●AWA HEART AWA ART
明日より、三軒茶屋のふろむあ~すかふぇOHANAにて始まるアート展、「房総の山砂採取とアートの展示・AWA HEART AWA ART」に参加させていただきます。

5日にはトークイベントもあり、房総半島の森や海、水や木の話をさせていただきます。これから先の時代をボクたちはどう生きていくのか、一緒に考える機会になればと思っています。
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明日より、三軒茶屋のふろむあ~すかふぇOHANAにて始まるアート展、「房総の山砂採取とアートの展示・AWA HEART AWA ART」に参加させていただきます。

5日にはトークイベントもあり、房総半島の森や海、水や木の話をさせていただきます。これから先の時代をボクたちはどう生きていくのか、一緒に考える機会になればと思っています。
ロナルド ライト「暴走する文明―『進歩の罠』に落ちた人類のゆくえ」より。
旧石器時代は、三百万年近く前に道具を作る猿人が出現してから、一万二千年ほど前に最後の氷河期が終わるまで続いた。それは人類史の九九・五パーセント以上を占める。
今日もまた、内房線・上総湊駅と佐貫町駅の一駅の間が止まった。
ほんとに頻繁に、この二つの駅の間で、強風を理由に、電車が止まる。
強風で内房線運転見合わせ 雷雨の後冬型気圧配置に
冬型の気圧配置が強まった影響で、房州地方は5日、強い西よりの風が吹き荒れた。強風によりJR内房線にも影響があり、館山市内では停電も発生した。
銚子地方気象台によると、未明に雷雨をもたらした寒冷前線が東へと抜け、西高東低の冬型の気圧配置となったことで、朝から風が強まった。館山では午前10時半前に最大瞬間風速21・9㍍の西風を観測した。
JR千葉支社によると、強風の影響でJR内房線は、佐貫町―上総湊間で一時運転が見合わされ、上下19本が運休し、約5200人の足が乱れた。
鬼泪山の国有林を守る市民の会が、JRに問い合わせたところ、2005年12月の羽越線の強風による脱線事故以降、風速による制限が厳しくなり、同区間に風速計を設置したことが原因と説明されたそうだ。
ということは、風速計が早くから設置されていたなら、もっと頻繁に、この区間で運転取りやめが多くなっていたということではないだろうか。
どうしてこの区間で電車が止まるのか?
答えはひとつ。
200メートルもの浅間山を山砂採取のために失くしてしまい、さらに連なる鬼泪山も削りはじめているからだ。
一目瞭然、こんなことを許していいのだろうか?
極力車に乗らない生活を心掛けているのに・・・。

今日読んだ「房総の伝説を『鉄』で読む 」から。
このような大枠で房総の地域性を捉えてみると、豊富な砂鉄資源を求めて、多くの宗教者が寺社を建立し、開拓をすすめていった、という姿を改めてみることができるように思われます。房総の地はいわば、東国の開拓の拠点としての位置を占めていた、ということでしょう。
思うところがあって、安房地人協会近くにある、詩人・百田宗治の墓を訪ねてきた。
百田宗治の名は知らなくても、童謡「どこかで春が」を知らない人はいないだろう。
SFをのぞく小説にリアリティを感じられなくなってもうずいぶんと時間が経つ。
「文明」に対して批評性を持ち得るSFはともかく、詩や歌をのぞいて、「文芸」にはもう役割がないのではないかとさえ思える。
「詩」とは何だろう、「詩人」とは何だろう。
そんなこと思いながら、きっと百田宗治も見ていただろう、異様に大きく見える富士山を見ながら歩いた。
朝の時間 百田宗治
私には朝の時間がたのしい、
一杯に日ざしの照りわたつた障子の中で
しづかに、明るい自分の心を視ることは幸福だ。
深い熟睡のあとで、こゝろよい茶のあとで、
一日の仕事のことを考へるのはたのしい。
その日の仕事には破綻や失敗があつても
この明るい希望にみちた心はうしなはれない、
あたゝかい、明朗な朝の日ざしとともに
私の魂は洗はれ、きよめられて生誕する。私はハタキをかけるぱたぱたと云ふ物音を耳にする、
小犬たちの鈴の音を聞く、
臺所戸口の開け閉めの音や、バケツのがたんごとんと云ふ響きを聞く、
ほどちかい小學校での生徒達の足音をきく、わいわい騒ぎたてる物音を聞く、
しかし私の頭は掻きみだされない、
あたたかい日ざしのなかに
それらの物音が喜々とし、よろこび勇んで空の方にたちのぼつてゆくのを聞く、
萬能の神が彼等を召してゐるのを聞く、
朝の一絲みだれない諧調音をきく。朝の日ざしは遲々として屋根瓦の上を歩む、
障子のおもてを歩む、
小雀の影のまへを過ぎる。
朝の日ざしは快活で、幸福な揺籃のやうにゆれる、
典雅な宗教儀式のやうに進行する。私には朝の時間がたのしい、
一杯に日ざしの照りわたつた障子の中で
しづかに明るい自分の心を視ることは幸福だ。
今日読んだ本から。
幕末の日本を訪れた外国人たちの見た日本は、『逝きし世の面影
』という渡辺京二の名著で名著でまとめて知ることができる。そこに見える日本人の陽気さ、満足感、幸福感、そして、自己顕示欲や競争心がなく欲しいものもなければ余分なものもない簡素な生活は、実像であったろうと、私は思う。その満足は、自らを治めることのできる満足であり、鼻先にニンジンをぶら下げられた馬のような人生を送らなくて済む安定感である。自らを治めるためには、一揆も必要であった。搾取構造が固定化されていれば、自治のために絶えず異議を唱える必要があり、自治は一揆によって保たれていた。現代人が学ぶべきものはいろいろあるが、「正々堂々と異議を唱える」姿勢が、その最たるものかも知れない。
田中優子「未来のための江戸学
」