« 2008年02月 | メイン | 2008年04月 »

2008年03月27日

●彼らも幸福を求めている人間であり、慈悲を受けるのは当然です

さらに、緊急!! テトラシアター 「慈悲を生きる」を上映いたします。
4月6日4月25日「ヒマラヤを越える子供たち」と二本立て)詳細は決まり次第。

compassion_video_cover1.JPG


自由を持たない同郷の人々の代弁者として、自由な立場で思い切って話すことは私の責任であると思っています。人々に計りしれない苦しみを与え、私たちの土地、家、文化などの破壊を行った責任者たちに対して、怒りと憎しみの感情を持って話しているのではありません。彼らも幸福を求めている人間であり、慈悲を受けるのは当然です。私は皆さんにチベットの人々の念願を知っていただくために話しています。なぜならば、私たちの自由を求める闘いの中で、真実のみが唯一の武器だからです。                                               
- ダライ・ラマ法王

2008年03月26日

●緊急上映会!!「ヒマラヤを越える子供たち」

PR00100842885.jpg


緊急!! テトラシアター 「ヒマラヤを越える子供たち」 を4月6日に行います。4月25日に行います。詳細は決まり次第。

ヒマラヤを越えて亡命するチベット難民の子供たちを追った珠玉の短編ドキュメンタリー


1950年代に始まった中国によるチベット侵攻。1959年、インドへと亡命したダライ・ラマ法王の後を追って10万人にのぼる難民がチベットから脱出してきました。
現在もなお、毎年数百人の子供たちが親元を離れ4,000メートル級のヒマラヤを徒歩で越え、数週間歩き続けてインドへと亡命してきます。
彼らは何故、命をかけてまで国境を越えるのでしょうか。

短編『Escape Over the Himalayas ーヒマラヤを越える子供たちー』は実際の亡命者に同行し、その姿をとらえた感動のドキュメンタリー・フィルムです。
雪のヒマラヤを越える5人の子供を含む10人の亡命者たちと、緑ターラー菩薩に旅の安全を祈り、彼らを命がけで導くガイドの姿を描いています。本国ドイツで2001年度の「German TV Award」にノミネートされるなど欧州では高い評価を得ている作品です。
日本では、2004年度のバンフ・マウンテン・フィルムフェスティバルの上映作品として一度だけ上映され、静かな反響を呼びました。

このたび各方面の働きかけによって再上映が決定。つづいてDVD発売プロジェクトが始動しました。チベット難民の現実をとらえた貴重なフィルムを、この機会に是非ご覧ください。

Flucht über den Himalaya 「ヒマラヤを越える子供たち」
2000年/ドイツ/カラー/ 日本語字幕付/30分

脚本・監督・音声: Maria Blumencron  撮影・助監督: Richard Ladkani
撮影助手: Joerg Arnold  ガイド・通訳: Pema Magoo
日本語版制作・・チベットサポートグループKIKU 協力・・ダライ・ラマ法王日本代表部事務所

2008年03月18日

●チベットで暴力が続くなら、わたしは退位する

AFPの記事から。

インド北部のダラムサラで記者会見するチベット亡命政府の最高指導者ダライ・ラマ14世。「チベットで暴力が続くなら、わたしは退位する」と述べ、指導者の地位を辞する考えを表明した(18日)【AFP=時事】


tibettibet.jpg

2008年3月17日、イタリア・ローマ(Rome)で、中国チベット(Tibet)自治区ラサ(Lhasa)で起きた騒乱の鎮圧に抗議するチベット独立運動の支持者。(c)AFP/FILIPPO MONTEFORTE

●戦争をやめさせよう。環境破壊をくいとめよう。新しい社会をつくろう。

 今、ビルマで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、チベットで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、ガザで起きていることを君は知っているだろうか?。
 今、六ヶ所村で起きていることを君は知っているだろうか?。

 ボクたちが普段何気なくしている買いものや、息抜きに飲むスターバックスのカフェラテが、
 クラスター爆弾や地雷、ダム開発や無用な環境破壊に加担しているとしたら、君はどう思う?。

 君がもし貯金ということをしているとして(もちろんホントにわずかかもしれないけれど)、
 そのことが原子力発電所の建設や、ミサイルの製造に加担しているとしたら、君はどう思う?。

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである」というのがある。
 ボクがことあるごとに引用するから、君も(すでに)知っているかもしれない。
 じゃあ、彼がそれを自ら補足したこの言葉を、聞いたことがあるだろうか?。

 「未来はただそこにあるのではない。未来は我々が決めるものであり、
 宇宙の既知の法則に違反しない範囲で望んだ方向に向かわせることができる」

 今、この惑星は混乱している。それは、紛れもない事実だ。
 君はその混乱を望んでいるだろうか?。
 君は戦争をしたいだろうか?。
 君は環境破壊を推し進めたいだろうか?。
 答えは聞くまでもないだろう。

 君だって思いは同じはずだ。ボクたちの未来はボクたち自身で決める。
 だから一緒に、戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめ、新しい社会のつくり方を学ぼう。

 「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方」
「おカネで世界を変える30の方法」「世界から貧しさをなくす30の方法」
 「戦争をしなくてすむ世界をつくる30の方法」などの著作で、
 ボクたちにどうやって世界を見るのかを教えてくれた田中優さんが、4月5日、南房総・館山に来て話をしてくれる。

 こんな機会は滅多にはない。この貴重なチャンスをどうか逃さないでほしい。
 講演会当日、会場で君に会えるのを楽しみにしている。
 そうだ、合い言葉を決めておこう、スパイ映画みたいでいいよね。
 合い言葉は、「戦争をやめさせよう。環境破壊をくいとめよう。新しい社会をつくろう。」だ。
 (忘れないように。)  

 真魚長明 _


yutanaka1.jpg

田中優講演会 「戦争をやめさせ、環境破壊をくいとめる、新しい社会のつくり方。」
2008年4月5日 13時30分 千葉県南総文化ホール(小ホール) 入場無料

主催:テトラスクロール「電気を止める子どもたち」
協賛:アルソアサロンねむの樹アミー、海猫堂、エコウィンド、NPO法人うず、kitta、シャンティふぁーむ、ピースシード、ブラウンズ・フィールド、蜂人舎、南房総・平和をつくる会(50音順)


入場ご希望の方は、住所・氏名・Eメールアドレス・所属(あれば)・希望枚数をご記入の上、tetrascrollisnotacafe@tetrascroll.info までお知らせください。入場招待券をお送りいたします。

●抵抗としての歩き、そして瞑想としての歩き。

20080317095508.jpg 20080317105408.jpg

今朝は、今週木曜日の安房ハイキングクラブのハイクに備えて、富山(とみやま)の伊予ガ岳に登った。
安房の妙義山と言われ、千葉県で唯一、「岳」を名に冠する伊予ガ岳は、阿波斉部氏のふるさと、四国の最高峰石鎚山の別名「伊予の大岳」に山名を由来する、ここ安房でも際だった存在の山だ。
鴨川北部の里山からも、その特徴的な姿が目を引く。
頂上の鎖場もこの辺の山では珍しく、機会があったら一度は登ってみてほしい。

安房ハイキングクラブ会報誌「あしあと」に寄せた文章を。


安房ハイキングクラブ発足にあたって      真魚 長明


 今から5年前のある原稿にボクはこんなことを書いている。


 東京を離れ田舎で暮らしはじめて驚いたのは、人がまるで歩かないことだった。歩いている人を見かけることがほとんどない、歩いているのを見かけるとかならず老人か子供だ。自動車に乗る資格を持つ人間は歩かない、自転車にさえ乗らない。書店やスーパーの駐車場でも数メートル歩くのを惜しんで店の前に乗りつける、そこが駐車スペースではないにもかかわらず。
 ボクだって自動車に乗る。ロングボードを持って歩いて海へ行くのは不可能だ。日帰りで新潟や長野にスノーボーディングに行けるのも、モータリゼーションあってこそのことだ。だからこそ、ボクは歩く、そして自転車に乗る。距離や荷物が許す限りそうしている。
 歩くことは、動物としての自分が本来移動できるスピードを思い出させてくれる。その身体感覚を忘れてはいけない、しっかりと身体の中に確固たる感覚として焼きつけなくてはいけない。すべてはその身体感覚から始まる・・・・、歩いて、自転車で、スプートニクで・・・。


 少しばかり恥ずかしさもあるが、これを書いた思いは今も変わらない。いや、かえって強くなっている。六ヶ所村再処理工場に代表される核の問題、ピークオイルなどで考えざるを得ないエネルギーの問題、そうした問題すべての根源にあるボクたちの文明のこと。今、ボクたちが「歩く」ことには、5年前より大きな意味があるよう思う。一歩一歩歩くことは、ビルマの僧侶がそうしたのと同じように、「抵抗運動」なのだ。そしてまた、歩くことは同時に、内省的で瞑想的な時間をも与えてくれる。一歩一歩ただ歩く。ウォーキング・メディテーションを提唱するティク・ナット・ハン師はこう言っている。「ふだんの生活の中でわたしたちはいつも駆り立てられているように感じています。せきたてられ、急がねばと思います。そのくせ、そんなに急いでどこへ行くのかと自分に問うことはめったにありません。歩く瞑想はふつう戸外で行いますがいつまでにどこへ行くといった目標はいっさいありません。歩く瞑想の目的は歩く瞑想そのものだからです。重要なのはどこかへ行くことではなく歩くことそれ自体です。」



 抵抗としての歩き、そして瞑想としての歩き。安房の低い山々はこの二つの歩きに最適だろう。そのことに気づいたら・・・、さあ、今すぐ歩きだそう!。

2008年03月17日

●殺すな


(字・岡本太郎)

「殺すな」が「殺せ」を前提として存在する原理である以上、そして「殺せ」が積極的行為である以上、「殺すな」もまた「殺せ」にまっこうから対立し、それを押しつぶそうとする積極的行為であるということだ。逆に、積極行為を前提としない「殺すな」は原理として成り立ち得ないし、それほどの力をもって「殺せ」とせめぎあわない「殺すな」は「死ぬな」であり得ても「殺すな」ではない。「殺すな」が「死ぬな」とはちがった次元に立つ原理であることは言うまでもないだろう。「殺すな」が「殺せ」と積極的にせめぎあう行為の原理であるのに対して、「死ぬな」は「死ぬ」という人間の不可逆的な運命に積極的にせめぎあうことのない祈りであり、より適切にはあきらめなのにちがいない。

小田実 「『殺すな』から」
2008年03月16日

●「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」

暴力的に混乱するアジアを知るために、テトラスクロールでは、5月21日から、「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」を開催する。
今、何が起きているのか、どうか多くの人に見てほしい。


(汐留メディアタワーでの「写真展ビルマ2007−民主化運動:高揚、弾圧、現在」のフライヤー)

●間違った認識は間違った方法を生みだしてしまいます。

以前、このブログに引用したダライ・ラマ法王猊下の言葉を再び。


"我々と彼ら"という考えはもう通用しません。

ほかの世界も自分の一部なのだと考えなければならないのです。
わたしたちの認識と新しい現実との間にギャップがあるのは、わたしたちが未だに前世紀の考えを元に生きようとしているからであり、そして間違った認識は間違った方法を生みだしてしまいます。

●私がどうやってチベット内部にそんな影響を持てるのか


インド北部で16日、会見するチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世=AP

毎日jp チベット:ダライ・ラマ『大虐殺』と中国非難」の記事から。

 【ニューデリー栗田慎一】中国チベット自治区ラサでの暴動で、インドに亡命中のチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世は16日、亡命政府があるインド北部ダラムサラで記者会見し、中国当局による暴力的な鎮圧行為を「大虐殺」と厳しい口調で非難し、国際的な調査団を自治区に派遣するよう求めた。一方で「北京五輪は予定どおり実施されるべきだ」とも語り、ボイコット運動を展開する世界各地のチベット人に抑制的な態度を求めた。

 ダライ・ラマの記者会見は暴動発生後初めて。オレンジ色の袈裟(けさ)を肩にかけたダライ・ラマは「自治区では(中国政府による)恐怖統治が続けられてきた」と明言し、今回の鎮圧も「見せかけの平和を取り戻すために力を行使している」と非難した。

 また「チベット古来の伝統が深刻な危機に直面している」と指摘し、チベット文化や民族性を破壊してきたとする中国政府の「同化政策」を改めて批判。こうした「差別的な対応」が暴動に起因するとの見方を示した。

 一方、北京五輪への対応を問われたダライ・ラマは「中国は五輪を開催する資格があるし、中国人は自信を感じていい」と述べた。暴動が北京五輪のボイコット運動に根ざしているとの指摘が中国側にあることから、「ダライ・ラマ一派が暴動の首謀者」との中国側の指摘をかわす狙いもあるとみられる。

毎日新聞 2008年3月16日


さらに「YOMIURI ONLINE ダライ・ラマ14世が会見、チベット暴動で国際調査を」という記事も。

【ダラムサラ(インド北部)=永田和男】インド亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は16日、本拠を置くダラムサラで記者会見し、中国チベット自治区での暴動を中国当局が鎮圧した問題について、原因や死者数を把握するため、国際的な独立調査団が直ちに現地入りすることが望ましいとの見解を示した。


 ダライ・ラマは会見で「意図的かどうかはともかく、(チベットで)文化的虐殺が起きている」と述べ、中国当局の対応を批判。「中国側とチベット人側はともに一歩も引かない構えで、私は今、1959年3月(のチベット動乱時)と同じ気持ちを味わっている」と述べ、6か月間で8万7000人が死亡したとされる、49年前の大動乱に匹敵する事態の再来に強い懸念を示した。

 中国側が、暴動の背後にダライ・ラマ自身がいると非難していることについては、「私がどうやってチベット内部にそんな影響を持てるのか」と強く否定した。

 北京五輪については、「世界最大の人口を持つ文明国である中国には、開催の資格はある」と述べ、中止やボイコットを求める考えはないと表明。その上で「国際社会は中国に対し、この機会に国内の人権状況を見つめ直すよう促すべきだ」と述べた。

 一方、チベット亡命政府幹部は16日、記者団に対し、これまでに確認された暴動での死者は80人で、負傷者も72人に上ると述べた。

(2008年3月16日21時28分 読売新聞)

●FREE TIBET!! FREE TIBET!!

080305logo.JPG

行動しよう。( → チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン

●轢っ殺してゆけ

軍隊というものは、自国民をも「轢っ殺してゆ」くものなのだ。(下記引用参照)

それをふまえても、だ。

断言する。
チベットは中国ではない。

チベット。チベット。


連隊に帰ってほどなく本土決戦についての寄り合い(軍隊用語ではないが)のようなものがあって、大本営からきた人が、いろいろ説明したような記憶がある。

そのころ、私には素人くさい疑問があった。私どもの連隊は、すでにのべたように東京の背後地の栃木県にいる。敵が関東地方の沿岸に上陸したときに出動することになっているのだが、そのときの交通整理はどうなるのだろうかということである。

敵の上陸に伴い、東京はじめ沿岸地方のひとびとが、おそらく家財道具を大八車に積んで関東の山地に逃げるために北上してくるであろう。当時の関東地方の道路というと東京都内をのぞけばほとんど非舗装で、二車線がせいいっぱいの路幅だった。その道路は、大八車で埋まるだろう。そこへ北方から私どもの連隊が目的地に急行すべく驀進してくれば、どうなるのか、ということだった。

そういう私の質問に対し、大本営からきた人はちょっと戸惑ったようだったが、やがて、押し殺したような小さな声で、----かれは温厚な表情の人で、決してサディストではなかったように思う----轢っ殺してゆけ、といった。このときの私の驚きとおびえと絶望感とそれに何もかもやめたくなるようなばからしさが、その後の自分自身の日常性まで変えてしまった。軍隊は住民を守るためにあるのではないか。

しかし、その後、自分の考えが誤りであることに気づいた。軍隊というものは本来、つまり本質としても機能としても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。

軍隊が守ろうとするのは抽象的な国家もしくはキリスト教のためといったより崇高なものであって、具体的な国民ではない。たとえ国民のためという名目を利用してもそれは抽象化された国民で、崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。

さらに軍隊行動(作戦行動)の相手は単一である。敵の軍隊でしかない。従ってその組織と行動の目的も単一で、敵軍隊に勝とうという以外にない。それ以外に軍隊の機能性もなく、さらにはそれ以外の思考法もあるべきはずがない。

司馬遼太郎『街道をゆく・6:沖縄・先島への道』



Bjork - Declare Independnce for Tibet - Shanghai