« お金は変えられます。人間が作ったのですから。 | メイン | エネルギーの問題の本質がどこにあるのか。 »

2010年10月10日

●「そういうもの」として機能するのかもしれない。

 世界のあり方に疑問を感じたり、異議を唱える。違った視点を提示する。
 そういう機能を放棄してしまったなら、現代アートなどなくてもいい。

今回の安房ビエンナーレのテーマ文を依頼され、その中にボクはそう書いた。
原則として、「在住者」による出展で構成されている安房ビエンナーレは全国のビエンナーレの中でも特異のものと言えるだろう。
だから、すべての出展者が必ずしもテーマ文と思いを一にしているわけではないことと思う。

けれど、それでいいのだ。
毎日のトークセッションを重ねていきながら、思うようになってきた。

今ならこう書くかもしれない。

 世界のあり方に疑問を感じたり、異議を唱える。違った視点を提示する。
 そういう機能こそ、現代アートの存在意義といえるだろう。
 けれど、もしかしたら、なんの機能も持たずにいたとしても、
 それはそれで「そういうもの」として機能するのかもしれない。

明日の「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」トークセッションはいよいよ最後のプログラム。「表現はいくらでも可能だ。マオナガアキのアート入門」で始まって以来の、直接にアートをテーマにしたトークセッションになる。地域におけるアート活動を安房の北と南でそれぞれ積極的に展開しているお二人にお話しいただこうと思う。宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)も吉良康矢さん(安房葦船祭)も、早い時期にテトラスクロールでのイベントを行ってくれたアーティストだ。タイプの違う二人とのトークセッション、これは面白くならないわけがない。

房総アヴァンガーデニングプロジェクト・トークセッション
10/ 11(祝)15時から 「地域をアートで元気に。」(宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)吉良康矢さん(安房葦船祭)
鴨川市民ギャラリー・会議室 参加無料

magic1.jpg magic2.jpg kts.jpg

左から「魔法のことば」フライヤー表・裏 「家紋トリップショー」DM (デザインは真魚長明)

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.animismonline.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/585

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)