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2009年06月20日

●人々を従え、その従えた人々から富を奪う支配者が治める社会

阿久留王は話を続けた。
「彼らと我らとは住む世界が全く違う。彼らは自然を開発し田とする。そこから生まれた米は村長が多く取る。村長はその中から支配する豪族に納め、豪族はさらにその上の支配者に納める。支配者は集めた富で多くの兵を養い、従わない人間を兵を使い滅ぼす。だから米を作る民衆は常に貧しく、民衆は支配者のためにいるのだ。」
 人々を守るためにいる酋長と、人々を従え、その従えた人々から富を奪う支配者が治める社会とでは、根本からその構造は違ってくる。
「阿久留殿、戦わずに彼らに従う道もあったのではありませんか。」
 阿鹿はさらに聞いた。
「それは我が魂を彼らに売り渡すことだ。我らが奴隷となり彼らの言うがままになれば戦いはせずに済むかもしれない。それができないから戦うのであろう。」
 阿久留王は、自由、平等、人間愛から生まれた平和を守るため命がけで戦おうとしていた。それが蝦夷の魂であると断言した。


露崎 清美「阿久留王


この惑星には何とかしなくてはいけない問題が山のようにある。

もちろん地域にも、さまざまな問題がある。
さまざまな人々がさまざまな思いで生きている中にも、突如、問題が現れる。

目の前で起きようとしていることが、自分の中でどうしても許せないとき、
多くの人が、二つの選択肢を前にして、(往々にして)声を潜めてしまう。
「闘いは嫌い」とか「でももう決まったことだから」とか言いながら。

ボクたちはこの列島の上で、この千数百年、ずっとそうしてきたのだろう。

その結果が、この列島の無惨な姿だろう。
言葉では七世代後のためになんて言ってみたところで、
その言葉に勇気がともなわなければかえって害にもなるだろう。


日本列島に生きる人たちが、時が大いなる円環を描いて万物が再生し自然と共存する世界を外れ、一万年かもしくはそれ以上続いた長い夢見の時間(ドリーム・タイム)を離れて、現在に通じる時の直線がジグザグを描いて続く、限定された危うい生き方を選択するのは、この国の歴史が文字で書かれはじめたときあたりからだから、かれこれもう千年近く前のことになる。人は文字で書かれたものを読むようになったかわりに、それまでのように自然を本のように読み、そこから生きるために必要なことを学ぶことを忘れていった。自然の法という共通に守るものがなくなったあとは、スピリチュアルな力と同時に平和も失われて、人と人が殺しあい、国と国が戦争をしあう、いつ果てるともない争いともめ事が続くようになった。そしてそれが行き着くところで、人は誰も自然の声に耳を傾けなくなり、自然の法のことなどに関心を抱かなくなってバランスを失ってしまう。

「スピリットの帰還ーまえがきにかえて」 北山耕平 「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史

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