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2007年07月09日

●自然界のなかのいのちあるものすべてが

昨日、一昨日の【北山耕平氏と共にネイティブの知恵を学ぶ集い「風をひらく」地球で生きるための耳を取り戻す試み 】が、無事終了した。心配された天気も、嘘のように晴れて、ワークショップに最適な心地よい風が吹いてくれた。

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二日目朝の「風をひらく」


 一日目の「風をひらく」を終えた夕食後、焚き火を囲んでのトーク・セッションは、(途中から場所を室内に変えて)深夜におよび、オノ・ヨーコ、ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダー、シャーマン・アレクシーなどのも話題は及び、実に興味深いトークが展開された。


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初日夜トーク・セッション
「聞く 見る 覚える わけあう —ネイティブ・ピープルにとって知とはなにか?」



 二日目は、本当に気持ちよく晴れて、風の爽やかな一日となり、これがスピリットのボクたちに対する答えなのだとはっきり確信した。


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二日目朝くすの木の下で「風をひらく」北山氏


 山間部のくすの木から、海沿いのテトラスクロールに場所を移し、午後のトーク・ライブ「われわれは何者なのか 〜 ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」。「日本列島の上に敷かれた日本という名の絨毯」を剥がし大地とのつながりを回復することを説く北山さんのトークが、「風をひらいた」人々の耳には、とても説得力ある言葉に聞こえたことだろう。


ネイティブ・アメリカンのなかの伝統派とされる人々は、自然界のなかのいのちあるものすべてが、偉大なる精霊の一部であったり、それとつながりがあるだけでなく、スピリットを持っていると信じています。彼らが、太陽や月、星たち、雨、風、水、地を歩くもの、地を這うもの、空を飛ぶもの、水の中を泳ぐもの、根を生やすもの——それが目に見えようが見えまいが、ありとあらゆるすべてのもの——に向かって祈ったり感謝を捧げたりするのも、そのためです。

北山 耕平「なぜ風をひらくのか」

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コメント

そのくすの木は、大山祇神社のくすの木でしょうか。。
うろ覚えですが、たしかオオカミを祭る神社だったかと。とても好きな場所、好きな木でした。

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