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2011年05月03日

●ネオネイティブミーティングの総の国声明

4月の満月の日に、金束の森でのネオネイティブミーティングに、各地から、多くの人が集まった。
最初の呼びかけは、3月11日よりも前だった。
この列島に暮らし、毎日、環境や生命を思いながら、生活や表現、活動に精を出す人たちが、一日だけ現場を離れて集まる、その中で知恵や問題を話し合い、より良く生きるための意見交換を行う、そんなイメージでの呼びかけだった。

しかし、あの日があった。
傷つき、息も絶え絶えで、ボクらは何とかその場にたどり着いた。
もちろんそれは見た目のことではなく、内なる姿のことだけど。
あずみさんの詩にあるように、「こわさを抱きしめ かなしみにむきあい」ボクらは話し始めた。

再びこの列島の大地と繋がり直すこと。
そして、何百年、何千年、何万年、気が遠くなるような時間を、核物質と共有していかざるをえないこと。
そボクらは「明日の神話」が、もう明日ではなく今日なのだということをみんなで確認した。

ネオネイティブミーティングは、これからも続いていくだろう。組織だったものではないし、この先どう展開していくのか、正直誰にもわからない。はじまりは安房だった。話し合いの中で、次は高尾で集まろう、ということは決まった。そこから先は白紙のままだ。この列島の上での、いや、この惑星(ほし)の上での、ボクたちの明日と同じように。

金束から各地に戻ったあとも、ボクたちは集まりをひとつの形にするために、電子ネットワーク上で話し合いを続けた。この話し合いは今も続いているし、これからも続いていくことだろう。

今日、新月の日、ここに、あの日満月に虹がかかった夜の「かたち」として、集まったすべての人々のメッセージ、「ネオネイティブミーティングの総の国声明」を届けたい。この惑星(ほし)の上に生きる、姉妹・兄弟たちに。



ネオネイティブミーティングの総の国声明
NeoNative Gathering FUSANOKUNI Statement v3.1


 「ただしいとき ただしいばしょ 
  とおく森をめざし 山をのぼり あつまる 
  お日さまにみまもられた午後 
  お月さまにめでてもらった夜 

  地球がゆれ 苦しみの声をききつけたヒトビトは 
  こわさを抱きしめ かなしみにむきあい
  この星で美しく生きることをあきらめず 

  あるハルの日におきたできごとを
  わすれないための ものがたりを
  はなしつたえる けっしんをしました

  満月のよる
  虹をみたひとたちがつくった
  わすれないものがたりの
  はじまりです」

          −−あずみ ラビラビ




3月11日、大きな地震が日本列島の本州と呼ばれる島の東北沿岸で発生し、自然が激しく身震いして、たくさんのいのちが失われました。電気仕掛けで動く私たちの文明を支えてきたいくつもの原子力発電所も、取り返しのつかない被害を受けました。壊滅的な被害を受けた福島第一原子力発電所の4つの原子炉で起きている放射能漏洩事故に、世界の目は釘付けになっています。

私たちはこれまで、大地と水と空気を必要以上に傷つけることのないように心がけて、自然から学びながら暮らそうとしてきました。すべてのいのちを脅かす存在として人間が作りだした「核」とのつきあい方を改め、中毒ともいえるエネルギー依存を脱して、あらゆるいのちとともに大地や水との健全な繋がりを取り戻すことの必要性を、生活はもちろん、表現や生産を通しても伝えてきたつもりでいました。

にもかかわらず、今回の事態は起きました。大地と水と空気を、そしてそれをわけあってそこで生きるすべてのいのちに、生きのびるための大きな試練を与えてしまいました。しかし同時にそれはたくさんの無垢なる精神を揺り動かして目を覚まさせつつあります。今回の危機により、平和が大切としながら荒ぶる核エネルギーに依存してきたこの国のエネルギー政策や、核政策の見直しを求める声は、今後さらに大きくなるでしょう。

今ある原子力発電所や核関連施設をただちに停止しても、すべてはそれで良い、というわけにはいきません。世界各地の先住民たちがそれに見合う知恵を持つまではけして掘り出してはいけないと永い間伝えてきた鉱物、その核にともされた「火」は、すぐに鎮まってはくれないからです。私たちは、この先も、人間が作りだしてしまったために放っておけばいつまでも荒れ狂う強大な力を有する核廃棄物とともに、生きていかざるをえません。

核物質のタイムスケールは、私たち人間のそれとは比べようもなく長いものです。その危険性を、文字に書いたとしても、石に彫ったとしても、きっといつかは忘れられてしまうことでしょう。何百年、何千年、何万年、気が遠くなるような時間を、核物質と共有していかなくてはいけない、人類史上はじめての、そんな時代に、私たちは今、いるのです。

震災からほぼ一ヶ月後の満月の日、余震がいまだおさまらず、原子力発電所の事故の終息も見えないとき、私たちは、東西南北から関東地方は房総半島(総国安房)鴨川の山中に集い、この母なる列島での私たちの今後の暮らし方、生き方について、自然との関係のあり方について、真摯に意見を交わしました。農業者、音楽家、作家、写真家、映画監督、絵本作家、画家、料理家、学生など、立場と仕事を超えて、その日まで普通に日常を生きてきた人々が、あらためてこの日、地球に生きるひとりの人間として、もう一度決意を新たに、震災と事故のもたらしたものから学び、母なる列島の島々をこれ以上傷つけることなく、自然との調和をはかり、生きていくことを再確認しました。

そして、この列島に暮らす姉妹たちや兄弟たちにも、私たちとともに、地球が生きている存在であり、長きにわたる人間の活動の結果、世界各地の先住民が「母なる地球」「祖母としての地球」と呼ぶ偉大な存在が、息も絶え絶えになっていることを確認し、もういちどいのちと地球とのつながりを回復し、調和と美のなか、すべてのいのちとともに生きのびることを、心の底より祈り求めました。わたしたちは、人間として生きることを怖れず、非人間的な核エネルギーに依存することを止め、もう一度地球を抱きしめることを、ここに最初のネオネイティブミーティング総の国声明とします。


2011年4月17日 満月に虹の環がかかった日
ネオネイティブミーティング2011 参加者一同


*総の国  『古語拾遺』によれば、天富命が天日鷲命の孫達を従えて、初め阿波国麻植(後の麻植郡)において、穀物や麻を栽培していたが、後に天富命がより豊かな土地を求めて衆を分けて一方を黒潮にのって東に向かわせた。東の陸地に上陸した彼らは新しい土地に穀物や麻を植えたが、特に麻の育ちが良かったために、麻の別称である「総」から、「総国」(一説には「総道」)と命名したと言われている。 −−ウィキペディア「総国(ふさのくに)」の項


→ pdfファイル「ネオネイティブミーティングの総の国声明」