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2008年09月17日

●地球に生きる人勉強会「房総半島のネイティブタイム」

 昨冬、三回にわたって行った「地球に生きる人勉強会」を再び始めようと思う。
「たねの学校」「からだの学校」とあわせて、これからの活動の大きな軸にしようと思っている。
テーマは「房総半島のネイティブタイム」、ボクたちの足下にあるこの日本列島で起きたことを、一万年のタイムスケールで見たとき、ボクたちが今いるこの世界の本当の意味が見えくる。だけど、日本列島は、ボクたちの想像力をフルに使っても、少しばかり広すぎるようにも思う。そこで地域を房総半島に限定して、房総半島の一万年を見ていくことにしよう。「房総半島のネイティブタイム」は、房総半島の本当の歴史をともに学び、その歴史が現代の様々な問題に繋がることを知り、語り合う勉強会にしたい。

地球に生きる人勉強会 房総半島のネイティブタイム
第1回 9月20日(土)18時30分〜 南総文化ホール小会議室
ネイティブタイムとは何か?。房総半島の太古から古代「房総半島の縄文時代」
ナビゲーター/真魚長明 参加費(資料代)1000円
主催/安房地人協会(info@makaoyate.org TEL0470-47-5822)


 歴史の表舞台にはでてこない人々。歴史の細かいひだに隠れて日が当たらないままになっている人びと。なぜそういう人ばかりに関心を持つようになったのだろうか。
 振り返ってみると、三十年近く前のある情景が思い出されてきた。
 一九七○年に選挙で成立したチリのアジェンデ政権が、三年後にピノチェトの軍事クーデターよって倒された。ショッキングな事件だった。そのピノチェトの軍事独裁
政権がはじまった時期に、私はチリを何度か訪れている。まだ宮殿に銃弾の痕が生々しく残っていて、戦車が町中を走っているような状態のときだ。「戒厳令の夜」は、
そのチリでの取材をもとに書いた小説である。
 ところが、そんなチリで、道ばたに座りこんでいる人びとのすがたがあった。彼らは、目の前を連行されいく社会主義者たちや、弾圧する側のを戦車や軍隊の行進にも
まったく関心を示さない。よく見ると、それは先住民のインディオだった。
 彼らから見れば、チリの政権を取るのがアジェンデの側であろうとピノチェトの側であろうと関係ない。あとからきた連中が仲間同士で喧嘩しているようなものだ。
よその国からやってきた人びとが、その前からその土地に住んでいたインディオの人びとの土地を奪い、彼らの歴史や文化を奪う。その上、こんどは片や社会主義者、
片やファシストとわかれて喧嘩しあっている。ただそれだけのことだ。
 戒厳令下のチリで、彼らは冷ややかな目でそれを眺めていた。その目はまるで「俺たちには関係ない」と語っているようだった。
 日本の先住民たち、土蜘蛛とか国栖とか隼人などといわれた人びとから見ても、それはまったく同じことではないか。彼らも、おそらくそういう冷ややかな目で見つめ
ていたのではないか。

「原郷への旅」五木寛之『サンカの民と被差別の世界

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