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2007年09月25日

●「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会が、盛況のうちに終わった。二百数十名の来場者、上映会の準備や運営を支えてくれたスタッフ、地元メディア、ポスターやチラシを掲示・設置してくれた商店や施設、当日出店してくれた生産者(かまどの火、ばんぱん、シャムロックハウス、ゆっくりパン屋ともちゃん、蜂人舎、シャンティファーム、アースマーケット、生活クラブ)、署名に協力してくれた多くの方々、そして、パンフレットに原稿をお寄せいただいた鎌仲ひとみ監督、花とハーブの里・菊川慶子さん、小出裕章先生、哘清悦さん、苫米地ヤス子さん、北山耕平さんに、心から感謝したい。準備期間二ヶ月弱という強行スケジュールだったが、かえってそれがよかったのかもしれない。昨年12月、冬至の翌日に行われた「北山耕平トークライブ『ネイティブであるということ』」から始まったうねりが、昨日(秋分の日の翌日)、「核の鎖を断つ」ための「電気を止める子どもたち」プロジェクトとして実を結んだのだ。さあ、これからだ。


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 配布したパンフレットに寄せたボクの一文を。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。(真魚長明)

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

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