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2007年09月30日

●歴史を曲げてはいけない

 沖縄でも、生き方の押しつけに抵抗する声があがった。11万人という数は、為政者にとっては脅威となるだろう。縄文時代が教科書から消されたように(最近になって、復活するよう答申が出されたが)、文部科学省(日本)は同じように、沖縄での集団自決に対する軍の関与を「日本軍による強制または命令は断定できない」として、教科書から消し去ろうとしている。

 そのことに対して、11万もの人が集まり、抗議の意思を表明したのだ。


仲里利信実行委員長に聞く 県民の思い突きつける(琉球新報)


 29日に宜野湾海浜公園で開かれる「教科書検定意見撤回を求める県民大会」を前に、仲里利信実行委員長(県議会議長)に大会の意義などを聞いた。


 —県民大会の意義は。

 「全市町村議会が検定撤回を求める意見書を可決した。県議会も同一議会で同一趣旨の意見書を二度可決する異例の対応を取った。県民の総意にもかかわらず文部科学省の態度は非常にかたくなで、この扱いに不満が高まっている。文科省の提案を(教科用図書検定調査)審議会が追認するだけの実態も分かってきた。歴史を曲げてはいけないという県民の思いを突きつける」

2007年09月28日

●China Must Support People of Burma, Not the Military Regime

 ビルマで、永らく生き方を押しつけられてきた人々が立ち上がった。

 アムネスティのアイリーン・カーン事務局長の言葉。

「デモを行っている人々は平和的に意見を主張する権利があり、軍政はこれを完全に尊重する義務がある」

 全くもって同感。

 さらにカーン事務局長の言葉。

「ミャンマーに政治的な影響力を持ち、安保理常任理事国でもある中国は重要な役割を担っている。東南アジア諸国連合(ASEAN)、日本、インドも同様だ」

 こんな事態に速やかに対応できない国連って、なんのために在るのだろう?。

http://www.uscampaignforburma.org/

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●「廃炉もあり得る」

ストップ浜岡原発@ブログから。

新潟知事、県議会で「廃炉もありうる」 柏崎刈羽原発 http://www.asahi.com/politics/update/0927/TKY200709270658.html 2007年09月27日23時21分

 新潟県中越沖地震で大きな被害を受けた東京電力柏崎刈羽原子力発電所について、泉田裕彦知事は27日、県議会の代表質問に対し、今後の調査の推移次第で「廃炉もあり得る」との考えを示した。知事に廃炉を決定する権限はないが、立地県の反対を押し切って東電が再開させることは事実上難しい。

 知事は、原発への今後の県の対応について問われ、「原子炉本体の被害状況の点検調査が始まったところで、今後については白紙」としつつ、「無論、調査結果によっては廃炉はあり得ると思う」と答えた。

 また、「地域とのコンセンサスができなければ、議論のテーブルには載せられない」と発言。地域の了解を得られないうちは、原発の運転再開を認めないことを強調した

2007年09月27日

●なに国家もそったらものも有るかってッ。

 下北半島では今、エネルギー政策の名のもと、「ただ生きているだけ」の人々が、「別の生き方を押しつけ」られている。その現実を描いた「六ヶ所村ラプソディー」を大スクリーンで見ていて、「生き方を押しつけられる」ということがどれほど苦しいことなのかを、改めて考えていた。

 別の「生き方を押しつけられる」ということ、西ショショーニでも、オーストラリアでも、世界中のいたる所でこれと同じことが、今でも起きている。そしてそのことは、この惑星の上でずっとずっとくり返されてきたことなのだろう。この日本列島の上でも、縄文と弥生という、二つの違う生き方を持った人々の間で、それこそ無数にあったことが想像できる。

 これこそが「差別」なのだ。

 このポイント抜きでは、ボクたちは先に進めそうもない。

 むつ小川原開発計画地内に、買収に応じることなくただ1軒残る農家、小泉金吾さん(78)の一代記『われ1粒の籾なれど』より、魂の言葉を。

 今はなも銃で殺す訳でないとすれば、必ず金銭で支配するという世の中だから。金さえあれば何でも出来るとな。だから、なんぼ民主主義と言っても、国家のな、国策なんて、そんなもの有るはずねえって。中さ入れば、戦前から財閥が仕切っているの。ここの開発だってな。当時、用地の北は三井不動産と、南は三菱地所と分けて、買収していったんでしょ。ホラ三井と三菱だ。内実さ入れば全部金銭だって。国民から集めた金で、寄ってたかってたらい回ししているだけなんですよ。たったそれだけなのだ。最後は誰も責任とる人ねえんですよ、何のもんでも。大臣やったって一ヶ月で辞めれば終わりでしょ。はァ、辞職すればなんのことはねえ。責任も何も無くなってしまう。何が国策なのよ。ちょっとすれば国家的事業だとかって、勝手なもんだな。なに国家もそったらものも有るかってッ。

「聞き書き 小泉金吾 われ一粒の籾なれど」
2007年09月25日

●「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。

 電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会が、盛況のうちに終わった。二百数十名の来場者、上映会の準備や運営を支えてくれたスタッフ、地元メディア、ポスターやチラシを掲示・設置してくれた商店や施設、当日出店してくれた生産者(かまどの火、ばんぱん、シャムロックハウス、ゆっくりパン屋ともちゃん、蜂人舎、シャンティファーム、アースマーケット、生活クラブ)、署名に協力してくれた多くの方々、そして、パンフレットに原稿をお寄せいただいた鎌仲ひとみ監督、花とハーブの里・菊川慶子さん、小出裕章先生、哘清悦さん、苫米地ヤス子さん、北山耕平さんに、心から感謝したい。準備期間二ヶ月弱という強行スケジュールだったが、かえってそれがよかったのかもしれない。昨年12月、冬至の翌日に行われた「北山耕平トークライブ『ネイティブであるということ』」から始まったうねりが、昨日(秋分の日の翌日)、「核の鎖を断つ」ための「電気を止める子どもたち」プロジェクトとして実を結んだのだ。さあ、これからだ。


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 配布したパンフレットに寄せたボクの一文を。

「電気を止める子どもたち」とは、いったい誰なのだろうか?。(真魚長明)

 ボクの大好きなアラン・ケイの言葉に、「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というものがある。そう、そうなんだ、ボクたちの未来は、ボクたちがどんな未来を望むのか、すべてそれ次第なんだ。ミヒャエル・エンデはこう言っている。「人々は、お金は変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」この「お金」の部分を「電気」に変えたらどうだろう、あって当たり前、変えられないと思っている目の前の事柄だって、ボクたちが、もしそれを望まないのであれば、変えることができるんじゃないだろうか?。

 すべてのはじまりは、この夏の「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い 【風をひらく】 」だった。日本列島の様々な場所から集まった参加者を前にして、北山氏が語ったのは、この惑星(ほし)に存在する二つの生き方の違いについてだった。明日が今日よりも良い日でありますように、と願う弥生(現在)的な生き方と、明日が今日のように良い日でありますように、と願う縄文(ひとつ前=ネイティブ)的な生き方の違いについて・・・、ボクたちが今、弥生時代の最後に生きていること・・・、そして、「地球に生きる」とはどういうことなのか・・・、ボクを含めた参加者の多くが真剣に耳を傾け、そして、夜更けまで語り合った。【風をひらく】から三日後、「核の鎖を断ち切る」ことにその生涯を捧げたショショーニの精神的指導者、コービン・ハーネイが亡くなったことを知らされた。さらに、五日後、中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発が止まった。そうして、インディアンのエルダー(長老)たちの「電気を止める世代」という言葉が、ボクの中で「電気を止める子どもたち」というプロジェクトへと生まれ変わったのだ。

 「電気を止める子どもたち」とは誰なのか?。その答えはあなたの中にあるはずだ。もう一度「未来を予測する最良の方法は、未来を発明することである。」というアラン・ケイの言葉を思い出してほしい。今、ボクたちの生活の中ではコンセントの向こう側が見えない。コンセントの向こう側には、ウラン採掘によっって被曝させられている先住民族や、劣化ウラン弾によって理由なく生命を奪われるイラクの子供たちがいる。あなたの生活を支えるエネルギーが、そんな「不公平」や「差別」に根ざしたものだと知っていても、「電気があって当たり前」と、見て見ぬふりをして使い続けることができるのだろうか?。

 どうか、ここで、もう一度(だけ)考えてほしい。すべての「悪(敵)」も、絶対的な「善(神)」も、自分の中にあるということを。そして、「変化」は、自分の内側からしか起こりえない。そう、あなた以外の誰も、「電気を止め」てはくれないのだ。

2007年09月19日

●22日は車に乗らない日

9月22日は、WorldCarFreeDay。

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Jammers and creatives,

Every September 22, people across the globe get together to swear off their cars - if only for one day - in a collective reminder that we don't have to accept car-dominated societies, cities, or personal lives. Since its earliest incarnations in the 1970s and '80s, WORLD CAR-FREE DAY has grown into a massive global celebration of human-centric communities and people-powered transportation.

Car-Free Day 2007 could turn out to be the biggest yet. For the first time, China's government is hopping on board, with official events talking place in more than 100 cities, including Beijing and Shanghai. Officials will reportedly be trading in their famed black sedans for public transportation, and some roads will be closed to private cars.

As the world tunes in to the fact that the climate is heating up, this is the perfect opportunity to take the heat off the planet, and put it on city planners and politicians to give priority to cycling, walking and public transport, instead of oil-hungry automobiles.

Visit ADBUSTERS.ORG for links to global resources on going car-free, first on September 22, and then in your everyday life. Let World Car-Free Day be a showcase for just how our cities might look, feel, and sound without cars - 365 days a year.

Cheers,
The Adbusters Team

2007年09月18日

●「六ヶ所村ラプソディー」上映会のお知らせ

電気を止める子どもたちVol.2「六ヶ所村ラプソディー」上映会まで一週間となりました。

「六ヶ所村ラプソディー」上映会
9月24日(祝)13時30分〜(開場13時)
千葉県南総文化ホール 前売1200円 当日1500円
お問合せ・テトラスクロール 0470-47-5822
 www.tetrascroll.info/rokkasyo

「六ヶ所村ラプソディー」鎌仲ひとみ監督作品 製作・配給 グループ現代 支援 文化庁


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2007年09月13日

●hirapress+ 写真展「六ヶ所村エナジー」のお知らせ

hirapress+(ヒラプレスプラス)写真展「六ヶ所村エナジー」スタートしました。

2007.9.13(木)〜9.25(火)11-18時(水曜休)入場無料

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2007年09月11日

●クリプトン85の影響によるものです。


日本原燃のリアルタイム放射能・放射線監視データの数値が急激に上がっている。

そのことに関して、そのページにはこうある。

9月9日、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター シャフトモニタの指示値が一時的に上昇しましたが、これは主排気筒からのクリプトン85の影響によるものです。

なんでもなさそうにさらっと書いてあるけど、クリプトン85って、自然界には存在しないものでしょ。

2007年09月10日

●反核

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●電気を止める子どもたち

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  テトラスクロールを応援してくださる皆様へ

 いつもテトラスクロールをご支援いただきありがとうございます。お陰様で昨年11月のオープンから10ヵ月、イベント、ワークショップ、ギャラリー企画、映画上映と、順調に活動することができました。皆様のご理解ご協力に心から感謝いたします。ありがとうございました。

 テトラスクロールは、さる7月7日から二日にわたって行われた「北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い【風をひらく】」をきっかけに、新プロジェクト「電気を止める子どもたち」をスタートさせました。【風をひらく】で繰り返し語られた、インディアンのエルダーたちの語る「電気を止める世代」の出現、というテーマが、一週間後の中越沖地震を通して、実際のアクションとなったのが「電気を止める子どもたち」です。未来の子供たちが自分の使うエネルギーを正しく選択できるために、ボクたちは何をしたらいいのか?、そんな思いでプロジェクトを立ち上げました。自分の使うエネルギーを正しく選択できる未来は、きっと他の問題、食べ物、身体、教育などすべての事柄を正しく選択できるはずです。
 さる8月25、26日には「電気を止める子どもたちVol.1」として、映画「ホピの予言2004年版」の上映会を行い、盛況のうちに終了いたしました。そして、9月24日(祝)には、館山の千葉県南総文化ホールにて「電気を止める子どもたちVol.2 六ヶ所村ラプソディー 上映会」を行います。


 歴史の教科書から縄文時代を抹消し、この日本列島でのヒトの営みは弥生時代から始まったのだとする「美しい国」作りと同じ論理が、六ヶ所核燃再処理工場の稼働を推進しています。六ヶ所を知ると、ボクたちが生きているシステムが、「欲望」によってドライブさせられていることがとてもよくわかります。一人でも多くの方に、今、六ヶ所で何が起きているのかを知ってもらいたいと思います。


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2007年09月08日

●とくに、電子メディアを通してね。

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 一番大きな問題は教育だね。私が生まれた頃まで、人々が共有していた現実というのはたったひとつだった。われわれがやっていることはすべてみることができ、聞くことができ、臭いをかげて、触れて、味わえた。感覚器官を通して直接体験することができたんだ。溝を掘れば、それが見え、感じることができた。なにかを書いてもそれはまだものであり、見たりかいだり、聞いたりすることができた。
 しかし、私が3歳のとき、電子が発見された。そしてそれ以来、私たちは目に見えない現実へと入りはじめた。顕微鏡や望遠鏡が、とても重要なものになっていった。われわれは生まれながらにもっているこの目では見ることのできない、宇宙の一部を見はじめたんだ。
 今日では未来に関わるものごとの99.9%までが、人間の感覚器官では直接感知できない現実の領域で処理されている。
 だからもっとも大きな問題のひとつはね、ダーリン、われわれには見えず、触ることもできない現実を、われわれ自身があつかっていることなんだと思う。
 それから、みんなが専門化している。これがもう一つの大問題だ。きみのような子供たちは、みんな、"すべて"に興味をもち、その相互作用の"全部"を理解したがる。でもね、教育システムや金儲けの人たち、つまり権力システムは賢い人たちを恐れ、そういう人たちをみんな専門家にしてしまった。(中略)
 問題は教育を正すことだ。正しい情報さえつかめば、人間はすごくいい意志決定ができるものだよ。とくに、電子メディアを通してね。

バックミンスター・フラー「フラーがぼくたちに話したこと
2007年09月06日

●名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。

 先達・北山耕平さんの新著「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」が素晴らしい。「日本人」として暮らすボクたちが、「日本」という国にではなく、もう一度母なる「日本列島」とつながるためには、この一冊がとても重要なガイド役を担ってくれるだろう。

 北山さんの「ネイティブ・タイム―先住民の目で見た母なる島々の歴史」に代表される、母なる日本列島を先住民族の目からさかさまに捉え直す一連の仕事は、とても刺激的で、とても貴重だ。この独自な視点による読み直し作業が、どれほど貴重で尊いものか、すぐにわかる時がくるだろう。

 久しぶりに、一冊の本を、繰り返し何度も読んでしまった。


 声を大きくして言わせてもらうのなら、そして何度も繰り返すようだが、弥生時代はすでに終わってしまっているのではなく、その後、飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・戦国・江戸・明治・大正・昭和・平成と千数百年間名前をかえながら今この瞬間にまでつながっている。われわれは弥生時代の延長線上(最後?)を生きている。
 大地と人びとの分割統治と富を金銭的尺度で測る生き方にドライブされる直線思考の弥生時代という、大陸や半島から押し寄せた征服者的(コロニアル)な感性と生き方は、その間なにひとつ変わってはいないのである。

「ネイティブ・ジャパニーズを捜して」北山耕平 『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ
2007年09月04日

●柏崎刈羽原発の運転再開は危険です。

「おやすみなさい、柏崎刈羽原発」

柏崎刈羽原発がこのまま静かに役目を終わらせるためにぜひ署名を。
(→ UNPLUG KASHIWAZAKI-KARIWA )


柏崎刈羽原発の周辺には、大きな地震を引き起こす活断層が存在しています。
しかし、その調査が十分に行われないままに、原発は建設されました。原発の耐震設計の基準値は、現実に起こった地震をはるかに下回っているようです。また、火事を起した配電施設を始め、多くの関連施設は岩盤の上ではなく、柔らかい地面の上に建設されています。

今回の地震で、老朽化が懸念されていた一号機を始めとして、七基すべての原発およびその関連施設が損傷を負いました。原発の敷地そのものが大きな隆起、沈下を起こし、デコボコになっている箇所もあります。目視では確認できないヒビやゆがみを含め、原子炉の主要な機器・配管にも損傷が及んでいる可能性があり、再び地震に襲われれば、より重篤な事故を起しかねません。

周辺の活断層が今後、さらに大きなマグニチュード8に達する地震を引き起こす可能性も示唆されています。施設がどれほど修復されたとしても、地下の活断層を取り除くことは出来ません。
取り除けない不安を無視して、柏崎刈羽原発が再び稼動すれば、それは不安の連鎖を引き起こし、社会に必要な信頼を失わせるのではないでしょうか。

柏崎刈羽原発がこのまま静かに役目を終わらせることを私達は望みます。

→ UNPLUG KASHIWAZAKI-KARIWA