●氾濫するプラスチックの海の中に暮らしている
先日、はじめてビーチクリーニングに参加させてもらった。目の前のビーチではなく、ひとつ南のサーフポイント前でのビーチクリーニング(和田町サーフィンクラブ)だったのだが、正直なところ、ビーチの実態を見て、驚いた。毎日見て、歩き、わかった気になっていたけれど、実際にはボクの目には何も見えていなかった。これはもう取り返しがつかないんじゃないか、そう思うほどに「プラスチック」がいたるところにある。そう、これがボクたちの文明の姿なんだ。安価な石油という幻想を盲目的に信じて、軽くて丈夫で加工が容易なプラスチックに傾倒していった結果が、このビーチなのだ。

六ヶ所村の再処理工場の本格稼働を許してはいけない。
そして、同じように、目の前に散乱する、無数のプラスチックも、どうにかしなくてはいけない。
来年から、となりのビーチではなく、テトラスクロール下の浜辺でのクリーニングを始めていきたいと思う。
今日の私たちは、氾濫するプラスチックの海の中に暮らしているようなものだ。本当の海にも、プラスチックのゴミをはじめ目に見えないほどのプラスチック微粒子が浮かび始めている。
海は広く大きく限りがないように見える。すべてを流し去り浄化してしまうようにも思える。しかし私たちがこのままプラスチックを大量に生産し続ければ、長い年月の後、どこの海でも水をすくっても小さなプラスチックの粒を見るようになるかもしれない。潮目に天の川のようなプラスチックの川が出来る時が来るかもしれない。潮目にはたくさんのプランクトン、魚などの海の生きものが集まるから彼らのお腹の中は、飲み込んだプラスチック粒で一杯になるだろう。
こんなことは非現実的な想像であってほしい。しかし、こんな未来を想像してしまうほど、私たちは不注意にもプラスチックのような生態系の環境からはずれた人口化学物質を、大量に自然界に排出してしまったのである。これらの異質なものがやがて大きな塊となって私たちに押し寄せてくることがないと誰が言いきれるだろうか。
「プラスチックの海―おびやかされる海の生きものたち」
