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2009年06月06日

●ボクらが望んでいたのは

ネガティブな情報ばかりで気が滅入る。
ボクらが望んでいたのは、こんな文明なのだろうか?

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最近では、バランスをとるため、というか、自分を大地に繋ぎ止めるために、出先近辺の「巨樹」に会うようにしている。
毎日、毎日、行く先々で、その土地の聖老人、巨樹に会い、触れ、少しの時間、忘れそうになる大きな時間の流れを自らの中に取り戻すように。


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日常的に通り過ぎていた場所に、彼らはいる。
上の写真は、賀恵淵の大シイ。俵田の小櫃川沿いにもうずっと佇んでいるが、その両側は法木、万田野などの山砂採取・産廃処理場でいっぱいだ。近くにできた圏央道・木更津東インターを出入りするのは、山砂を運ぶダンプと、その代わりに産廃を運びこぶトラックだ。賀恵淵の大シイは、ずっとずっと見続けてきたことだろう。房総半島の大地がどう変わってきたのかを。
ボクらは今でも彼が見てきたものを聞く耳を持っているのだろうか?

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