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2007年09月06日

●名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。

 先達・北山耕平さんの新著「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」が素晴らしい。「日本人」として暮らすボクたちが、「日本」という国にではなく、もう一度母なる「日本列島」とつながるためには、この一冊がとても重要なガイド役を担ってくれるだろう。

 北山さんの「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史」に代表される、母なる日本列島を先住民族の目からさかさまに捉え直す一連の仕事は、とても刺激的で、とても貴重だ。この独自な視点による読み直し作業が、どれほど貴重で尊いものか、すぐにわかる時がくるだろう。

 久しぶりに、一冊の本を、繰り返し何度も読んでしまった。


 声を大きくして言わせてもらうのなら、そして何度も繰り返すようだが、弥生時代はすでに終わってしまっているのではなく、その後、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・戦国・江戸・明治・大正・昭和・平成と千数百年間名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。われわれは弥生時代の延長線上(最後?)を生きている。
 大地と人びとの分割統治と富を金銭的尺度で測る生き方にドライブされる直線思考の弥生時代という、大陸や半島から押し寄せた征服者的(コロニアル)な感性と生き方は、その間なにひとつ変わってはいないのである。

「ネイティブ・ジャパニーズを捜して」北山耕平 『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ

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