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2007年07月10日

●求心的ダイナミズムに彩られた自分という「うたかたなシステム」

 週末の賑やかさほどではないが、夏の海は平日でもやはり騒がしい。一年でいちばん波がなくなる時期に、一年でいちばん多くのサーファーが集まるのだから、ストレスにもなるし、もちろん事故やトラブルもある。サーフィン = 夏、という図式もわからなくはないが、ここ南房総でのオン・シーズンは(台風スウェルをのぞけば)やはり冬なのだ。東北や日本海側に大雪をもたらした低気圧が、やがて北海道東沖に抜け、さらに発達する。そこから届くうねりこそが、ボクたちの待つウィンター・スウェルなのだ。今年はここまで、台風の影響もなく、スモール・コンディションが続いている。いつか来るうねりをひたすら待ち続ける。いつか来るうねりに備え、日々鍛錬を忘れない。質素だけどタイトな食事を摂り、摂生を心がける。(心がけてはいるが、できないこともよくある。)そういう生き方、ライフ・スタイルをサーファーと呼ぶのだと、ボクは思う。


 自分自身とその技量をしっかりと心得て、思い切って大きめの波にチャレンジするときにも自分の技量をわずかに超える程度にして、慎重に一歩ずつ歩むようにしておきさえすれば、それほど大きな事故につながることはまずない。それでも ー これはヒトのあらゆる営みにいえることであるが ー なにかが起こったときには、たとえ自分で気づいていなくとも、なんらかの理由で自分自身やさらに大きな自然のダイナミズムにとってそれが必要だった、と考えるのがもっともバランスのとれたアティチュードだろう。少々荒っぽい言い方になってしまうが、もしどうしても波や道具や他人に責任を押しつけなければならないほど、求心的ダイナミズムに彩られた自分という「うたかたなシステム」に執着しているのであれば、最初から危険をともなうサーフィンなどやらなければいいのである。

「春の海に変性意識が浮上する」吉福伸逸「処女航海―変性意識の海原を行く

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