命してきます。
彼らは何故、命をかけてまで国境を越えるのでしょうか。

短編『Escape Over the Himalayas ーヒマラヤを越える子供たちー』は実際の亡命者に同行し、その姿をとらえた感動のドキュメンタリー・フィルムです。
雪のヒマラヤを越える5人の子供を含む10人の亡命者たちと、緑ターラー菩薩に旅の安全を祈り、彼らを命がけで導くガイドの姿を描いています。本国ドイツで2001年度の「German TV Award」にノミネートされるなど欧州では高い評価を得ている作品です。
日本では、2004年度のバンフ・マウンテン・フィルムフェスティバルの上映作品として一度だけ上映され、静かな反響を呼びました。

このたび各方面の働きかけによって再上映が決定。つづいてDVD発売プロジェクトが始動しました。チベット難民の現実をとらえた貴重なフィルムを、この機会に是非ご覧ください。

Flucht über den Himalaya 「ヒマラヤを越える子供たち」
2000年/ドイツ/カラー/ 日本語字幕付/30分

脚本・監督・音声: Maria Blumencron  撮影・助監督: Richard Ladkani
撮影助手: Joerg Arnold  ガイド・通訳: Pema Magoo
日本語版制作・・チベットサポートグループKIKU 協力・・ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

2008年04月16日

●地域の祈りの場を再構成する試みとしてのハイキング

昨日は、安房ハイキングクラブの月例ハイクがあった。
抵抗運動としての歩き、瞑想としての歩きを目的とし、地域の忘れられた低山を丁寧に歩くことを目的にはじまった安房ハイキングクラブは、けっしてスピリチュアルな歩きを目的としてスタートしたわけではなかったが、結果的に、地域の祈りの場を、再構成、再編集する試みにもなっている。


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開発や欲望が、地域の聖なる場所をどう変えてきたのかを、身をもって知る、とても貴重な機会だ。

2008年03月27日

●彼らも幸福を求めている人間であり、慈悲を受けるのは当然です

さらに、緊急!! テトラシアター 「慈悲を生きる」を上映いたします。
4月6日4月25日「ヒマラヤを越える子供たち」と二本立て)詳細は決まり次第。

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自由を持たない同郷の人々の代弁者として、自由な立場で思い切って話すことは私の責任であると思っています。人々に計りしれない苦しみを与え、私たちの土地、家、文化などの破壊を行った責任者たちに対して、怒りと憎しみの感情を持って話しているのではありません。彼らも幸福を求めている人間であり、慈悲を受けるのは当然です。私は皆さんにチベットの人々の念願を知っていただくために話しています。なぜならば、私たちの自由を求める闘いの中で、真実のみが唯一の武器だからです。                                               
- ダライ・ラマ法王

2008年03月26日

●緊急上映会!!「ヒマラヤを越える子供たち」

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緊急!! テトラシアター 「ヒマラヤを越える子供たち」 を4月6日に行います。4月25日に行います。詳細は決まり次第。

ヒマラヤを越えて亡命するチベット難民の子供たちを追った珠玉の短編ドキュメンタリー


1950年代に始まった中国によるチベット侵攻。1959年、インドへと亡命したダライ・ラマ法王の後を追って10万人にのぼる難民がチベットから脱出してきました。
現在もなお、毎年数百人の子供たちが親元を離れ4,000メートル級のヒマラヤを徒歩で越え、数週間歩き続けてインドへと亡命してきます。
彼らは何故、命をかけてまで国境を越えるのでしょうか。

短編『Escape Over the Himalayas ーヒマラヤを越える子供たちー』は実際の亡命者に同行し、その姿をとらえた感動のドキュメンタリー・フィルムです。
雪のヒマラヤを越える5人の子供を含む10人の亡命者たちと、緑ターラー菩薩に旅の安全を祈り、彼らを命がけで導くガイドの姿を描いています。本国ドイツで2001年度の「German TV Award」にノミネートされるなど欧州では高い評価を得ている作品です。
日本では、2004年度のバンフ・マウンテン・フィルムフェスティバルの上映作品として一度だけ上映され、静かな反響を呼びました。

このたび各方面の働きかけによって再上映が決定。つづいてDVD発売プロジェクトが始動しました。チベット難民の現実をとらえた貴重なフィルムを、この機会に是非ご覧ください。

Flucht über den Himalaya 「ヒマラヤを越える子供たち」
2000年/ドイツ/カラー/ 日本語字幕付/30分

脚本・監督・音声: Maria Blumencron  撮影・助監督: Richard Ladkani
撮影助手: Joerg Arnold  ガイド・通訳: Pema Magoo
日本語版制作・・チベットサポートグループKIKU 協力・・ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

2008年03月18日

●チベットで暴力が続くなら、わたしは退位する

AFPの記事から。

インド北部のダラムサラで記者会見するチベット亡命政府の最高指導者ダライ・ラマ14世。「チベットで暴力が続くなら、わたしは退位する」と述べ、指導者の地位を辞する考えを表明した(18日)【AFP=時事】


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2008年3月17日、イタリア・ローマ(Rome)で、中国チベット(Tibet)自治区ラサ(Lhasa)で起きた騒乱の鎮圧に抗議するチベット独立運動の支持者。(c)AFP/FILIPPO MONTEFORTE

●戦争をやめさせよう。環境破壊をくいとめよう。新しい社会をつくろう。

 今、ビルマで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、チベットで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、ガザで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、六ヶ所村で起きていることを君は知っているだろうか?。

 ボクたちが普段何気なくしている買いものや、息抜きに飲むスターバックスのカフェラテが、
 クラスター爆弾や地雷、ダム開発や無用な環境破壊に加担しているとしたら、君はどう思う?。

 君がもし貯金ということをしているとして(もちろんホントにわずかかもしれないけれど)、
 そのことが原子力発電所の建設や、ミサイルの製造に加担しているとしたら、君はどう思う?。

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである」というのがある。
 ボクがことあるごとに引用するから、君も(すでに)知っているかもしれない。
 じゃあ、彼がそれを自ら補足したこの言葉を、聞いたことがあるだろうか?。

 「未来はただそこにあるのではない。未来は我々が決めるものであり、
 宇宙の既知の法則に違反しない範囲で望んだ方向に向かわせることができる」

 今、この惑星は混乱している。それは、紛れもない事実だ。
 君はその混乱を望んでいるだろうか?。
 君は戦争をしたいだろうか?。
 君は環境破壊を推し進めたいだろうか?。
 答えは聞くまでもないだろう。

 君だって思いは同じはずだ。ボクたちの未来はボクたち自身で決める。
 だから一緒に、戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめ、新しい社会のつくり方を学ぼう。

 「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方」
「おカネで世界を変える30の方法」「世界から貧しさをなくす30の方法」
 「戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法」などの著作で、
 ボクたちにどうやって世界を見るのかを教えてくれた田中優さんが、4月5日、南房総・館山に来て話をしてくれる。

 こんな機会は滅多にはない。この貴重なチャンスをどうか逃さないでほしい。
 講演会当日、会場で君に会えるのを楽しみにしている。
 そうだ、合い言葉を決めておこう、スパイ映画みたいでいいよね。
 合い言葉は、「戦争をやめさせよう。環境破壊をくいとめよう。新しい社会をつくろう。」だ。
 (忘れないように。)  

 真魚長明 _


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田中優講演会 「戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめる、新しい社会のつくり方。」
2008年4月5日 13時30分 千葉県南総文化ホール(小ホール) 入場無料

主催:テトラスクロール「電気を止める子どもたち」
協賛:アルソアサロンねむの樹アミー、海猫堂、エコウィンド、NPO法人うず、kitta、シャンティふぁーむ、ピースシード、ブラウンズ・フィールド、蜂人舎、南房総・平和をつくる会(50音順)


入場ご希望の方は、住所・氏名・Eメールアドレス・所属(あれば)・希望枚数をご記入の上、tetrascrollisnotacafe@tetrascroll.info までお知らせください。入場招待券をお送りいたします。

2008年03月17日

●殺すな


(字・岡本太郎)

「殺すな」が「殺せ」を前提として存在する原理である以上、そして「殺せ」が積極的行為である以上、「殺すな」もまた「殺せ」にまっこうから対立し、それを押しつぶそうとする積極的行為であるということだ。逆に、積極行為を前提としない「殺すな」は原理として成り立ち得ないし、それほどの力をもって「殺せ」とせめぎあわない「殺すな」は「死ぬな」であり得ても「殺すな」ではない。「殺すな」が「死ぬな」とはちがった次元に立つ原理であることは言うまでもないだろう。「殺すな」が「殺せ」と積極的にせめぎあう行為の原理であるのに対して、「死ぬな」は「死ぬ」という人間の不可逆的な運命に積極的にせめぎあうことのない祈りであり、より適切にはあきらめなのにちがいない。

小田実 「『殺すな』から」
2008年03月16日

●「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」

暴力的に混乱するアジアを知るために、テトラスクロールでは、5月21日から、「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」を開催する。
今、何が起きているのか、どうか多くの人に見てほしい。


(汐留メディアタワーでの「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」のフライヤー)

●間違った認識は間違った方法を生みだしてしまいます。

以前、このブログに引用したダライ・ラマ法王猊下の言葉を再び。


"我々と彼ら"という考えはもう通用しません。

ほかの世界も自分の一部なのだと考えなければならないのです。
わたしたちの認識と新しい現実との間にギャップがあるのは、わたしたちが未だに前世紀の考えを元に生きようとしているからであり、そして間違った認識は間違った方法を生みだしてしまいます。

●私がどうやってチベット内部にそんな影響を持てるのか


インド北部で16日、会見するチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世=AP

毎日jp チベット:ダライ・ラマ『大虐殺』と中国非難」の記事から。

 【ニューデリー栗田慎一】中国チベット自治区ラサでの暴動で、インドに亡命中のチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世は16日、亡命政府があるインド北部ダラムサラで記者会見し、中国当局による暴力的な鎮圧行為を「大虐殺」と厳しい口調で非難し、国際的な調査団を自治区に派遣するよう求めた。一方で「北京五輪は予定どおり実施されるべきだ」とも語り、ボイコット運動を展開する世界各地のチベット人に抑制的な態度を求めた。

 ダライ・ラマの記者会見は暴動発生後初めて。オレンジ色の袈裟(けさ)を肩にかけたダライ・ラマは「自治区では(中国政府による)恐怖統治が続けられてきた」と明言し、今回の鎮圧も「見せかけの平和を取り戻すために力を行使している」と非難した。

 また「チベット古来の伝統が深刻な危機に直面している」と指摘し、チベット文化や民族性を破壊してきたとする中国政府の「同化政策」を改めて批判。こうした「差別的な対応」が暴動に起因するとの見方を示した。

 一方、北京五輪への対応を問われたダライ・ラマは「中国は五輪を開催する資格があるし、中国人は自信を感じていい」と述べた。暴動が北京五輪のボイコット運動に根ざしているとの指摘が中国側にあることから、「ダライ・ラマ一派が暴動の首謀者」との中国側の指摘をかわす狙いもあるとみられる。

毎日新聞 2008年3月16日


さらに「YOMIURI ONLINE ダライ・ラマ14世が会見、チベット暴動で国際調査を」という記事も。

【ダラムサラ(インド北部)=永田和男】インド亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は16日、本拠を置くダラムサラで記者会見し、中国チベット自治区での暴動を中国当局が鎮圧した問題について、原因や死者数を把握するため、国際的な独立調査団が直ちに現地入りすることが望ましいとの見解を示した。


 ダライ・ラマは会見で「意図的かどうかはともかく、(チベットで)文化的虐殺が起きている」と述べ、中国当局の対応を批判。「中国側とチベット人側はともに一歩も引かない構えで、私は今、1959年3月(のチベット動乱時)と同じ気持ちを味わっている」と述べ、6か月間で8万7000人が死亡したとされる、49年前の大動乱に匹敵する事態の再来に強い懸念を示した。

 中国側が、暴動の背後にダライ・ラマ自身がいると非難していることについては、「私がどうやってチベット内部にそんな影響を持てるのか」と強く否定した。

 北京五輪については、「世界最大の人口を持つ文明国である中国には、開催の資格はある」と述べ、中止やボイコットを求める考えはないと表明。その上で「国際社会は中国に対し、この機会に国内の人権状況を見つめ直すよう促すべきだ」と述べた。

 一方、チベット亡命政府幹部は16日、記者団に対し、これまでに確認された暴動での死者は80人で、負傷者も72人に上ると述べた。

(2008年3月16日21時28分 読売新聞)

●FREE TIBET!! FREE TIBET!!

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行動しよう。( → チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン

●轢っ殺してゆけ

軍隊というものは、自国民をも「轢っ殺してゆ」くものなのだ。(下記引用参照)

それをふまえても、だ。

断言する。
チベットは中国ではない。

チベット。チベット。


連隊に帰ってほどなく本土決戦についての寄り合い(軍隊用語ではないが)のようなものがあって、大本営からきた人が、いろいろ説明したような記憶がある。

そのころ、私には素人くさい疑問があった。私どもの連隊は、すでにのべたように東京の背後地の栃木県にいる。敵が関東地方の沿岸に上陸したときに出動することになっているのだが、そのときの交通整理はどうなるのだろうかということである。

敵の上陸に伴い、東京はじめ沿岸地方のひとびとが、おそらく家財道具を大八車に積んで関東の山地に逃げるために北上してくるであろう。当時の関東地方の道路というと東京都内をのぞけばほとんど非舗装で、二車線がせいいっぱいの路幅だった。その道路は、大八車で埋まるだろう。そこへ北方から私どもの連隊が目的地に急行すべく驀進してくれば、どうなるのか、ということだった。

そういう私の質問に対し、大本営からきた人はちょっと戸惑ったようだったが、やがて、押し殺したような小さな声で、----かれは温厚な表情の人で、決してサディストではなかったように思う----轢っ殺してゆけ、といった。このときの私の驚きとおびえと絶望感とそれに何もかもやめたくなるようなばからしさが、その後の自分自身の日常性まで変えてしまった。軍隊は住民を守るためにあるのではないか。

しかし、その後、自分の考えが誤りであることに気づいた。軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。

軍隊が守ろうとするのは抽象的な国家もしくはキリスト教のためといったより崇高なものであって、具体的な国民ではない。たとえ国民のためという名目を利用してもそれは抽象化された国民で、崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。

さらに軍隊行動(作戦行動)の相手は単一である。敵の軍隊でしかない。従ってその組織と行動の目的も単一で、敵軍隊に勝とうという以外にない。それ以外に軍隊の機能性もなく、さらにはそれ以外の思考法もあるべきはずがない。

司馬遼太郎『街道をゆく・6:沖縄・先島への道』



Bjork - Declare Independnce for Tibet - Shanghai

2008年02月25日

●溶融炉の底に金属(白金族元素)がたまる

原稿の締め切りも、こんな風にちょっとずつずらせたらいいのに。(「東奥日報」の記事から。)

六ケ所再処理 本格操業5月以降に

 日本原燃が、今月中を予定していた六ケ所再処理工場の完工時期(本格操業開始)を五月に延期する方針を固めたことが二十四日、分かった。近く正式発表する見通し。アクティブ試験(試運転)第四ステップで実施したガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)製造試験で、溶融炉の底に金属(白金族元素)がたまる不具合が起こったことなどが響いた。

2008年02月24日

●「核分裂過程 再処理工場を止めた人々」上映会のお知らせ

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3月のテトラシアターは、「核分裂過程 再処理工場を止めた人々」です。
地域初上映のため、混雑が予想されます。お申し込みはお早めにどうぞ。
(theater@tetrascroll.info まで)

 ヴァッカースドルフはドイツ南部バイエルン州にある緑豊かな小さな村。
 1985年、この地が原発から排出される使用済み核燃料の再処理工場予定地とされた。森の木々が根こそぎ伐採されると、4万人もの人々が反対デモに集まって来た。チェルノブイリ原発事故による放射能汚染の影響を受けて、反対運動が広がる。ドイツ連邦政府と州政府はこれに対して武力で対抗した。放水車からは高圧の水が、そしてガス弾までも発射された。
 ヴァッカースドルフは元々、キリスト教社会同盟(CSU)の支持者が多い保守的な土地柄だった。しかし村に再処理工場の話が持ち込まれ、大多数の住民の声を無視して建設が強引に進められていく中で、住民たちの意識は大きく変わっていく。
 教会の牧師、農民、教師、主婦、医者、機械工・・・様々な住民たちが自らの言葉で語り始める。
 建設を進めるためには法律も変え、反対する人々には武力で対峙する「民主主義」とは?そうまでして進める核燃料再処理工場とは、何なのだろう?
 ドイツ各地から集まってくる支援者たち。新しい人々との交流の中で闘いは豊かで、創意あふれたものになっていく。闘う人たちの表情は弾圧の中でも清新だ。

   映画が完成した2年後、ヴァッカースドルフ再処理工場の建設は中止された。そしてこれを境に、ドイツは脱原発の方向へ歩み始めた。
2008年02月22日

●「前をよく見ていなかった」

目を疑う、こんなニュースが。

衝突:イージス艦事故で千葉入りの防衛相の車、乗用車と 

 石破茂防衛相を乗せた公用車が21日午後3時35分ごろ、勝浦市墨名の国道128号交差点で、市内の無職女性(30)の乗用車と正面衝突し、両車両の一部が破損した。公用車に4人、乗用車に2人が乗っていたが、けが人はなかった。石破防衛相はイージス艦と漁船の衝突事故の説明で新勝浦市漁協川津支所に向かう途中で、到着が約20分遅れた。

 県警勝浦署によると、直進の乗用車に対向車線を右折した公用車が衝突したらしい。運転していた海上自衛隊職員(30)は「先導車に離されてはいけないと思い、前をよく見ていなかった」と話しているという。【山本太一】

毎日新聞 2008年2月21日 20時05分


ああ。「コミック雑誌なんかいらない」や。

2008年02月16日

●工業とはなにか、経済とはなにか

二年前の今日、2月16日のブログに、ボクはこんなことを書いている(「京都議定書の発効から今日で1年」)。

2005年2月16日の京都議定書の発効から、今日で1年となる。
それをテーマにした朝日新聞の広告特集「千年の再生」が、ちょっと面白かった。
中沢新一氏の「考え、そして行動してみる」がとても良かったので、少し長いけれどここに一部を引用しておく。

 いま、社会のシステムから外れてしまった一部の若者たちは「ニート」と呼ばれ、その問題点ばかりがクローズアップされていますが、彼らはちゃんと現代の社会システムに疑問を感じている。そのマイナスの価値だけをとらえてしまうのはものすごい損失です。
 では、どうすれば彼らに気づかせることができるかというと、神話を読ませるのがいいと思う。世界各地の、少数民族が語り継いできた後世に手の入れられていないもの。その背後にあるのは、いまの科学が伝達できないような、人間と動物、人間と自然の関係性についての哲学です。そこでは、人間と自然が一体であった時代が語られているんですね。動物が言葉を話すこともあれば、人間と結婚したりもする。それを知ると、いままでの認識がガラッと変わります。
 そこを出発点にすると、工業とはなにか、経済とはなにかというのが、違って見えてくるはずです。現代人は、なかなかこの認識を受け入れられないんですよ。はじめから自然は語らないもの、沈黙しているものと思いこんでいるわけですから。

そう、そうなんだよね。

そう、そう。

2008年02月15日

●ミャンマーの少数民族武装組織トップが暗殺される

 先日、築地本願寺で、「ビルマ、パゴダの影で」の先行上映を見て、監督のアイリーヌ・マーティー、ビルマ近現代史が専門の根本敬教授、そして在日ビルマ人カレン民族の女性の話を聞く貴重な機会を得た。映画「ビルマ、パゴダの影で」に関しては書かなくてはいけないことがいっぱいあるので、別の機会にきちんと書きたいが、そこで知ったことは、(またしても)ボクたちがホントに何も「知らない」ということだ。ビルマの軍事政権が国内の少数民族に何をしているのか、正直ボクもまるで知らなかった。(3/15から公開される「ビルマ、パゴダの影で」は是非見てほしい。)

そして、このニュース。

ミャンマーの少数民族武装組織トップが暗殺される

  【バンコク=田原徳容】ミャンマー少数民族カレン族の自治権を求め、同国軍事政権への抵抗を続けるカレン民族同盟(KNU)トップのマン・シャ書記長(65)が14日、タイ北部メソトの自宅前で暗殺された。  同書記長は、軍政が9日に発表した新憲法案の是非を問う国民投票と総選挙の実施に反対の意思を示したばかりで、タイ警察は、KNUから軍政側へ離反した者による犯行の可能性が高いとみて捜査を進める。  警察によると、男2人が同書記長宅を訪問。外に出てきた同書記長にカレン語であいさつした後、拳銃を3発発砲し、トラックで逃走した。同書記長は妻子とメソトに住み、ミャンマーとタイを行き来していたという。  KNUは、ミャンマー国内最大規模の反政府武装グループとして、軍政との間で武装闘争を展開してきたが、近年は軍政側への投降が目立ち、実質最高指導者のボー・ミャ氏が2006年に病死するなど勢力が弱体化しているとされる。
- 読売新聞


パキスタンのブット元首相暗殺に対しての、いとうせいこうさんのコメント(readymade by いとうせいこう)をもう一度。

アジアは現在、あまりに暴力的に混乱し過ぎている。
2008年02月11日

●重要なのはどこかへ行くことではなく歩くことそれ自体です。

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今日は、二回目の安房ハイキングクラブ。
いつも海から見ている山を仲間たちと歩いた。
不動山、上の台、浅間山。
100メートルあまりの低い山だが、海から一気に切り立っているので景色は申し分がない。
ピークにはどこも小さな祠や、立派な社があり、暮らしと祈りが分離せずに一体となっていた一つ前の生き方の最後のカタチのようなものを見る貴重な体験でもある。

歩きながら、今から5年前に、安房の観音霊場を歩いたことを思い出した。

当時のウェブ・ダイアリ−には、こうある。


2002年03月28日(旧暦2月15日)

安房国札三十四カ所観音霊場巡礼の結願を無事に迎えた。安房国札三十四カ所観音霊場は、館山、富浦、鋸南、富山、三芳、鴨川、和田、丸山、千倉にひろがる37の札所(34+番外3)からなり、6年に一度、丑歳と午歳に開帳されている。普段はひっそりと佇んでいる小さなお堂が、6年に一度、いきいきとした祈りの場として賑わいを見せる。今回、初めて37の札所をまわってみて、まわりはじめる前は思いもしなかったようなことが見えてきて、考えさせられることも多くあった。

菜の花が咲き、桜が咲き、蝶々が飛び、蛙が鳴いている。田んぼでは田植えの準備が忙しくすすめられている。典型的な日本の農村、里山の風景だ。小さなお堂に幟(のぼり)が立ち並び、人々が参拝に向かっている。鳶がくるくると飛び回り、猫が日向ぼっこしている。この風景はきっと、ずっとずっと昔から連綿と続いてきた暮らしの風景の一部なんだろうと思った。6年前も12年前も、そのずっとずっと前も、きっとほとんど同じ風景が展開されていたんだろう。では6年後は?、12年後は?、そのずっとずっと後は?。その答えは、ボクたちにかかっている。

 ほとんどのお堂は住職も不在で、普段はそこにあることさえ自ら隠しているかのようにひっそりと佇んでいる。こんなところにこんなお堂があったんだ、と、驚かされたことも少なくない。そんなお堂に毎日毎日たくさんの人が訪れている。その参拝者たちを暖かく迎え、納経所や湯茶の接待など様々なこと一切を行っているのは、地域のボランティアたちだ。各札所それぞれが、本当に手厚く迎えてくれる。未来へ向けての地域のあり方みたいなもののヒントが、ここにはあるのではないかとボクは思った。バリ島などでの、生産者=宗教者=芸術家といった分業化しないホリスティックな生き方と同じ生き方がここにもあり、その人々が支える地域の中心としてのお堂=札所をネットワーク化する観音霊場巡礼という、より大きな地域ネットワークがさらに広がりをもって展開していく。(そしてさらに大きな板東観音巡礼へと展開していく。)大きな神社仏閣の荘厳さはそれはそれで素晴らしいもので、決して小さなお堂が数多く集まってもその荘厳さは演出しようもない。でもそれとは別に、小さなお堂、それを支える善意のボランティア、そしてそれらが一体となってつくるネットワークに、あえていうならUNIX的な意味での未来性をボクは感じてしまう。「地域通貨」や「仏教経済学」を持ち出すまでもなく、ここには何か未来への大きなヒントがあるように思えてならない。



「道徳心の促しに従う欲求があり、仲間にサービスする欲求があり、創造的な生産をする欲求がある。だから、なにかをしたいときわれわれは報酬を期待しない。」

E・F・シューマッハー「スモールイズビューティフル再論」


歩くことは、時には抵抗にもなる。
また時には、内省的で瞑想的な行いにもなる。

きっと、ボクたちは、人類史上最も歩かない時代を生きているのだろう。
今、歩くことを考えることで、いろんなことのきっかけになるのかもしれない。

ティク・ナット・ハン師はこう言っている。

ふだんの生活の中で わたしたちはいつも駆り立てられているように感じています。 せきたてられ、急がねばと思います。 そのくせ、そんなに急いでどこへ行くのかと 自分に問うことはめったにありません。 歩く瞑想はふつう戸外で行いますが いつまでにどこへ行くといった目標はいっさいありません。 歩く瞑想の目的は 歩く瞑想そのものだからです。 重要なのはどこかへ行くことではなく 歩くことそれ自体です。


ティク・ナット・ハン「ウォーキング・メディテーション


歩こう!。
歩こう!。
もっと歩こう!。

2008年02月05日

●あなたが狂っているか否かの判断基準

 今日は朝から、田んぼ仕事。
今まで畑仕事はしてきたけれど、稲作には訳のわからない抵抗感があった。
もちろん知人の手伝いで田植えや稲刈りはしてきたが、自分が主体となっての田んぼはこれが初めてだ。

今日思ったことをひとつだけ。
鳥や虫といった生きものが、いっぱいいる。
理由もなく満たされた気持ちになる。
とても不思議な感覚。

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 人間が自然を知ることができる、知ったというときの意味は、人間が大自然の本体が何であるかを真に知り、知り得たのではない。「単に人間が知り得る」自然を知ったに過ぎない。それでも科学者は、人間の思考力の客観性が間違いでなかったことを、空に飛行機が飛び、地に自動車が走る現代文明の現実の姿が立証しているではないかと説く。
 しかし、この「現代文明」というものをよく見直してみて、それが狂っているとすればそれを狂わせた人智も狂っていたということになるはずである。現代を狂っていると見るか否かは、あなたが狂っているか否かの判断基準となるだろう。
 
「一億総五反百姓のすすめ」福岡正信

●計画が大きく前進するはずだった

週刊東洋経済の記事より。


最終試験が続く核燃料再処理施設の完成が延期となる見込みだ。「もんじゅ」再開も控えた今年はサイクル計画が大きく前進するはずだったが、その目算は最初から狂った。

(週刊東洋経済2月9日号より)

週刊東洋経済TKプラスにはさらにこうある。


 プルサーマル計画の実行を担う電力業界は、10年度までに16〜18基の原子炉に導入する方針を掲げてきた。九州電力や四国電力など地元了解を得て前進する会社もあるが、業界盟主の東京電力は完全停止に追い込まれた柏崎刈羽原発の復旧が最優先で、もはや先導役どころではない。
 
 さらに言えば、六ヶ所村の再処理施設が完成しても年間処理能力は最大800トン。全電力会社が年間に排出する使用済燃料は約1000トンとこれを上回る。原燃は自身の貯蔵施設で約2400トンの使用済燃料を受け入れているが、全国の発電所プールには合計約1・2万トンもの使用済燃料が再処理を待つ状態にある。
 
 そうした状況を尻目に全国の原発は稼働し続ける。少しでも歯車を動かさなければ、サイクルの輪から使用済燃料があふれ返ってしまう。東電と日本原子力発電は共同で新会社「リサイクル燃料貯蔵」を設立し、使用済燃料を一時ストックする「中間貯蔵施設」の建設を青森県むつ市で計画している。これなどは、サイクル計画遅延の歪みを取り繕おうとする最たる例だ。


一つの嘘を取り繕うために新たな嘘をつく。
その嘘を取り繕おうと、また新たな嘘をつく。
そんなことをくり返していくと、
子どもが「うちのお父さん総理大臣なんだよ」というようなことになる。

2008年02月01日

●人間はどんなにあがいても動物の一種であることをやめることはできない

昨日は千倉の小学校で催された小澤俊夫先生の講演会に行ってきた。
こういう素晴らしい人がいることを、ボクはとても嬉しく思う。

忘れられない言葉があった。
「魂の安定が大事。魂が安定していれば知恵なんて自然についてきますよ。」
なんて懐の深い言葉だろう。
教育とはきっとそういうものなんだろう。
正直、グッときた。


反対に、気になることもあった。
語り、口伝え、口承。
書かれた文字ではなく、口から耳へ伝えることの大切さを小澤俊夫先生は語っているのに、会場を埋める多くの(地域)の教育者たちがノートをとる(文字化する)ことに夢中で、ほとんど視線をあげない、話している人の顔を見ようとしないのだ。ボクは小さい頃、「話している人の顔を見なさい」と教わってきたが、今、教育の現場にいる人たちはどうやらそう教わってはこなかったようだ。人の話をきちんと聞けない人から話を聞かなくてはいけない子どもたちはたまらない。可哀想だ。文字にした途端、なくなってしまうものがある、そのことを知らなければいけない。どんなにきれいにノートを作っても、そこにあるのは抜け殻なのだ。


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人間は文明を進歩させることによって、かつては不治の病とされた病気を治す方法を考えだしたし、遠い距離を短い時間で克服する方法も考えだした。それはたしかに人間に幸福をもたらしている。しかしそれは他面では、人間は動物界や植物界、自然界と断交しても生きていかれるのだという錯覚を生みだしている。すでに述べたように、人間も動物の一種なのだという事実を忘れさせる危険性をもっている。もちろんわたしは、人間と動物の結婚が自然でよろしいなどと狂気じみたことを言っているのではない。そうではなくて、人間がその知識のみに頼って生き、あらゆるものを制御できると考えることは危険であり、人間はどんなにあがいても動物の一種であることをやめることはできないことを知らなくてはならないと言いたいまでである。近代科学がいかに進歩しても、いや進歩すればするほどそのバランスとして、人間が大昔から考えていた哲学、という言い方が大げさならば、人間がきびしい自然のなかで生きるためにどうしてももたなくてはならなかった自然観、動物観といったものを、しっかり思いのなかに呼びおこすことが必要だと思う。民衆のなかでひっそり口伝えされてきた民話がそれを思い出させてくれるのである。このことを、共産党支配の時代にソ連の民話研究の代表的存在のひとりであったキリル・ヴェ・チストフは、いみじくもこう言っている。
「有名な格言を言いかえてこういうことができよう ーー 『人は民話のみによって生くるにあらず』と。だがパンによって生きる力を失うのが危険であるのと同様に民話の伝統を喪失することも危険であろう_と。

小澤俊夫「昔話のコスモロジー―ひとと動物との婚姻譚 (講談社学術文庫)

2008年01月30日

●戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめる、新しい社会のつくり方。

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田中優講演会 「戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめる、新しい社会のつくり方。」
2008年4月5日 13時30分 千葉県南総文化ホール(小ホール)
入場無料(協賛団体から入場券を入手してください)

主催:テトラスクロール「電気を止める子どもたち」
協賛:アルソアサロンねむの樹アミー、海猫堂、エコウィンド、NPO法人うず、kitta、シャンティふぁーむ、ピースシード、ブラウンズ・フィールド、蜂人舎、南房総・平和をつくる会(50音順)

2008年01月29日

●ガザの小中学校で使用する全科目の教科書の9割を印刷できない

時事通信のニュースから。

パレスチナ自治区ガザで活動する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)で、教育関連のプロジェクトを担う羽隅温子事業支援担当官が28日、ガザ市内で時事通信と会見し、イスラエルの封鎖強化により、UNRWAが運営するガザの小中学校で使用する全科目の教科書の9割を印刷できない事態に陥っていることを明らかにした。  パレスチナの学校は2月初めに新学期を迎えるが、ガザでは教科書の印刷に必要な紙が枯渇しており、前学期から引き続き使う一部科目の教科書しか用意できない状況だ。  ガザ住民約150万人のうち3分の2は、イスラエルに故郷を追われた難民とその子孫。UNRWAはガザで小中学校214校を運営し、約20万人の児童・生徒を抱えている。


このことに怒ろう。
みんな、どうしてもっと怒らない。

例えば、こんなやり方がある。
イスラエルを支援している企業(パレスチナ情報センターのイスラエル支援企業リスト)をボイコットしよう。

2008年01月03日

●「前処理建屋の中から煙が上がった」

いつものように「ゆく年くる年」を見て新年を迎えた。
テレビの善し悪しとは別に、日本各地の祈りの風景を淡々と追っていくのは、まあNHKだからできる仕事だろう。各地の静かな祈りにくらべて、浅草寺の行列が空々しいし悲しい。今年はたまたま浅草寺の行列がそういう役目だったけれど、横浜港だったりお台場だったり、まあどこでもいいのだろう。


「ゆく年くる年」のあと、今年最初のNHKニュースで「六ヶ所村再処理工場から煙」という、まさに悪夢のようなニュースがあった。どういうことかと民放のニュースを待ったが、(想像通り)報道はない。HappyNewYear、初笑い、そんなのばかりだ。期待したボクが間違っているのだ。

起きたのはこういう事らしい。

核燃料再処理工場の油圧機、800リットル油漏れる

 1日午後6時ごろ、青森県六ヶ所村の日本原燃の使用済み核燃料再処理工場(試運転中)で、作業中の職員から「前処理建屋の中から煙が上がった」と六ヶ所消防署に通報があった。


 同消防や同社、野辺地署が調べたところ、使用済み核燃料を細かく切断する装置で、油圧機から約800リットルの油が漏れていたが、火災はなかった。建屋の場所は管理区域内だが、放射性物質の外部環境への漏れは確認されておらず、けが人もいないという。

 同社などによると、トラブルが起きたのは、国内の原子力発電所から集められた使用済み核燃料を再処理するため、棒状の燃料集合体を数センチの大きさに切断し、硝酸に溶かす装置がある建屋。切断作業の最中に、刃を動かすための油圧機から油が漏れ出し、警報装置が作動したという。

 同工場は、使用済み核燃料を再処理する国内初の商業用施設。早ければ2月にも本格操業を予定しており、現在は最終試運転(全5段階)の4段階の作業を進めている。

(2008年1月1日22時14分 読売新聞)


油圧機械もコントロールできないのだから、もうやめようよ。

昨年6月には、こんなニュースもあった。


核燃工場の分析建屋から煙

 三日午後八時二十分ごろ、六ケ所村の日本原燃再処理工場から「分析建屋で煙が出ている」と一一九番通報があった。同建屋のうち、放射線管理区域に当たる二階第二十一分析室の冷却水循環装置から煙が出て、室内に煙が充満していた。北部上北広域事務組合から化学消防車一台と広報車など四台が出動した。二〇〇六年三月末に最終試運転(アクティブ試験)が始まって以後、火災による消防の出動は初めて。

 野辺地署や六ケ所消防署などによると、午後八時十五分ごろ、火災を知らせる警報が作動。日本原燃の作業員が循環装置の電源を切ると煙は収まり、消防が午後九時十分に鎮火を確認した。外部への放射能漏れはなく、人体や周辺環境への影響は出ていないという。

 北部上北広域事務組合の職員十一人が現場に駆けつけ、「原子力施設等における消防活動マニュアル」に沿った装備で、放射線管理区域内に入り現地確認を行った。

 日本原燃は、午後八時半すぎにファクスで県に第一報を送信。重要性・緊急性の最も高い「A情報」として三日午後十一時すぎ、報道機関に事案を発表したが、「原因は調査中」としている。県は、原子力センター職員を現地に派遣するとともに、事業者に原因と対策についての詳細な報告を求めた。(東奥日報


冗談じゃない。
隠れてこそこそやったり、できないことをできると言ったり、嘘をついてのはいけない、そういうことは幼稚園や小学校で学ぶべきことのはずだ。

もし知らないのなら、今からでも遅くない。勉強すればいいだけだ。

もしいいせんせいがみつからなかったら、おしえてあげるから、いっしょにべんきょうしよう。

2007年12月31日

●生きるために必要なことを学ぶことを忘れていった

2007年もあと少し、ひとり暮らしの大晦日は、やることがいっぱいでなかなかに忙しい。
けれど、当たり前のことを当たり前にすること、きとんと食べる、きちんと暮らすことこそ、今のシステムの中では、抵抗の運動なのだと、今ボクは強く思っている。

今年、いちばん刺激を受けた一冊の本をもう一度紹介したい。
北山耕平さんの「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」だ。現在のシステムの中に「日本人」として組み込まれているボクたちが、「日本」という国にではなく、母なる「日本列島」と再接続するために、重要な一冊だ。


 日本列島に生きる人たちが、時が大いなる円環を描いて万物が再生し自然と共存する世界を外れ、一万年かもしくはそれ以上続いた長い夢見の時間(ドリーム・タイム)を離れて、現在に通じる時の直線がジグザグを描いて続く、限定された危うい生き方を選択するのは、この国の歴史が文字で書かれはじめたときあたりからだから、かれこれもう千年近く前のことになる。人は文字で書かれたものを読むようになったかわりに、それまでのように自然を本のように読み、そこから生きるために必要なことを学ぶことを忘れていった。自然の法という共通に守るものがなくなったあとは、スピリチュアルな力と同時に平和も失われて、人と人が殺しあい、国と国が戦争をしあう、いつ果てるともない争いともめ事が続くようになった。そしてそれが行き着くところで、人は誰も自然の声に耳を傾けなくなり、自然の法のことなどに関心を抱かなくなってバランスを失ってしまう。

「スピリットの帰還ーまえがきにかえて」』


六ヶ所村の再処理工場の問題も、ピークオイルも、農薬や化学物質も、プラスチックゴミも、すべては同じところに源を持つ問題なのだ。すべては、生き方の問題だ。ボクらがどんな文明を選択してきたのかということなのだ。これ以上バランスを失ったら、きっとボクらは立ち続けることができなくなるだろう。

だから、今、この地点で何を考え、どう行動するのかが大切になるのだ。

今ここ。

今ここ。

2007年12月27日

●できないことはあきらめましょう。

東奥日報12月26日の記事より。



再処理試運転「2月終了」厳しく


 日本原燃の兒島伊佐美社長は二十五日の定例会見で、予定よりも一カ月以上遅れている六ケ所再処理工場のアクティブ試験(試運転)第四ステップの終了時期について、「年を越すかもしれない」と語り、二〇〇八年にずれ込む可能性を示唆した。また同年二月の試運転終了予定についても「可能にするべく頑張っていく」と述べる一方、「厳しくなっている」とも語り、延期に含みを残した。

 第四ステップは八月三十一日に開始。当初は十一月中旬に終える予定だったが、ガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)容器の溶接機が故障したことや、溶融炉内の温度が安定しないため固化体の追加製造を余儀なくされたことから、現在も続いている。

 青森市のラ・プラス青い森で開かれた会見で、兒島社長は「ぜひ年内にと思っているが、場合によっては年を越すかもしれない」と語った。

 原燃は第四ステップ終了の目安を、「ガラス固化設備が国の使用前検査を受けられる準備が整った段階」としている。

 次段階の第五ステップへは自社の判断で進むことができるものの、国の原子力安全・保安院は、年明けに総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の核燃料サイクル安全小委員会などを開き、ガラス固化設備の性能などについて審議する方針。

2007年12月23日

●冬至の日に「神楽ビデオジョッキー」

昨日は冬至。

テトラスクロールでは、三上敏視さん(MICA BOX、細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニット)をお招きしての一周年記念イベント「神楽ビデオジョッキー」があった。
みっちり4時間、日本列島の神楽のほぼ全貌を知ることのできる貴重な機会となった。

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神楽が未だ在るコミュニティは、きっと健全なコミュニティなのだろう。親子や家族関係もまた同様だろう。それはもしかすると崩壊へと向かっているのかもしれないが、それでもなお機能している分、健全なのだ。山林の荒廃、コミュニティの崩壊、家族・親子関係の崩壊、神楽を維持させていくことは、信仰や芸能の問題にとどまることはない。これもまた、生き方の違いの問題であり、文明論なのだ。

多くの気づきを与えてくれた三上さんに心から感謝したい。


MICA BOXホームページ
MICA BOXの井戸端

2007年12月20日

●「神楽ビデオジョッキー」のお知らせ(再掲)

テトラスクロールでは、一周年記念イベントとして三上敏視さんによる「神楽ビデオジョッキー」を開催いたします。

昨年12月23日の、北山耕平さんのトークライブ「ネイティブであるということ」。冬至の翌日という夏の始まりの日に、テトラスクロールの一年が始まりました。

あれからちょうど一年の冬至の日に、「神楽ビデオジョッキー」を開催できることとなりました。


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三上敏視「神楽ビデオジョッキー」
2007年12月22日 13時から ¥2000
テトラスクロール 千葉県南房総市和田町和田447 0470-47-5822


三上敏視(MICABOX) プロフィール

愛知県生まれ、武蔵野育ち。現在札幌在住。
音楽家/神楽・伝承音楽研究家

猿田彦大神フォーラム世話人
多摩美術大学芸術人類学研究所特別研究員
細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットメンバー

78年に札幌に移り、元はちみつパイの和田博巳を中心に結成されたバンド「QUOATAIONS」でギタリストとして活動するほか、自主製作映画グループ「銀河画報社」で山田勇男監督作品の音楽を担当。フリースペース「駅裏8号倉庫」の運営に関わったり、「月刊宝島」の北海道情報員を担当するなどローカル&マイナーの世界で種々の活動をする。

88年から5年ほどアイヌの文化運動の手伝いをして93年に別冊宝島『アイヌの本』を企画編集。
日本気功の黎明期に関西気功協会(現・NPO法人気功協会)に関わり、94年に気功法「香功」のための音楽テープを製作、96年にはリラクゼーションや気功、太極拳などのためのCD『気舞』を発表。

95年より細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニットに参加、97年より毎年このグループで伊勢・猿田彦神社の「おひらきまつり」に出演。
その後発足した「猿田彦大神フォーラム」世話人として神楽調査を担当、全国各地の里神楽を見学して歩き、日本の音楽、芸能のルーツとしてその多彩さと深さに衝撃を受け、これを広く知ってもらいたいと01年9月に別冊太陽『お神楽』としてまとめる。
その後も辺境の神楽にとりつかれ、音楽にも反映させるべく見て歩く。

99年からモンゴロイドユニットに加わった高遠彩子をボーカリストに迎え、MICABOX名義で楽曲製作を開始、04年5月細野晴臣主宰のレーベル「daisyworld discs」からアルバム、MICABOX feat. Ayako Takato『ひねもす』をリリース。イギリスのアジア音楽専門サイト「Far Side Music」のトップ10で第3位。
05年講談の神田山陽とのコラボレーションでは阪妻の無声映画「雄呂血」の活弁のための音楽を制作し、サッポロカルチャーナイト・道庁赤レンガ前広場で生演奏をする。

04年7月世界に向けて放送された、NHK国際放送「Weekend Japanology」の「神楽」特集にゲスト解説者として出演。
05年6月に韓国・晋州で行われる「仮面劇フェスティバル」にMICABOXとして高遠彩子とライブ出演。
05-06年にかけて細野晴臣&東京シャイネスのメンバーとしてコンサートツアー。
06年6月にイギリス・ロンドンで開催された「City of London Festival」に「日本発のモダンルーツミュージック」として招待され、ゲストの木津茂理と高木光介を加えてMICABOXの単独ライブを行う。
07年2月、新しくできた国立新美術館の黒川紀章展のイベントでMICABOXライブ。国立新美術館のライブ第1号となる。
07年3月、NHK-FMの特番、日本音めぐり「心のリズム、日本の太鼓」で神楽の太鼓の解説ゲストとして出演。
07年3月、前年にイギリス、オランダでもリリースされた『ひねもす』が、英ワールドミュージック誌『SONGLINES』のレビューで4っ星を獲得。

音楽活動と併行して神楽の面白さ、深さを知ってもらうために、撮影した映像を使った「神楽ビデオジョッキー」

06年より多摩美術大学芸術人類学研究所(所長・中沢新一)特別研究員。


2007年12月06日

●BND麦の発芽

11/24、BuyNothingDay(何も買わない日)に、テトラスクロールは、NoShopー何も売らない日「畑仕事とランチパーティ」と題して、土壌改良用の麦の種まきをした。

その麦が発芽した。

BND麦。

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テトラスクロールで新しくはじめた畑の化学肥料を吸い出そうと播いた麦なので、収穫は予定していなかったが、発芽した様子を見ていて気が変わった。ワタ畑にする一角をのぞいて、そのままにしよう。風よけにもいい。収穫した麦は、来年またBND麦として、みんなで種まきをしよう。

BND麦。
何も買わない日に播く麦。

2007年11月25日

●ミンククジラだけでは南極海のクジラの生態系が分からない

昨日の朝日新聞に、日本の南極海での「調査」捕鯨に関しての記事があった。今回、日本政府が「調査」の対象として、ザトウクジラを加えたことでオーストラリアをはじめとする諸外国から反発の声があがっている。

(以下、記事より。全文はasahi.comで)

 日本の調査捕鯨は常に批判がつきまとってきた。だが今回の場合、生息数をめぐる科学手法や保護に関する論争が主だったこれまでの捕鯨、反捕鯨の対立とはやや趣が違う。「見るクジラ」として世界的に定着しているザトウクジラが焦点となっているためだ。


 批判は欧州や米国にも広がる。米国務省報道官は19日、ザトウクジラとナガスクジラの捕獲を自粛するよう求めた。英紙インディペンデントは19日の社説で「京都議定書で地球温暖化防止をリードするなど、環境問題で指導的立場にある国が、なぜクジラに思いやりを持てないのか」と痛烈に批判した。


 水産庁がザトウクジラの捕獲再開に踏み切ったのは、「ミンククジラだけでは南極海のクジラの生態系が分からない」というのが理由だ。


同庁は年間9000万トン程度で横ばいが続く世界の漁獲高について、クジラが大量の魚を食べることが影響している、と主張する。ミンククジラに加え、ザトウクジラなども管理していかないと「魚がどんどん減って将来的に大きな食糧問題になる」(水産庁遠洋課)と正当性を強調する。

ハッキリ言っておきたい。
南氷洋まで出かけていって「調査」の名のもとに行う捕鯨と、沿岸捕鯨はまるで別のものだ。
同様に伝統捕鯨と沿岸捕鯨もまた、別のものだ。
ここ和田浦に限っていえば、「方法」は伝統的なものではないが、「捕鯨対象種ーツチクジラ」に関しては連続性がある。エネルギーに関する情報が、意図的に操作されているように、この問題もまた、意図された情報操作によって、問題の本質が見えないようにされている。Don't Believe The Hype!!

2007年11月13日

●「統治権ハ国民ヨリ発ス」

昨夜は、旧三芳村の農村環境改善センターで、映画「日本の青空」の試写を見てきた。
GHQの憲法草案の下敷きになったといわれる「憲法草案要綱」を、憲法研究会の中心となってまとめた鈴木安蔵を描いた作品で、二時間という時間を感じさせない作品になっている。


「憲法9条」はまるで現代詩のように美しいし、その意義もよくわかる。

でも、今、日本は戦争をしていなくはない。(戦争をしている。)
決して「非暴力国家」ではない。(「国家」や「憲法」をボクは信じてはいない。)

この映画を見て思ったのは、この映画に足を運んだり、この映画を面白いと思う人は、見なくたって(すでに)わかっている人で、この映画にまったく興味がなく、絶対に足を運んだりしない人こそが、見るべき作品なのだろう、ということ。

戦争に反対する人、平和を愛する人、すべての人間は(動物も)平等だと信じる人、心ある人、都合のつく人、そして、北朝鮮のミサイル攻撃に備えて「日本」も軍事力を強化すべきだと思う人、多くの人にぜひ足を運んでもらいたい。


「日本の青空」上映会 12/8 14時〜(昼のみ保育室あり)・ 19時〜
 南房総市農村環境改善センター 前売り 大人1000円 小中高800円
 (前売り券はテトラスクロールでも取り扱い)
主催:「日本の青空」三芳上映実行委員会 (問い合わせ・八木0470-36-3059)


憲法草案要綱    憲法研究会案

高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩渕辰雄、
室伏高信、鈴木安蔵

根本原則(統治権)
一、 日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、 皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
一、 天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専国家的儀礼ヲ司ル
一、 天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、 摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル

国民権利義務
一、 国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス
一、 爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス
一、 国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ヲ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、 国民ハ拷問ヲ加ヘラレルルコトナシ
一、 国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス
一、 国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、 国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス
一、 国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス
一、 国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスベシ
一、 国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保障サル権利ヲ有ス
一、 男女ハ公約並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス
一、 民族人種ニヨル差別ヲ禁ス
一、 国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス

議会
一、 議会ハ立法権ヲ掌握ス法律ヲ議決シ歳入及歳出予算ヲ承認シ行政ニ関スル順
   則ヲ定メ及其ノ承認ヲ得ルヲ要ス
一、 議会ハ二院ヨリ成ル
一、 第一院ハ全国一区ノ大選挙区制ニヨリ満二十歳以上ノ男女平等直接秘密選挙(比例代表ノ主義)ニヨリテ満二十歳以上ノ者ヨリ
   公選セラレタル議員ヲ以テ組織サレ其ノ権限ハ第二院ニ優先ス
一、 第二院ハ各種職業並其ノ中ノ階層ヨリ公選セラレタル満二十歳以上ノ議員ヲ以テ組織サル
一、 第一院ニ於テ二度可決サレタル一切ノ法律案ハ第二院ニ於テ否決スルヲ得ス
一、 議会ハ無休トス
   ソノ休会スル場合ハ常任委員会ソノ職責ヲ代行ス
一、 議会ノ会議ハ公開ス秘密会ヲ廃ス
一、 議会ハ議長並書記官長ヲ選出ス
一、 議会ハ憲法違反其ノ他重大ナル過失ノ廉ニヨリ大臣並官史ニ対スル公訴ヲ提起スルヲ得之カ審理ノ為ニ国事裁判所ヲ設ク
一、 議会ハ国民投票ニヨリテ解散ヲ可決サレタルトキハ直チニ解散スヘシ
一、 国民投票ニヨリ議会ノ決議ヲ無効ナラシムルニハ有権者ノ過半数カ投票ニ参加セル場合ナルヲ要ス

内閣
一、 総理大臣ハ両院議長ノ推薦ニヨリテ決ス
   各省大臣国務大臣ハ総理大臣任命ス
一、 内閣ハ外ニ対シ国ヲ代表ス
一、 内閣ハ議会ニ対シ連帯責任ヲ負フ其ノ職ニ在ルニハ議会ノ信任アルコトヲ要ス
一、 国民投票ニヨリテ不信任ヲ決議サレタルトキハ内閣ノ其ノ職ヲ去ルヘシ
一、 内閣ハ官史を任免ス
一、 内閣ハ国民ノ名ニ於テ恩赦権ヲ行フ
一、 内閣ハ法律ヲ執行スル為ニ命令ヲ発ス

司法
一、 司法権ハ国民ノ名ニヨリ裁判所構成法及陪審法ノ定ムル所ニヨリ裁判之ヲ行フ
一、 裁判官ハ独立ニシテ唯法律ニノミ服ス
一、 大審院ハ最高ノ司法機関ニシテ一切ノ下級司法機関ヲ監督ス
   大審院長ハ公選トス国事裁判所長ヲ兼ヌ
   大審院判事ハ第二院議長ノ推薦ニヨリ第二院ノ承認ヲ経テ就任ス
一、 行政裁判所長検事総長ハ公選トス
一、 検察官ハ行政機関ヨリ独立ス
一、 無罪ノ判決ヲ受ケタル者ニ対スル国家補償ハ遺憾ナキヲ期スヘシ

会計及財政
一、 国ノ歳出歳入ハ各会計年度毎ニ詳細明確ニ予算ニ規定シ会計年度ノ開始前ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム
一、 事業会計ニ就テハ毎年事業計画書ヲ提出シ議会ノ承認ヲ経ヘシ
   特別会計ハ唯事業会計ニ就テノミ之ヲ設クルヲ得
一、 租税ヲ課シ税率ヲ変更スルハ一年毎ニ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
一、 国債其ノ他予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、 皇室費ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、 予算ハ先ツ第一院ニ提出スヘシ其ノ承認ヲ経タル項目及金額ニ就テハ第二院之ヲ否決スルヲ得ス
一、 租税ノ賦課ハ公正ナルヘシ苟モ消費税ヲ偏重シテ国民ニ過重ノ負担ヲ負ハシムルヲ禁ス
一、 歳入歳出ノ決算ハ速ニ会計検査院ニ提出シ其ノ検査ヲ経タル後之ヲ次ノ会計年度ニ議会ニ提出シ政府ノ責任解除ヲ求ムヘシ
   会計検査院ノ組織及権限ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
   会計検査院長ハ公選トス

経済
一、 経済生活ハ国民各自ヲシテ人間ニ値スヘキ健全ナル生活ヲ為サシムルヲ目的トシ正義進歩平等ノ原則ニ適合スルヲ要ス
   各人ノ私有並経済上ノ自由ハ此ノ限界内ニ於テ保障サル
   所有権ハ同時ニ公共ノ福利ニ役立ツヘキ義務ヲ要ス
一、 土地ノ分配及利用ハ総テノ国民ニ健康ナル生活ヲ保障シ得ル如ク為サルヘシ
   寄生的土地所有並封建的小作料ハ禁止ス
一、 精神的労作著作者発明家芸術家ノ権利ハ保護セラルヘシ
一、 労働者其ノ他一切ノ勤労者ノ労働条件改善ノ為ノ結社並運動ノ自由ハ保障セラルヘシ
   之を制限又ハ妨害スル法令契約及処置ハ総テ禁止ス

補則
一、 憲法ハ立法ニヨリ改正ス但シ議員ノ三分ノ二以上ノ出席及出席議員ノ半数以上
   ノ同意アルヲ要ス
   国民請願ニ基キ国民投票ヲ以テ憲法ノ改正ヲ決スル場合ニ於テハ有権者ノ過半数ノ同意アルコトヲ要ス
一、 此ノ憲法ノ規定並精神ニ反スル一切ノ法令及制度ハ直チニ廃止ス
一、 皇室典範ハ議会ノ議ヲ経テ定ムルヲ要ス
一、 此ノ憲法公布後遅クモ十年以内ニ国民投票ニヨル新憲法ノ制定ヲナスヘシ

2007年11月10日

●「神楽ビデオジョッキー」のお知らせ

テトラスクロールでは、一周年記念イベントとして三上敏視さんによる「神楽ビデオジョッキー」を開催いたします。

昨年12月23日の、北山耕平さんのトークライブ「ネイティブであるということ」。冬至の翌日という夏の始まりの日に、テトラスクロールの一年が始まりました。

あれからちょうど一年の冬至の日に、「神楽ビデオジョッキー」を開催できることとなりました。


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三上敏視「神楽ビデオジョッキー」
2007年12月22日 13時から ¥2000
テトラスクロール 千葉県南房総市和田町和田447 0470-47-5822

●氾濫するプラスチックの海の中に暮らしている

 先日、はじめてビーチクリーニングに参加させてもらった。目の前のビーチではなく、ひとつ南のサーフポイント前でのビーチクリーニング(和田町サーフィンクラブ)だったのだが、正直なところ、ビーチの実態を見て、驚いた。毎日見て、歩き、わかった気になっていたけれど、実際にはボクの目には何も見えていなかった。これはもう取り返しがつかないんじゃないか、そう思うほどに「プラスチック」がいたるところにある。そう、これがボクたちの文明の姿なんだ。安価な石油という幻想を盲目的に信じて、軽くて丈夫で加工が容易なプラスチックに傾倒していった結果が、このビーチなのだ。

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六ヶ所村の再処理工場の本格稼働を許してはいけない。

そして、同じように、目の前に散乱する、無数のプラスチックも、どうにかしなくてはいけない。

来年から、となりのビーチではなく、テトラスクロール下の浜辺でのクリーニングを始めていきたいと思う。

 今日の私たちは、氾濫するプラスチックの海の中に暮らしているようなものだ。本当の海にも、プラスチックのゴミをはじめ目に見えないほどのプラスチック微粒子が浮かび始めている。
 海は広く大きく限りがないように見える。すべてを流し去り浄化してしまうようにも思える。しかし私たちがこのままプラスチックを大量に生産し続ければ、長い年月の後、どこの海でも水をすくっても小さなプラスチックの粒を見るようになるかもしれない。潮目に天の川のようなプラスチックの川が出来る時が来るかもしれない。潮目にはたくさんのプランクトン、魚などの海の生きものが集まるから彼らのお腹の中は、飲み込んだプラスチック粒で一杯になるだろう。
 こんなことは非現実的な想像であってほしい。しかし、こんな未来を想像してしまうほど、私たちは不注意にもプラスチックのような生態系の環境からはずれた人口化学物質を、大量に自然界に排出してしまったのである。これらの異質なものがやがて大きな塊となって私たちに押し寄せてくることがないと誰が言いきれるだろうか。

プラスチックの海―おびやかされる海の生きものたち
2007年11月09日

●11月24日は、Buy Nothing Day、何も買わない日。

今年もBuy Nothing Dayが、近づいてきた。

この日、テトラスクロールでは、何も売らない。
そのかわりに、準備中の畑で、「畑仕事とランチパーティ」をしようと思う。

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この準備中の畑は、「農業は人類の原罪である」ことをふまえたうえで、今、ボクたちが地域で生きるということはどういうことなのかを追求する試みだ。安価な石油の上に築き上げたボクたちの文明が音を立てて崩れようとしている今、真剣にサバイバルを考えなくてはいけない。「買わない」から「買えない」に変わったのち、ボクたちは生きていくことができるのだろうか?。

2007年11月04日

●クリプトン雲が吹き戻されて地表面を徘徊

気味が悪いとはこういうことなのだろう。
「クリプトン雲が吹き戻されて地表面を徘徊」する様子(原燃が公開しているモニタの数値)を動画化したものを、「美浜の会」が作成し、ウェブ上で公開している。


六ヶ所の再処理工場は今はまだ本格稼働していない。
けれど、工場の中では着実にステップが進んでいる。

2007年10月27日

●「電気を止める子どもたち」ミーティングVol.1

 明日、テトラスクロールにて、「電気を止める子どもたち」ミーティングVol.1を行います。奮ってご参加下さい。

「電気を止める子どもたち」ミーティングVol.1

 アリゾナ 〜 六ヶ所 〜 ジャドゥゴダ 私たちはいったいどこへ行くのか?。
未来を探る学習会と「ブッダの嘆き」上映会

2007年10月28日(日)13時30分〜 TETRASCROLL(南房総市和田町和田447)
無料(ブッダの嘆き基金[ジャドゥゴダ核被害者を支援する会]への寄付をお願いいたします。)


「電気を止める子どもたち」プロジェクトでは、「ホピの予言」「六ヶ所村ラプソディー」と、私たちの社会を支えている核エネルギーについて考えてきました。「ホピの予言」では、インディアン・ホピ族の聖地でのウラン採掘を、「六ヶ所村ラプソディー」では、村内に117カ所もの縄文遺跡のある六ヶ所村での、核燃再処理工場を巡る事実を知ることができました。「核」の問題の背後には「差別」があることが見えてきました。「電気を止める子どもたち」ミーティングでは、この先私たちはどうしたら良いのか、どういう選択ができるのかを、気軽に語り合いながら探っていきたいと考えます。
 ブッダ生誕の地ともいわれるインド・ジャドゥゴダでのウラン採掘と核廃棄物投棄による核汚染が、先住民に与えている深刻な被害を追ったドキュメンタリー映画「ブッダの嘆き (Buddha Weeps in Jadugoda)」(1999年・インド・56分 監督・シュリプラカッシュ)の上映も併せて行います。奮ってご参加ください。


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pdfファイルをダウンロード

2007年10月19日

●楽しい生活を送ることが出来るよね 大丈夫だよね

 「電気を止める子どもたち」って、きっとこんな子供たちなのかもしれない。


 そう思わせてくれるのが、秋元なおとさんの「カカ島区生活読本」だ。

 前作「カカ島区博物誌」に続いて、子供たちに読ませたい、そう思わせる作品となっている。(CD-R版「カカ島区生活読本」には「カカ島区博物誌」も収録されている。)


ボクはどうにも恐がりだから 将来

石油や原子力を使わない選択をしたり 使えない状況になった時にも

心乱れることなく みんなの知恵と体力で

楽しい生活を送ることが出来るよね 大丈夫だよね っていう

自己暗示の意味もこめて このマンガを描いてる気がします



そして もしそれが可能なら

「地球がもし100人の村だったら」の村人全員が

それぞれ楽しく豊かな生活ができる気がします



力関係だけにたよらない

バランスのとれた世界を夢みて


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(テトラスクロールでも販売中)

2007年10月18日

●「地球に生きる人」勉強会

テトラスクロールの新企画、「地球に生きる人」勉強会が始まりました。

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初回となる昨日は、北山耕平さんの「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史」と、「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」をテキストに、地球上に在る二つの生き方の違いについて学びました。南房総に今までなかった新しい学びの場になりそうです。

2007年09月30日

●歴史を曲げてはいけない

 沖縄でも、生き方の押しつけに抵抗する声があがった。11万人という数は、為政者にとっては脅威となるだろう。縄文時代が教科書から消されたように(最近になって、復活するよう答申が出されたが)、文部科学省(日本)は同じように、沖縄での集団自決に対する軍の関与を「日本軍による強制または命令は断定できない」として、教科書から消し去ろうとしている。

 そのことに対して、11万もの人が集まり、抗議の意思を表明したのだ。


仲里利信実行委員長に聞く 県民の思い突きつける(琉球新報)


 29日に宜野湾海浜公園で開かれる「教科書検定意見撤回を求める県民大会」を前に、仲里利信実行委員長(県議会議長)に大会の意義などを聞いた。


 —県民大会の意義は。

 「全市町村議会が検定撤回を求める意見書を可決した。県議会も同一議会で同一趣旨の意見書を二度可決する異例の対応を取った。県民の総意にもかかわらず文部科学省の態度は非常にかたくなで、この扱いに不満が高まっている。文科省の提案を(教科用図書検定調査)審議会が追認するだけの実態も分かってきた。歴史を曲げてはいけないという県民の思いを突きつける」

2007年09月28日

●「廃炉もあり得る」

ストップ浜岡原発@ブログから。

新潟知事、県議会で「廃炉もありうる」 柏崎刈羽原発 http://www.asahi.com/politics/update/0927/TKY200709270658.html 2007年09月27日23時21分

 新潟県中越沖地震で大きな被害を受けた東京電力柏崎刈羽原子力発電所について、泉田裕彦知事は27日、県議会の代表質問に対し、今後の調査の推移次第で「廃炉もあり得る」との考えを示した。知事に廃炉を決定する権限はないが、立地県の反対を押し切って東電が再開させることは事実上難しい。

 知事は、原発への今後の県の対応について問われ、「原子炉本体の被害状況の点検調査が始まったところで、今後については白紙」としつつ、「無論、調査結果によっては廃炉はあり得ると思う」と答えた。

 また、「地域とのコンセンサスができなければ、議論のテーブルには載せられない」と発言。地域の了解を得られないうちは、原発の運転再開を認めないことを強調した

2007年09月27日

●なに国家もそったらものも有るかってッ。

 下北半島では今、エネルギー政策の名のもと、「ただ生きているだけ」の人々が、「別の生き方を押しつけ」られている。その現実を描いた「六ヶ所村ラプソディー」を大スクリーンで見ていて、「生き方を押しつけられる」ということがどれほど苦しいことなのかを、改めて考えていた。

 別の「生き方を押しつけられる」ということ、西ショショーニでも、オーストラリアでも、世界中のいたる所でこれと同じことが、今でも起きている。そしてそのことは、この惑星の上でずっとずっとくり返されてきたことなのだろう。この日本列島の上でも、縄文と弥生という、二つの違う生き方を持った人々の間で、それこそ無数にあったことが想像できる。

 これこそが「差別」なのだ。

 このポイント抜きでは、ボクたちは先に進めそうもない。

 むつ小川原開発計画地内に、買収に応じることなくただ1軒残る農家、小泉金吾さん(78)の一代記『われ1粒の籾なれど』より、魂の言葉を。

 今はなも銃で殺す訳でないとすれば、必ず金銭で支配するという世の中だから。金さえあれば何でも出来るとな。だから、なんぼ民主主義と言っても、国家のな、国策なんて、そんなもの有るはずねえって。中さ入れば、戦前から財閥が仕切っているの。ここの開発だってな。当時、用地の北は三井不動産と、南は三菱地所と分けて、買収していったんでしょ。ホラ三井と三菱だ。内実さ入れば全部金銭だって。国民から集めた金で、寄ってたかってたらい回ししているだけなんですよ。たったそれだけなのだ。最後は誰も責任とる人ねえんですよ、何のもんでも。大臣やったって一ヶ月で辞めれば終わりでしょ。はァ、辞職すればなんのことはねえ。責任も何も無くなってしまう。何が国策なのよ。ちょっとすれば国家的事業だとかって、勝手なもんだな。なに国家もそったらものも有るかってッ。

「聞き書き 小泉金吾 われ一粒の籾なれど」
2007年09月25日

●「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会が、盛況のうちに終わった。二百数十名の来場者、上映会の準備や運営を支えてくれたスタッフ、地元メディア、ポスターやチラシを掲示・設置してくれた商店や施設、当日出店してくれた生産者(かまどの火、ばんぱん、シャムロックハウス、ゆっくりパン屋ともちゃん、蜂人舎、シャンティファーム、アースマーケット、生活クラブ)、署名に協力してくれた多くの方々、そして、パンフレットに原稿をお寄せいただいた鎌仲ひとみ監督、花とハーブの里・菊川慶子さん、小出裕章先生、哘清悦さん、苫米地ヤス子さん、北山耕平さんに、心から感謝したい。準備期間二ヶ月弱という強行スケジュールだったが、かえってそれがよかったのかもしれない。昨年12月、冬至の翌日に行われた「北山耕平トークライブ『ネイティブであるということ』」から始まったうねりが、昨日(秋分の日の翌日)、「核の鎖を断つ」ための「電気を止める子どもたち」プロジェクトとして実を結んだのだ。さあ、これからだ。


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 配布したパンフレットに寄せたボクの一文を。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。(真魚長明)

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

2007年09月18日

●「六ヶ所村ラプソディー」上映会のお知らせ

電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会まで一週間となりました。

「六ヶ所村ラプソディー」上映会
9月24日(祝)13時30分〜(開場13時)
千葉県南総文化ホール 前売1200円 当日1500円
お問合せ・テトラスクロール 0470-47-5822
 www.tetrascroll.info/rokkasyo

「六ヶ所村ラプソディー」鎌仲ひとみ監督作品 製作・配給 グループ現代 支援 文化庁


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2007年09月13日

●hirapress+ 写真展「六ヶ所村エナジー」のお知らせ

hirapress+(ヒラプレスプラス)写真展「六ヶ所村エナジー」スタートしました。

2007.9.13(木)〜9.25(火)11-18時(水曜休)入場無料

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2007年09月11日

●クリプトン85の影響によるものです。


日本原燃のリアルタイム放射能・放射線監視データの数値が急激に上がっている。

そのことに関して、そのページにはこうある。

9月9日、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター シャフトモニタの指示値が一時的に上昇しましたが、これは主排気筒からのクリプトン85の影響によるものです。

なんでもなさそうにさらっと書いてあるけど、クリプトン85って、自然界には存在しないものでしょ。

2007年09月10日

●反核

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●電気を止める子どもたち

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  テトラスクロールを応援してくださる皆様へ

 いつもテトラスクロールをご支援いただきありがとうございます。お陰様で昨年11月のオープンから10ヵ月、イベント、ワークショップ、ギャラリー企画、映画上映と、順調に活動することができました。皆様のご理解ご協力に心から感謝いたします。ありがとうございました。

 テトラスクロールは、さる7月7日から二日にわたって行われた「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い【風をひらく】」をきっかけに、新プロジェクト「電気を止める子どもたち」をスタートさせました。【風をひらく】で繰り返し語られた、インディアンのエルダーたちの語る「電気を止める世代」の出現、というテーマが、一週間後の中越沖地震を通して、実際のアクションとなったのが「電気を止める子どもたち」です。未来の子供たちが自分の使うエネルギーを正しく選択できるために、ボクたちは何をしたらいいのか?、そんな思いでプロジェクトを立ち上げました。自分の使うエネルギーを正しく選択できる未来は、きっと他の問題、食べ物、身体、教育などすべての事柄を正しく選択できるはずです。
 さる8月25、26日には「電気を止める子どもたちVol.1」として、映画「ホピの予言2004年版」の上映会を行い、盛況のうちに終了いたしました。そして、9月24日(祝)には、館山の千葉県南総文化ホールにて「電気を止める子どもたちVol.2 六ヶ所村ラプソディー 上映会」を行います。


 歴史の教科書から縄文時代を抹消し、この日本列島でのヒトの営みは弥生時代から始まったのだとする「美しい国」作りと同じ論理が、六ヶ所核燃再処理工場の稼働を推進しています。六ヶ所を知ると、ボクたちが生きているシステムが、「欲望」によってドライブさせられていることがとてもよくわかります。一人でも多くの方に、今、六ヶ所で何が起きているのかを知ってもらいたいと思います。


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2007年09月08日

●とくに、電子メディアを通してね。

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 一番大きな問題は教育だね。私が生まれた頃まで、人々が共有していた現実というのはたったひとつだった。われわれがやっていることはすべてみることができ、聞くことができ、臭いをかげて、触れて、味わえた。感覚器官を通して直接体験することができたんだ。溝を掘れば、それが見え、感じることができた。なにかを書いてもそれはまだものであり、見たりかいだり、聞いたりすることができた。
 しかし、私が3歳のとき、電子が発見された。そしてそれ以来、私たちは目に見えない現実へと入りはじめた。顕微鏡や望遠鏡が、とても重要なものになっていった。われわれは生まれながらにもっているこの目では見ることのできない、宇宙の一部を見はじめたんだ。
 今日では未来に関わるものごとの99.9%までが、人間の感覚器官では直接感知できない現実の領域で処理されている。
 だからもっとも大きな問題のひとつはね、ダーリン、われわれには見えず、触ることもできない現実を、われわれ自身があつかっていることなんだと思う。
 それから、みんなが専門化している。これがもう一つの大問題だ。きみのような子供たちは、みんな、"すべて"に興味をもち、その相互作用の"全部"を理解したがる。でもね、教育システムや金儲けの人たち、つまり権力システムは賢い人たちを恐れ、そういう人たちをみんな専門家にしてしまった。(中略)
 問題は教育を正すことだ。正しい情報さえつかめば、人間はすごくいい意志決定ができるものだよ。とくに、電子メディアを通してね。

バックミンスター・フラー「フラーがぼくたちに話したこと
2007年09月06日

●名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。

 先達・北山耕平さんの新著「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」が素晴らしい。「日本人」として暮らすボクたちが、「日本」という国にではなく、もう一度母なる「日本列島」とつながるためには、この一冊がとても重要なガイド役を担ってくれるだろう。

 北山さんの「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史」に代表される、母なる日本列島を先住民族の目からさかさまに捉え直す一連の仕事は、とても刺激的で、とても貴重だ。この独自な視点による読み直し作業が、どれほど貴重で尊いものか、すぐにわかる時がくるだろう。

 久しぶりに、一冊の本を、繰り返し何度も読んでしまった。


 声を大きくして言わせてもらうのなら、そして何度も繰り返すようだが、弥生時代はすでに終わってしまっているのではなく、その後、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・戦国・江戸・明治・大正・昭和・平成と千数百年間名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。われわれは弥生時代の延長線上(最後?)を生きている。
 大地と人びとの分割統治と富を金銭的尺度で測る生き方にドライブされる直線思考の弥生時代という、大陸や半島から押し寄せた征服者的(コロニアル)な感性と生き方は、その間なにひとつ変わってはいないのである。

「ネイティブ・ジャパニーズを捜して」北山耕平 『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ
2007年09月04日

●柏崎刈羽原発の運転再開は危険です。

「おやすみなさい、柏崎刈羽原発」

柏崎刈羽原発がこのまま静かに役目を終わらせるためにぜひ署名を。
(→ UNPLUG KASHIWAZAKI-KARIWA )


柏崎刈羽原発の周辺には、大きな地震を引き起こす活断層が存在しています。
しかし、その調査が十分に行われないままに、原発は建設されました。原発の耐震設計の基準値は、現実に起こった地震をはるかに下回っているようです。また、火事を起した配電施設を始め、多くの関連施設は岩盤の上ではなく、柔らかい地面の上に建設されています。

今回の地震で、老朽化が懸念されていた一号機を始めとして、七基すべての原発およびその関連施設が損傷を負いました。原発の敷地そのものが大きな隆起、沈下を起こし、デコボコになっている箇所もあります。目視では確認できないヒビやゆがみを含め、原子炉の主要な機器・配管にも損傷が及んでいる可能性があり、再び地震に襲われれば、より重篤な事故を起しかねません。

周辺の活断層が今後、さらに大きなマグニチュード8に達する地震を引き起こす可能性も示唆されています。施設がどれほど修復されたとしても、地下の活断層を取り除くことは出来ません。
取り除けない不安を無視して、柏崎刈羽原発が再び稼動すれば、それは不安の連鎖を引き起こし、社会に必要な信頼を失わせるのではないでしょうか。

柏崎刈羽原発がこのまま静かに役目を終わらせることを私達は望みます。

→ UNPLUG KASHIWAZAKI-KARIWA

2007年08月31日

●われらすべての田園とわれらのすべての生活を

 電気を止める子どもたち「六ヶ所村ラプソディー」上映会まで、あと三週間と少し。ひとりでも多くの人に、「メディアが伝えないことがある」ことを知ってほしいという思いで、チラシやポスターを配り歩いている。多くの人たちの好意的な反応に励まされるが、「微妙だねぇ」とか「わかるけどなぁ」という、独特の反応もまたある。その反応はいったいどこから来るのだろう?。


 ひとことでいってしまえば「無関心」ということなのだろう。だけど、その「無関心」が一番キケンなのだと、ボクは思う。誰かの言っている「美しい国」をつくるには、その「無関心」がかかせないはずだ。考えてみれば、すでに六ヶ所に核燃再処理工場が建っていることも、「無関心」が原因だろう。どっかの国の戦争、電気はあって当たり前、そうはいっても現実は・・・、そんなしたり顔の無関心が今の混乱を作ってきた。(もちろんボクだって加害者だ。)

 南房総に暮らす多くの人に呼びかけたい。ボクたちが暮らす房総半島の母なる自然に目を向けてほしい。足下の大地を、海を、川を、もう一度見つめてほしい。もう一度その、大地との、海との、川との、健全な関係を回復するために、ボクたちはどうしたらいいのか、考えてみてほしい。


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(c) CHIKA KOMIYA

 ここに一枚の写真がある。テトラスクロール前の岬から、現在の和田浦海水浴場、そして、和田浦のサーフポイントが写されている。撮られたのは1964年、ボクが生まれる前の年だ。

 この写真から40年あまり、今、ビーチは痩せてしまい、景色は一変している。

 けれど、まだ、この海で泳げるし、潜ることもできる。もちろんサーフィンだってできる。

 けれど、六ヶ所核燃再処理工場が稼働したら、来年は「放射能汚染・遊泳禁止」になるだろう。


・・・・おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな四次元の芸術に創りあげようではないか・・・・

宮沢賢治「農民芸術概論」
2007年08月28日

●hirapress+ 写真展「六ヶ所村エナジー」のお知らせ

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hirapress+(ヒラプレスプラス)写真展「六ヶ所村エナジー」
2007.9.13(木)〜9.25(火)11-18時(水曜休)入場無料

テトラスクロール www.tetrascroll.info

●電話をひくのは五台までにとどめよう。

 先週末の「電気を止める子どもたちVol.1 [ホピの予言2004年版]上映会」も無事に終わり、写真展「六ヶ所村エナジー」、「六ヶ所村ラプソディー」上映会の準備が慌ただしい。普段の日常とは明らかに違う時間の中に、今、ボクはいる。

 「電気を止める子どもたち」とはどういうことなのか?、きっちりとした文章にまとめなくてはいけないが、気持ちばかりで筆がすすまない。何気なくひらいた一冊の本に、素敵な一節があった。

バリ島の京都にあたる古い町で、長老たちが集まって、電話なるものにどう対処すべきか会議をひらいたのだという。
  ー  たしかに電話は便利なものだ。だが、どうしても良いものであるとは思えない。
 それは共同体の深さ、世界の奥行を壊すものではないかというのが、長老たちの一致した考えであった。そして討議の結果、
  ー  電話をひくのは五台までにとどめよう。
 決してそれ以上は増やすまいと結論を下したのだという。それもまたひとつの見識である。
 バリ島の人びとは近代化からとり残されているのではなく、文化のウォーレス線の向こう岸に在りつづけようと決意しているのだ。村々をうるおす観光収入も、ほとんどすべてが、年に数万回の祭のために蕩尽されるという。
 そして神話につながる内界をあくまでも生きつづけて、ガムラン音楽や、歌舞、芸能など、文化そのものを比類なく洗練させていく方向性を、きわめて意識的に選び取っているのかもしれない。

宮内勝典「バリ島の日々
2007年08月27日

●電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会第二日目

電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会第二日目も、盛況のうちに終えることができました。
暑い中、熱心にご覧いただき、ありがとうございました。また、遠くからご参加いただきありがとうございました。

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2007年08月26日

●電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会第一日目

電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会第一日目、盛況のうちに終わりました。
暑い中、熱心にご覧いただきました。ありがとうございました。

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2007年08月24日

●「六ヶ所村ラプソディー」チケット取り扱い店舗追加のお知らせ

電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」前売チケット取り扱い店舗追加のお知らせ

[前売りチケット取り扱い店舗(8/24現在) 和田/ テトラスクロール(0470-47-5822) 館山/ 南総文化ホール(0470-22-1811)美容室SEED(0470-22-8732) 田中惣一商店(0470-22-2088) 千倉/ 海猫堂(0470-43-1039) 三芳/ DEW(0470-36-1400) 太海/ アルソアサロンねむの樹アミー(04-7093-0281) 鴨川/ カルトーラ(04-7092-2009) 富津/ 白い風(0439-65-1950) 上総湊/ シャムロックハウス(0439-67-3131) 東金/ ルバーブ(0475-53-2323) 横須賀/ さいせい工房うづ芽


電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」
2007年9月24日(祝)13時30分〜 千葉県南総文化ホール(小ホール)


TETRASCROLL (テトラスクロール)
南房総市和田町和田447 0470-47-5822  www.tetrascroll.info

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2007年08月21日

●自分たちのことだけを考えているということではないんです。

 テトラスクロール下の海水浴場も昨日で閉鎖、静かな海が戻ってくるかと思ったが、他のポイントがフラットなのだろうか、朝からたくさんのサーファーたちで賑やかだ。ノー・プルトニウムの海でサーフィンできるのも、この夏限りかもしれない。そのことを知っているサーファーが、この海にどれくらいいるのだろう。

 今なら間に合う。ストップ六ヶ所。


 世界はひとつの水が循環しているひとつの流域であるというのは、ローカルと、またユニバーサルの両方の意味を含んでいます。今まで我々はそのように考えることがありませんでしたが、これはとてもいい考え方ですね。ですから地元のローカルなレベルで水の問題に取り組むということは、同時に世界的なレベルで水の問題に取り組んでいるということにつながっているんです。なぜなら世界はひとつの流域で、そこではすべての水がつながっており、循環しているからです。地元でそのように水の問題に取り組むということは、別に狭い活動ではありませんし、自分たちのことだけを考えているということではないんです。

ゲーリー・スナイダー「聖なる地球のつどいかな

2007年08月20日

●「六ヶ所村ラプソディー」チケット発売の知らせ

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電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会の前売りチケットを販売開始しました。
[前売りチケット取り扱い店舗(8/20現在) 和田・テトラスクロール(0470-47-5822) 館山・南総文化ホール[近日より](0470-22-1811) 千倉・海猫堂(0470-43-1039) 三芳・DEW(0470-36-1400) 太海・アルソアサロンねむの樹アミー(04-7093-0281)]


電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」
2007年9月24日(祝)13時30分〜 千葉県南総文化ホール(小ホール)


TETRASCROLL (テトラスクロール)
南房総市和田町和田447 0470-47-5822  www.tetrascroll.info

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2007年08月15日

●写真展「六ヶ所村エナジー」のお知らせ

テトラスクロール9月の展示は、「電気を止める子どもたち」連動企画として、hirapress+ 写真展「六ヶ所村エナジー」を開催いたします。詳細は追って。

→ hirapress+


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2007年08月14日

●炎暑が続き本当の秋が待ち遠しい毎日ですが、お元気でいらっしゃいますか。

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海にいても暑い。

残暑見舞いを作成した。

「原発いらなくね」

2007年08月08日

●サーファーか、その子どもに出るのではないかと考えています。

 明け方、友人からの携帯メールで目を覚ました。田中優さんのメッセージを転送してくれたものだが(転載元不明・わかり次第記す)、わかってはいたことだけれど、はっきりと書かれるとやはりぞっとしてしまう。

 放射能が海流の流れのせいで、太平洋沿岸を房総半島の先までなめるように流れることに加えて、プルトニウムは水に溶けにくい物質だということもあります。
 すると気泡の中に集まりやすくなるので、サーファーが水から顔をあげて、ぷはっと息を吸い込むと入り込む可能性が高いです。
 しかもプルトニウムは、食べた場合よりはるかに吸い込んだときの方が危険になります。
 だからぼくは、最初の被害者になるのは、劣化ウラン弾の症状のようなものが、サーファーか、その子どもに出るのではないかと考えています。


 真夏のうねりのない静かな海も、今日はなんだかとても神聖に思えてくる。映画「六ヶ所村ラプソディー」の中で、「放射能がかかってない最後の野菜ですよ〜。」と言って野菜を売っていた生産者と、真夏の海にいる自分がダブって感じられる。

 この夏の海を、「プルトニウムに汚染されていない最後の夏の海」にしてはいけない。
 冗談じゃない。

2007年08月06日

●原子力発電は核爆弾をつくる工程の副次的な利用として始まった。

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 原子力発電は核爆弾をつくる工程の副次的な利用として始まった。その原料と技術は基本的に同じである。ところが日本では「核」という名称は軍事利用(たとえば核兵器とか核開発)で、「原子力」は平和利用(たとえば原子力発電とか原子力開発)、と使い分けられる習慣があり、二つは別物のような印象を受けやすい。こうした使い分けをしているのは、世界でも日本くらいのものだ。

鈴木真奈美「核大国化する日本 平和利用と核武装論


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2007年08月02日

●核という技術は、重層的な差別のうえに成り立っている。

「電気を止める子どもたち」プロジェクトのために、ボクも再び「核」についての勉強をしている。日本が今どうなっているかを知るためにオススメの一冊「核大国化する日本 平和利用と核武装論 (平凡社新書)」から。

 たいていの大規模開発は差別のうえに進められるものだが、核開発はその典型だ。
 米国、英国、フランスが核実験を行ったのは先住民の土地や、太平洋の島々や、植民地支配していたアフリカの砂漠である。これは社会主義国家も同様で、ソ連や中国も国内の少数民族が暮らす土地で核実験を遂行した。
 核燃料サイクルの工程のうち、再処理と並んで被爆や環境汚染のリスクが高いのはウラン採鉱だが、その害を被っている大半は先住民だ。というのも、例えば北米やオーストラリアの場合、入植者たちは肥沃な土地を先住民から奪いとり、彼らを辺境の地に押し込めたが、後年、そこでウラン鉱床が発見されたからである。採鉱に従事してきたのも、多くは先住民だ。
 核を利用している国々は、どこも例外なく、放射性廃棄物の処分場、原子力発電所、再処理工場・・・といった核施設を、都市から遠く離れた場所に設置している。安全であれば、必ずしも遠隔地につくらなくともよいはずだ。
 このように核という技術は、重層的な差別のうえに成り立っている。この本では言及しないが、これこそが核問題の根底をなす点である。

鈴木真奈美「核大国化する日本 平和利用と核武装論


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2007年07月30日

●電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会のお知らせ

テトラスクロールの新しい取り組み「電気を止める子どもたち」の第二弾イベントが決まりました。
ちょっと冒険ですが、千葉県南総文化ホール(小ホール)での「六ヶ所村ラプソディー」の上映会です。

2007年9月24日(祝)14時〜(予定)


TETRASCROLL (テトラスクロール)
南房総市和田町和田447 0470-47-5822  www.tetrascroll.info

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2007年07月28日

●ほかの世界も自分の一部なのだと考えなければならないのです

ダライ・ラマ法王猊下のオーストラリアでの企業家向け講演のレポート「21世紀は一人では行けない」から。


"我々と彼ら"という考えはもう通用しません。

ほかの世界も自分の一部なのだと考えなければならないのです。
わたしたちの認識と新しい現実との間にギャップがあるのは、わたしたちが未だに前世紀の考えを元に生きようとしているからであり、そして間違った認識は間違った方法を生みだしてしまいます。
2007年07月25日

●電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会のお知らせ

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テトラスクロールの新しい取り組み「電気を止める子どもたち」の第一弾イベントが決まりました。現在、第二弾イベント(「六ヶ所村ラプソディー」上映会)も調整中です。ご期待ください。

電気を止める子どもたちVol.1「ホピの予言2004」上映会
2007年8月25日(土)15時〜
8月26日(日)13時〜・17時〜 (全3回)
開場各回30分前 入場料1000円(小学生以下無料 / 要予約)



TETRASCROLL (テトラスクロール)
南房総市和田町和田447 0470-47-5822  www.tetrascroll.info

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2007年07月23日

●大きな不安の声が挙がるだろう

 今朝もいつもと同じように、1時間近くサーフィンをした。
ここ南房総の海は、千葉とは思えないほど美しい。ほんとうにビックリするほど美しい。
だけど同時に、この海の水は遠く青森・六ヶ所へとつながってもいる。

 六ヶ所再処理工場からの放射能を含んだ廃液はどこへ流れていくのか。それを調査するナガスクジラ・プロジェクトの結果が明らかになり始めている。再処理工場の排水口予定地点から流された1万枚の調査票(ハガキ)は各地で拾われて送り返され、11月1日現在で100枚を超えた。遠くは東京湾の入り口である房総半島先端の千葉県千倉町、北は北海道の苫小牧まで到達したことがわかった。
 当初、我々は放射能が下北の海岸だけでなく三陸海岸に流れ、その付近を汚染するのではと予想していた。ところが実際の結果が示したのは三陸海岸どころか、ほとんど東京湾付近まで放射能が流れるということであった。特に宮城県、茨城県、千葉県に多くが到着している。漁船の網にかかって拾われたハガキも少なくなかった。日常的な再処理工場の運転で、これだけ広範な海とそこで取れる海産物が汚染されることが事実でもって示された。これらの広範な地域の人々がこのことを知れば、大きな不安の声が挙がるだろう。

六ヶ所再処理止めよう!ナガスクジラ・プロジェクトの回収はがき結果」


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●白熱電球をやめよう

レスたー・ブラウン氏のEarth Policy Instituteリリースより。

BAN THE BULB:
Worldwide Shift from Incandescents to Compact Fluorescents
Could Close 270 Coal-Fired Power Plants


On February 20, 2007, Australia announced it would phase out the sale of inefficient incandescent light bulbs by 2010, replacing them with highly efficient compact fluorescent bulbs that use one fourth as much electricity. If the rest of the world joins Australia in this simple step to sharply cut carbon emissions, the worldwide drop in electricity use would permit the closing of more than 270 coal-fired (500 megawatt) power plants. For the United States, this bulb switch would facilitate shutting down 80 coal-fired plants.


オーストラリアは2010年までに白熱電球の販売をやめることを発表した。他の国々もこの方法をとれば、世界の電力使用量が減り、270カ所以上の石炭火力発電所を止めることができる。


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2007年07月22日

●原因も解決も一人ひとりの内にある。

今日も原子力に関係する言葉を。尊敬するジム・ノルマンの「地球は人間のものではない」から。

 環境の危機は、原因も解決も一人ひとりの内にある。わたしたち自身が地球との関係を変えることで、問題の図式そのものが変わる。自然とつながった行動をとってこそ、わたしたちは自然とつながることができるのである。
 というところで、いくつか七世代後のためのささやかな宣伝をさせていただこう。まず最初の例として、先進諸国の政治指導者たちはいぜん原子力発電の推進に熱を上げているが、原発というのはたかだか三十年ほど電気を起こすために、二十五万年の長きにわたって放射性廃棄物を残すというしろものだ。いっぽうで、ロッキーマウンテン研究所をはじめとする研究機関によると、わたしたち"相互依存者"が個々の、それも法外な電力消費を節約しさえすれば、いま計画されているような原発増設は必要なくなるという。


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●原子力について忘れてはいけない呪文

北山耕平さんのブログ、「Native Heart 地球での生き方を学びなおす探求の旅」より。

原子力について忘れてはいけない呪文(改訂版)

原子力はクリーンエネルギーじゃない。
原子力は安いエネルギーじゃない。
原子力は地球温暖化への解答じゃない。
原子力は安全なものじゃない。
ウラニウム採掘には危険がいっぱい。
核兵器の投げかけた脅威は終わってない。
核廃棄物の問題はずっと未解決のまま。
核施設の誘致はその土地を豊かにしない。

2007年07月20日

●現在全ての発電所が安全に停止しています。

7月16日10時13分頃の発生した地震により、現在全ての発電所が安全に停止しています。

柏崎羽刈原子力発電所ホームページ

「安全に停止しています。」って、何だよ。


ボクたちは原子力産業についての情報がコントロールされた世界に生きている。先日の中越沖地震でも、本当は何が起きているのか、そもそもなぜそこに原発があるのか、安全っていったい何なのか、まるで知らされることがなかった。情報化社会なんていったって、その実態は情報統制社会にほかならないのだ。

もう、このままではいけない。ボクも緊急のアクションをはじめようと思う。

テトラスクロールで、「電気を止める子どもたち」の活動をはじめる。
まずは8月、映画の上映からスタートしたい。詳細が決まり次第、ここでお知らせする。

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2007年07月13日

●アメリカ全土に背を向けることにもなる

昨日、ソローとフラーに関したエントリーを書いたが、ソローの言葉がなかったのでいくつか。


 あらゆる自然が自分に対する祝福であり、一瞬一瞬、自分を祝福することができる。いちばん大きな利益と価値というものは、いちばん高いところにあるリアリティなのだ。たぶん、もっとも驚くべき、もっともリアルな事実というものは、人から人へはけっして伝えられないものなのだろう。

ソロー「森の生活―ウォールデン

 秋か冬の真っ最中に、この地を訪れてみるとよい。灯台や漁師の小屋こそまことのホテルであることがわかるだろう。そこに立てばアメリカ全土に背を向けることにもなるのである。

ソロー「コッド岬―海辺の生活
2007年07月12日

●心は関係性を発見する。(ソローとフラー)

 今日7月12日は、ヘンリー・デヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau)(1817)と、リチャード・バックミンスター・フラー(R Buckminster Fuller)(1895)が生まれた日だということを、どれくらいの人が知っているのだろう?。

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 最近よく思うことがある。インターネットという「つながり」と、実際の場所を通した「つながり」。この二つのを「つながり」をうまく使っていくスタイルが、21世紀的な部族の在り方のように思うことがよくある。各地に「再定住」した仲間たちが、ある「きっかけ」を機に集まって、また散っていく。そんなスタイルの可能性をボクは今、強く信じている。

 ソローとフラーという20世紀を代表する知の巨人が同じに日に生まれていたということも、ボクにはなんだかとても意味のあることに思えてしまうのだ。

 「森の生活」や「市民の反抗」などのソローの仕事がボクたちの意識へ果たした大きな力、それはとても「影響」と呼べるような小さなものではない。ソローがいなければ、ガンジーもキング牧師もいなかっただろうし、アウトドアライフやレイブパーティだってなかったかもしれない。

 フラーだってそうだ。日本ではどちらかというとスクエアに思われがちなフラーだけど、彼のぶっ飛んだ感覚がボクらに与えてくれたものが、どれだけ大きなものだったのかなんて、カンタンには言い表せない。「フラーがぼくたちに話したこと」から少し長くなるけれど、大好きな一節を紹介したい。

 私に関するかぎり、私が自分の心(マインド)を発明したわけではない。自分を発明したわけじゃないんだ、また私は、神に対してほんとうに圧倒されている。私は"大いなる知性"の働きに対して絶対の信頼を置いている。私はただ、そんな知性の媒体でありたいと思った。20年後、人々が私なんかじゃなくて神を発見することになったとしても、私はまったく気にしない。いや実際、そうなっていればなんてすばらしいことだろう。
 いいかい、ダーリン。私たちはこの宇宙に、心があるからいるんだよ。腕力があるからじゃない。セントヘレナの噴火を見てごらん。これまで存在してきた全人類の腕力を合わせたより、ずっとすごい力が、たった一秒で表現されている。でもね、人間はカメラを発明し、その全貌をとらえることだってできるんだ。
 心は関係性を発見する。だからこそ、私たちはこの宇宙にいるんだ。関係性を発見するためになんだ。あるいは問題を解決するために・・・・・。私たちがちょっとやり方を変えさえすれば、答えはすでにここにある。
 私はほんの少しだけ関係を発見したが、これが人類の役に立つことを願っている。


ボクらは彼らから何を受け取ったのか。
そして、そのことをボクらはどう活かしていけばいいのか。

新しい生き方を探していくために、
どうか、今日は、二人の巨人に思いを巡らせてほしい。


The Buckminster Fuller Institute!

The Thoreau Society

2007年07月09日

●自然界のなかのいのちあるものすべてが

昨日、一昨日の【北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い「風をひらく」地球で生きるための耳を取り戻す試み 】が、無事終了した。心配された天気も、嘘のように晴れて、ワークショップに最適な心地よい風が吹いてくれた。

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二日目朝の「風をひらく」


 一日目の「風をひらく」を終えた夕食後、焚き火を囲んでのトーク・セッションは、(途中から場所を室内に変えて)深夜におよび、オノ・ヨーコ、ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダー、シャーマン・アレクシーなどのも話題は及び、実に興味深いトークが展開された。


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初日夜トーク・セッション
「聞く 見る 覚える わけあう —ネイティブ・ピープルにとって知とはなにか?」



 二日目は、本当に気持ちよく晴れて、風の爽やかな一日となり、これがスピリットのボクたちに対する答えなのだとはっきり確信した。


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二日目朝くすの木の下で「風をひらく」北山氏


 山間部のくすの木から、海沿いのテトラスクロールに場所を移し、午後のトーク・ライブ「われわれは何者なのか 〜 ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」。「日本列島の上に敷かれた日本という名の絨毯」を剥がし大地とのつながりを回復することを説く北山さんのトークが、「風をひらいた」人々の耳には、とても説得力ある言葉に聞こえたことだろう。


ネイティブ・アメリカンのなかの伝統派とされる人々は、自然界のなかのいのちあるものすべてが、偉大なる精霊の一部であったり、それとつながりがあるだけでなく、スピリットを持っていると信じています。彼らが、太陽や月、星たち、雨、風、水、地を歩くもの、地を這うもの、空を飛ぶもの、水の中を泳ぐもの、根を生やすもの——それが目に見えようが見えまいが、ありとあらゆるすべてのもの——に向かって祈ったり感謝を捧げたりするのも、そのためです。

北山 耕平「なぜ風をひらくのか」

2007年07月07日

●[母なる地球に祈りを]

朝、海から帰って「Native Heart」を。

 今朝のエントリーは「母なる地球に祈りを」、今日7月7日の朝、ホピとホピのエルダーたちのために祈りをあげることを求める、ホピのグランドフアーザー・マーチンのメッセージを紹介している。

ホピのグランドフアーザー・マーチンが、7月7日の朝にホピとホピのエルダーたちのためにちょっとした祈りをあげることを求めている。この祈りは、母なる地球への感謝という形をとってもよいと言うことだ。

このメッセージを受けとめて感じることがあるならば、自分の心の命ずるままに動いてほしいと思う。

 さあ、今日はいよいよ「風をひらく」だ、南房総にどんな風が吹くのか、今から楽しみだ。

2007年07月02日

●自分がひとりの、ときには弱さをもあわせもつ存在であること

 いよいよ7月、テトラスクロール下の海水浴場でも、海の家の建設が始まっている。朝夕の海霧も夏のムードを加速させている。

 バタバタと現実に追われ凝った頭には、北山耕平さんの新著「インディアンは笑う」がいい。なんだか少し忘れてしまっていた「感じ」がここにはあって、その「感じ」が妙に心地よい。


 地球に生きるひとりの人間という「心と頭の状態」をなによりも大切にする価値観において、「自分がひとりの人間である」ということは、つまるところ「自分がひとりの、ときには弱さをもあわせもつ存在であること」を知っていることでもある。つまり、われわれは誰もが「神のような存在」などではなく、必ずどこかに弱いところがあり、その弱さがときとしてわたしたちを馬鹿げた行動に走らせるのである。

 → 北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い「風をひらく」 いよいよ今週末!!

2007年06月03日

●なぜ風をひらくのか?

北山耕平さんのブログ「Native Heart」の7月7日〜8日の「風をひらく」についてのエントリーから引用。


ワークショップ「風をひらく」を、7月に南房総においてテトラスクロールの企画でおこないます。おことわりしておきますが「風をひらく」はネイティブ・アメリカンの儀式ではありません。われわれが地球に生きる人となるために最も大切な「聞く能力」のトレーニングです。われわれが便利な暮らしのなかで失ってしまったネイティブの人たちの日常の耳の状態を、自然のささやく声に耳を傾けながら自分で確認しながら再生させていくための技術で、誰にでも学ぶことができます。



なぜ風をひらくのか?

風をひらくというのは、われわれが失ってしまった耳の感覚を本来あるべきところまで回復させる試みです。地球に生きる人たちの伝統的信念体系によれば、宇宙に存在するすべてのものが「力」の源であり、それがゆえに敬われなくてはならないとされています。ネイティブ・アメリカンのなかの伝統派とされる人々は、自然界のなかのいのちあるものすべてが、偉大なる精霊の一部であったり、それとつながりがあるだけでなく、スピリットを持っていると信じています。彼らが、太陽や月、星たち、雨、風、水、地を歩くもの、地を這うもの、空を飛ぶもの、水の中を泳ぐもの、根を生やすもの——それが目に見えようが見えまいが、ありとあらゆるすべてのもの——に向かって祈ったり感謝を捧げたりするのも、そのためです。ありとあらゆるものとのこうした関係を失ったらわれわれは生きてはいけないことを、彼らは知っていますし、われわれがいなくなったら、ほかのすべてのものも生きてはいけないことを知っています。この宇宙に存在するあらゆるものとわれわれとは、互いに影響し合う関係にあるのです。風をひらくことを学んで身につけることは、宇宙に存在するありとあらゆるものとわたしたちとのつながりを知るための最初のステップであると信じます。(北山耕平)



「現代の世界では、ほとんどの人が聞き方を忘れてしまっている」

        ノーマン・ラッセル チェロキーの詩人の言葉
2007年06月02日

●ワークショップ「風をひらく」のお知らせ

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北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い
「風をひらく」
地球で生きるための耳を取り戻す試み
2007.7.7(土)〜7.8(日)
南房総市和田町 自然の宿くすの木 + テトラスクロール

詳細はこちら(お問い合わせはこちらまで)

2007年05月15日

●この土地では、一年中が春の季節。

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 ちょうど半年前、このスペース、テトラスクロールを「オープン」させた。
準備に二ヶ月、友人の手助けと、つたない大工仕事で、戦中の古民家は、新しい意味を持った場所に変身した。最低限の準備ができたとき、さあ、いつ「オープン」させようか、そう思った。これは物理的な問題ではなく、心の問題だった。


In this land, it is always spring.

この土地では、一年中が春の季節。


一冊の本の、11月15日の頁に書かれていた言葉を見て、ボクは気持ちを決めた。
テトラスクロールは11月15日を開店の日にしようと。


あれからちょうど6ヵ月がたった。
同じ本の、今日の頁にはこうある。


The sun bathes me in its perfect warmth.

太陽は完ぺきな暖かさでわたしを包む。

 今日から、テトラスクロールは第二期に入る、詳細は追って。

2007年03月21日

●旧石器・縄文なぜ消えた

北山耕平さんの「Native Heart」の「小学校では縄文時代を教えていない」でも紹介されていた、小学校の社会科教科書では、日本の歴史は弥生時代の米作りから始まっているというばかげた事実。

昨日は朝日新聞にも九州大学名誉教授・西谷正教授の「旧石器・縄文なぜ消えた」が掲載されていた。

現在、小学校で使われている教科書を見ると、6年生になって初めて学ぶ日本の歴史は突如、米づくりが始まった弥生時代から説き起こされている。(中略)そこで、小学校6年生の日本歴史の学習は、農業を基盤とする、その後の「歴史の進展に大きな影響を与えた」弥生時代から始められることになった。その結果、弥生時代に先立つ旧石器・縄文時代のことが取り扱われなくなったわけである。

悪い夢でありますように。

2007年03月20日

●あの朝から12年

地下鉄サリン事件から12年、あの朝ボクは、東京へ向かうため首都高速を走っていた。
南房総へ移住してすでに1年半が過ぎていたが、今とは違って否応なく頻繁にある「打ち合わせ」のために100㎞以上離れた東京へ出て行くこともそう珍しいことではなかった。

あの朝も、やはりそうだった。隅田川を越え、都心へと入るあたりで車はまったく進まなくなり、頭上には無数のヘリコプターがぐるぐると飛び続けていた。何かあったのかな?と思い、ラジオをつけ、何か地下鉄で爆発があった模様だというニュースを聞いた。やがて、事件は少しずつ明らかになっていった。いわゆる地下鉄サリン事件だ。

移住前、ボクは東京の都心部に暮らしていた。もし、移住せずにいて、その朝の打ち合わせに向かうとしたら、ボクは小伝馬町駅から日比谷線に乗っていたはずだ。事件を刻々と告げるラジオを聴きながら、身震いをしたのを今も鮮明に覚えている。

事件との接点はそれだけではない。当時ボクを含めた多くの人が、オウム真理教に対して「肯定的」なイメージもっていたことは否定できない。少なくとも、徐々に見え始めた奇妙さに気づくまでは。

ボクたちはこの12年間、何をしてきたのだろう。

昨年末、北山さんに指摘されてそのことに初めて気がついた。
事件以降に物心ついた若者たちがいるのだという事実。

そのことを意識するようになって、気がついたことがある。
大まかにネイティブやオーガニック、身体や精神などに興味を持っているのに、その方向に何が広がっているのかという地図をまるで持ち合わせていない若者がたくさんいるということ。
ボクたちの世代には、宝島や遊など、世界を俯瞰して自分が行く方向を確認させてくれるメディアや大人たちの存在があった。自分さえ望めば、なんだって知ることができた。

しかし、事件は、「そういう世界はありません」と、オルタナティブな思想や哲学をすっぽりと覆い隠してしまったのだ。その隠されてしまった世界を、若い世代に再び地図として示すのはボクたちの役割なんじゃないだろうか。12年間、ボクやボクの周りの人々は暮らしの足元を固めるという「理由」に隠れて、その責任を怠ってきたように思う。ボクにしたってひとりサーフィンに明け暮れて、発する言葉はまるで独り言のようだった。

12年前の朝を思い出しながら、ボクはボクの見てきたことや聞いてきたことを、体験として伝えることの大切さを痛感している。

そう、フラーやリリィはけっして伝説なんかじゃないんだよ。

2007年03月12日

●「名足に生きて」

富士ゼロックスの企業広報誌「グラフィケーション」の最新号にあった写真家・養豚家、杉田徹さんの写真「名足に生きて」がとてもいい。(特集「ケアリング社会に向けて」もなかなかいい。)

なかでも最終ページにあった、岬で海へ手を合わせる女性を移した一枚が特に素敵だ。

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この惑星上のいたるところで営まれてきた暮らしや祈りは、この先どうなってしまうのだろう?、そんな事を思わずにはいられない。

2007年02月18日

●魔法のことば

3月24日(土)、テトラスクロールの三回目のイベント「魔法のことば」を開催します。

ずっと、ずっと大昔、

人と動物がともにこの世にすんでいたとき

なりたいとおもえば人が動物になれたし

動物が人にもなれた


詳細は追って。

2007年02月15日

●眠りにつきながらふと考えた

ヴィム・ヴェンダースが小津先生の足跡を辿り、日本各地を撮った名作「東京画」から。

眠りにつきながらふと考えた

いまや どこでも ー

世界の中心をなすのはテレビという代物だ

テレビが世界にあふれるほど

「世界」も「中心」も「世界のイメージ」も
ますます ばかげたものになっていく

2007年02月12日

●未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない

昨日の写真のインパクトが強くて、ボク自身少し戸惑っているが、ジョブスのスピーチを思い出したので、ここに紹介する。本来の趣旨は個人の進路についてなのだが、拡大して読んでも充分にいける。

未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

スティーブ・ジョブスのスピーチより

スピーチの音声ファイルはこちら

2007年02月11日

●WADAURA1964

テトラスクロールのギャラリー・スペース用に、和田浦の古い写真を探していた。
今日、ある方のご厚意で、ついに三枚の写真をお借りすることができた。
それも、テトラスクロール前のお竜宮さまのある岬から、左、前、右、を撮影した、希望通りのものをお借りすることができた。撮影時期は1964年(昭和39年)、ちょうどボクが生まれた前の年になる。

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(c) CHIKA KOMIYA

写真を一目見てわかるのは、砂浜の広さの違いだろう。現在の砂浜とくらべると(近いうちに同じアングルからの写真を撮りたいと思う)、ずいぶんと広いのが見てとれる。(波もいいのがわかる。)
海辺に見える人影や、小屋の姿を見ていると、そこにトーテムポールがあっても違和感のない、環太平洋的な普遍性が見てとれる。この写真の中の景色から現在の景色に変わるまでわずか40年・・・、にわかには信じがたい・・・。

2007年02月02日

●「ヤマト人」に待ったをかける人物がいた

今朝の朝日新聞千葉版の「伝説民話紀行 ヤマトタケル編」で阿久留王が取り上げられていた。昨年末、北山さんのトーク・ライブを企画した頃から、妙に気になっていたのがこの阿久留王だ。近いうちに訪ねてみようと思っていたので、なんともタイムリー。

akuruo.jpg
 北九州や出雲に上陸した「弥生人」は、やがて「ヤマト人」と名を変え東ヘ東へと進攻していった。そこには、開拓すれば米の採れる湿地帯が無限に広がっていたのである。その湿地帯には葦が豊かな緑を作っていた。豊葦原の国である。しかし、それは数万年前から住んでいた「縄文人」の地でもあった。当然摩擦が起きる。しかし、後から移住して来た「弥生人」のほうが圧倒的に力があった。「ヤマト人」は、「縄文人」を「蝦夷」と呼び蔑視、東へ東へと追いやったのである。  しかし、その攻防線上が房総半島に至ったとき、その「ヤマト人」に待ったをかける人物がいた。それが「阿久留王」であった。当然「阿久留王」は「ヤマト人」から見ればとんでもない「悪い人物」である。だから列記した名を付け、「賊」「兎」「蛇」として滅ぼしていったのである。  この「ヤマトタケル」と「阿久留王」との戦いの跡地に、聖徳太子は推古天皇六年、神野寺を建立、本尊に「軍(ぐん)荼(だ)利(り)明(みょう)王(おう)」と「薬師如来」を祭ったと言われる。 本尊の「軍荼利明王」は、三面六臂の忿怒の像であり、その六臂は六手に通じ「阿久留王」そのものを本尊としたとの伝説がある。  その説を採れば「軍荼利明王」をもって神格化しなければならないほど恐れられた人物が「阿久留王」であった。聖徳太子の時代は、ヤマトタケルの時代から三百年以上も後である。三百年以上経過しても恐れられた人物とは、裏返して見ればそれだけ民衆からの信望が厚かったとも考えられる。後世まで、人々の信望の厚かった人物の崇りを権力者は恐れる。だから神格化し祭ったのであろう。

露崎 清美「阿久留王」より