●殺すな

(字・岡本太郎)
「殺すな」が「殺せ」を前提として存在する原理である以上、そして「殺せ」が積極的行為である以上、「殺すな」もまた「殺せ」にまっこうから対立し、それを押しつぶそうとする積極的行為であるということだ。逆に、積極行為を前提としない「殺すな」は原理として成り立ち得ないし、それほどの力をもって「殺せ」とせめぎあわない「殺すな」は「死ぬな」であり得ても「殺すな」ではない。「殺すな」が「死ぬな」とはちがった次元に立つ原理であることは言うまでもないだろう。「殺すな」が「殺せ」と積極的にせめぎあう行為の原理であるのに対して、「死ぬな」は「死ぬ」という人間の不可逆的な運命に積極的にせめぎあうことのない祈りであり、より適切にはあきらめなのにちがいない。
小田実 「『殺すな』から」
