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2008年07月22日

●これがどれほどものすごい数字か

 安房平和映画祭が終わった。
 残念ながら、想定した入場者数には遠く及ばず、多くの赤字と課題も残った。

 けれど、鎌仲ひとみさんのトークや、語る会、天羽道子さんのトークなど、かけがえのない機会となったことは間違いないだろう。微力ながら関わらせてもらった立場でもそれは確信できる。

 映画祭最後の上映作品は綿井健陽監督の「Little Birds -イラク戦火の家族たち-」、多くの人が目にしていたイラク戦争を報じるテレビ画面のその中で、本当は何が起きていたのかを知ることができる衝撃的な作品だ。

 月刊『現代』8月号(講談社)に辺見庸さんのコラム「不可視の内戦」があった。自殺者が10年続けて3万人を上回り、30数万人もの人々がみずから命を絶っている日本の状況に対し、

 これがどれほどものすごい数字かは、イラク戦争とそれにつづく内戦による市民の犠牲者数とくらべてみればわかる。米英の非政府組織イラク・ボディーカウントの発表によると、イラク民間人の死者数は2003年の開戦以来、ことし6月までの5年間に最多推計で9万2千数百人である。酸鼻をきわめるイラクの戦闘にまきこまれて非情にも殺される人々よりも、平和国家とされる日本でみずから死を選ぶ者たちのほうが圧倒的に多い。これはいったいどういうことなのか。


 日本とイラクでは人口がまったく違う。けれど、イラクの人口を日本の1/5として考えても、日本の自殺者の割合はイラク戦争後の内線による犠牲者と同じ割合だ。

 正直、もう言いたくない。けれど、知ってほしい。ボクたちが生きている社会はそういう社会なのだということを。危機を煽るつもりも、いたずらにネガティブな感情を呼び起こそうなどというつもりもない。ボクたちが生きている現実はそういう世界なのだ、という事実があるだけだ。

 安房平和映画祭を呼びかけた八木直樹さんが考えた映画祭のコピーは、「真実を知り、未来を考える二日間。」だ。現実(=真実)を知らなくては、未来を考えることができない。現実(=真実)から目を背けるということは、未来から目を背けるということだ。どうか、そのことだけはわかってほしい。現実(=真実)から目を背けたあなたが、さらに深刻な現実(=真実)を生成し続けているのだということを。

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コメント

安房地方での自殺者の数や、安房地方と過去の戦争とのかかわり、今そして将来の戦争とのかかわりなどに、的をしぼっていくことも、ひとつの考え方と思います。
なにしろ安房地方は、日本の本土で唯一、米軍の直接統治を受けた土地ですから。その意味は今も変わりません(これからも、起こりうることです)。
安房地方で暮した12年半のあいだに、「鋸山の向こうとこっち」を分けて考えるクセがついていました。不思議なことに、それほど日本全体や世界のことが遠く感じられました。まるで島に暮しているようでした。

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