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2010年09月30日

●房総アヴァンガーデニングプロジェクト、明日より。

いよいよ明日から安房ビエンナーレがはじまる。
ボクのテーマは「房総アヴァンガーデニングプロジェクト」
「景色」との関係性をテーマに、午後は毎日在廊しているので、カフェ間隔で遊びに来てくれるとうれしい。

 房総アヴァンガーデニングプロジェクトは、 真魚長明の安房ビエンナーレ2010における「景色との関係を考える」プロジェクトです。通常のアート展示に加えて、会期中、会場となる鴨川市民ギャラリー・会議室において、様々なゲストを招きしてトークセッションを行います。

 環境、教育、メディア、アート、森林、日用品、農業、食べもの・・・、多岐にわたるテーマを房総の景色をガイドに考えていきたいと思います。ふるってご参加ください。

10/ 1(金)表現はいくらでも可能だ。マオナガアキのアート入門
10/ 2(土)房総の里山を脅かす、産廃・残土。金井珠美さん(残土産廃ネットワークちば事務局長)
10/ 5(火)生活にデザインを。ニッポンのよいものを選ぼう。菅野博さん(なないろ)
10/ 6(水)房総半島の森は今、身近な宝を上手に利用しよう。小淵愛さん 
10/ 7(木)自然のなかで幼児教育=森のようちえん。沼倉幸子さん(森のようちえんはっぴー)
10/ 8(金)共生を農に見いだすアート=自然農の世界。 米山美穂さん
10/ 9(土)はじめよう、地域メディア。岩松裕子さん、菅野博さん(0470編集部)
10/10(日)お金も暮らしも、ボクらでデザインしよう、地域通貨と地域自給組合。
      林良樹さん(安房マネー)今西徳之さん(あわのわ自給組合)
10/11(祝)地域をアートで元気に。宮下昌也さん(アートガーデン・コヅカ)吉良康矢さん(安房葦船祭)

場所: 鴨川市民ギャラリー
時間: トークは15時から(展示は通常通り)
料金: 参加無料

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2010年09月18日

●自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒

会期が残りわずかで、今日を逃すと行けそうにないことに気づき、上野の科博へ、「大哺乳類展」の第二弾「海のなかまたち」を見に行ってきた。

上野公園は子どもの頃から毎日のように過ごした場所だけど、この十年あまりはずいぶん遠いところになっていた。
思い立ってすぐいけるようになったのも、ハイウェイとアクアラインのおかげ、山砂採取に反対する自分とその恩恵を享受する自分、自分の中にも文明の対立がはっきりとある。

海の哺乳類といっても、クジラの仲間、セイウチの仲間、マナティの仲間しかいないためか、「陸の仲間たち」と比べてもずいぶんとマニアックな展示となっていて、学ぶことも非常に多かった。

ヨウスコウカワイルカが絶滅し、さらに海に暮らす哺乳類の仲間が減った。
ボクたちのライフスタイルが絶滅の直接要因となったことは疑いようがない。
地球誕生から現在まで、今のボクたちのような生き方を選んだ種はボクたち人間しかいない。
ボクたち人間だって、最初からこんなライフスタイルで暮らしていたわけではない。
先住民と言われる人たちは、ボクたちのそれとは違う「ひとつ前の生き方」を営々と続けてきた。
違うのは、ボクたちだけなんだ。


 自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒、あるいはささいな違いに起因する人間の集団間の全面戦争によって私たちが自らを滅ぼすのであれば、それはそれなりに理解できる。というのも、それが人間の生き方が持つ大きな欠陥の一つであるということが理解できるからである。その可能性については心の準備もできている。だが、私が我慢できないのは人間が他の生き物たちも道連れにするかもしれないことだ。このことは私がこれまでに感じたことのないような強い怒りで私の心をいっぱいにする。それは私の心の中にある火山が噴火して溶岩が流れ出るかのように私を圧倒する。過ちはどうしても起きるものだが、そのような過ちは悲しみを超えている ー 常軌を逸した全く許すことのできないものだ。それほど非常識なことができる種の一員にはなりたくないものだ。どういう名のもとでそれが行われるかというのはどうでもいいことだ。どれほど真剣に自らの使命を考えているかも関係ない。とにもかくにも愚かすぎて許すことのできないことだ。

ロジャー・ペイン「クジラたちの唄」 

2010年09月09日

●僕は君が文明を哂ふ

人類よ 心昂ぶりて僕は君が文明を哂ふ
人殺しの科学と金融機関と 
さうして美の詐術とのほかに
君は五千年間に何をしたのか。

(昭和38年上野国立博物館「エジプト美術五千年展」を見た佐藤春夫の即興詩より)

2010年09月02日

●事実、金がないとジュース一本買えない。

お金がない。
現金収入がないのだから当たり前のことなのだが、やはりいくらかは不安になる。
2007年1月のエントリーに、水木先生のこんな言葉があった。

 いわゆる文明人というのは、貨幣経済に支配されているから、金がないとひどく恐怖する。事実、金がないとジュース一本買えない。
 ところが南の住人(自然民族というべきか)たちは、畑では最低生活は保障されているから、死ぬことはない。こういうことが、南方の人たちの奇妙なノンキさと関係していると思う。
 本来、人間はガツガツ働かなくてもいいのだ。文明人というのは、自分で勝手に貨幣を作り、便利がっているうちに、過分な価値をおくようになり、いわゆる”幸福”を逃してしまったのだ。「世界妖怪大全―世界はゲゲゲ」より

そう思いたい。いやそうなんだ。うん、きっと。