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2008年05月28日

●第五福竜丸を知っていますか?。はやぶさ丸を知っていますか?。

昨日、思うところがあって、東京都立第五福竜丸展示館へ行ってきた。


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第五福竜丸は、ビキニでの被曝後、文部省に買い上げられ、「はやぶさ丸」と改名され、東京水産大学の練習船として使われていた。つい数日前まで、ボクは(きっと多くの人も同様に)知らなかったのだが、「はやぶさ丸」は10年間、館山を母港としていた。出自を隠されて使用されていた「はやぶさ丸」が「第五福竜丸」であったことは、ほんの一握りの人だけが知るトップシークレットだったらしい。「はやぶさ丸」の写真も(現在確認されているのは)一枚だけしかないという。

なぜ核を許してはいけないのか。
この安房で、反核の声を上げることには、特別の意味があるのだ。

2008年05月25日

●「耐震性のチェックをやり直すべきだ」

毎日jpに「六ケ所村:核燃料サイクル施設の直下に未知の活断層 青森」の記事。

 青森県六ケ所村の日本原燃原子燃料サイクル施設の直下に、マグニチュード(M)8クラスの大地震を引き起こす地下活断層があるとの調査結果を、東洋大の渡辺満久教授(変動地形学)や広島工業大の中田高教授(地形学)らの研究グループがまとめた。最新活動時期は過去3万年以内で、06年改定の原発耐震指針の評価対象(12万~13万年以内)になるとみられる。渡辺教授は「耐震性のチェックをやり直すべきだ」と指摘する。

 渡辺教授らは、地層が上へ乗り上げる「逆断層」が地下で動いた場合に地表にできる特異な隆起(長さ15キロ、幅1キロ)が施設のすぐ東側を南北に走っているのを確認。地下に活断層があると考え、日本原燃が06年に行った地震波探査データも調べた。その結果、同じく施設東側の活断層出戸西方(でとせいほう)断層(長さ6キロ)の真下の地下500メートル~1.5キロに、施設直下へ斜めに沈み込む新たな逆断層面があった。

 日本原燃も出戸西方断層の存在は確認しており、07年11月に国に提出した耐震安全性評価で、活動時期を3万年以内として耐震設計で考慮。近くの海域を南北に走る「大陸棚外縁断層」(同84キロ)については「12万~13万年以内に動いた形跡が認められず、活断層ではない」とした。

 これに対し、渡辺教授は、隆起の規模や地形の連続性から、指摘した活断層(同15キロ)は外縁断層とつながっており、全体で長さ約100キロに達する活断層だと主張。出戸西方断層の活動は、真下を通るこの活断層の活動に伴う副次的なものとし、「全体の活動時期は3万年以内で、耐震上考慮すべきだ」と指摘する。

 日本原燃は「地震波探査や海上音波探査で、施設直下に活断層がないことを確認したとしか現時点では言いようがない」としている。【酒造唯】

G8が近いので、きっと施設内では躍起になって作業していることだろう。

 ママが「ごめんなさい」が言える子になってほしいと願うのは、していいことと悪いことの区別を教えたい、悪いことをして叱られたら素直に謝るいい子になってほしいからかだと思います。それには「ごめんなさい」という言葉だけが一人歩きするのではなく、「こういうことはしてはいけないのよ」と教えてあげることが先かと思います。  してはいけないことや叱られる理由がわかってくると、「ごめんなさい」という言葉も自然に出てきます。そして3歳ぐらいになると子どもの社会性はグンと発達します。周囲への思いやりも育ってきます。たとえば悪気はないものの自分が振り回した本がママの顔にあたったりすると、「ママ痛い? ごめんね」と言えるようになります。まだ2歳と3か月です。ゆっくり待ってあげてください。

みるコム 育児相談室 Q&A

そろそろ、諦めようよ。
今ならきっと、みんな許してくれるから・・・。

2008年05月14日

●「写真展ビルマ2007 民主化運動:高揚、弾圧、現在」

テトラスクロール、次回展示のお知らせです。
5月21日より、ビルマ情報ネットワークのご協力による、「写真展ビルマ2007 民主化運動:高揚、弾圧、現在」を開催します。
メディアが伝えることのない真実をぜひご覧ください。


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 東南アジアの西に位置する多民族国家ビルマ(ミャンマー)。南にインド洋を望み、北にヒマラヤ山脈を控えるこの地を訪れる人々は、自然の豊かさと人々の優しさを口々に褒め称えます。早朝から街中を托鉢に回るお坊さんに、食物を供えて手を合わせる信徒の姿は、仏教が多くの人々にとって生活の一部となっていることを、改めて思い起こさせてくれるものでもあります。ビルマが仏塔(パゴダ)と微 笑みの国と言われるゆえんです。

 しかしこうした一見穏やかな生活も少し裏側に回ってみれば、年率30%もの激しいインフレをどう乗り切ろうかと身をすり減らし、47年目に入ろうとする軍事政権の下で「自由に口を開けないから歯医者にも掛かれない」というジョークが示すように、生活のあらゆる場面で軍の顔をうかがわなければ生活できない市井の人々の暮らしぶりが見えてきます。

 昨年8月から9月にかけてビルマで起きた民主化運動の背後には、こうした現状への強い批判がありました。数百人の活動家が始めた小さな行進は、一月後には数万人の抗議行動へとふくれあがったのです。その行動の中心にいたのが「誰も立つ人がいなくなってしまったので、人々のことを思い、いたたまれず行動に出た」と話す僧侶たちでした。

 しかしビルマ政府は、こうした切実な訴えには一切耳を貸さず、警察や軍隊を使って抗議行動を力ずくで押さえ込み、長井健司さんほか、多数の僧侶や市民を殺害・負傷させました。逮捕された人、あるいは逮捕されるのを恐れて身を隠した人の多くがいまだに元の場所に戻ることができていません。

 ビルマは国家予算の半分以上を軍事費に充てています。その反面で保健や医療、教育といった民生分野には微々たる予算が振り向けられるだけです。50万の軍隊と大量の資金は、政府が根強い不信感を持つ農村部での軍事作戦に用いられてきました。ビルマ東部だけで3000以上の村が破壊され、150万人以上の生活が奪われています。ビルマ軍兵士による性暴力被害者は数千人、子ども兵士の数は世界最大と報告されています。

 しかしビルマの人々は日々を堪え忍び、下を向いて生きているわけでは決してありません。そこにはたくましい生活の知恵や喜怒哀楽があり、子供や大人の笑顔があるのです。今回の写真展「2007年 ビルマ民主化運動:高揚、弾圧、現在」では、2007年8〜9月の民主化運動を振り返る写真とともに、ビルマの美しい自然や人々の様子を収めた写真を展示します。是非ご来場ください。

2008年05月03日

●BND麦畑でつかまえて。

BND麦が一斉に出穂、実が日に日に大きくなっている。

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BND麦畑でつかまえて。