« ほかの世界も自分の一部なのだと考えなければならないのです | メイン | すべての海岸で、過去と未来がくり返されている。 »

2007年07月29日

●自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒

 今朝も遠く六ヶ所と繋がった海で1時間ほどサーフィン。真夏の海は、かろうじてテイクオフができる静かな海だ。インサイドのショアブレイクで子どものように無邪気に遊ぶしかない。

 10分ほどして、少し沖に、スナメリが泳いでいることに気づいた。ボクとの距離は30メートルくらいだろうか。ボクはパドルで彼らに近づいていく。彼らも、魚を追ってゆっくりと沖へ向かっている。真夏の、非日常的な賑やかな海で、ボクと彼らだけしかいないような、至福の時間だ。
 ボクが何をしているのか、他の誰にも知られていない。

 ゆっくりと泳ぐ彼らを見ていると、ついつい考えてしまう。
 いうまでもなく、ここは、彼らの海だ。彼らは海を汚すこともないし、もちろん陸に上がって、廃棄物を積み上げるようなことはしない。だけど、ボクたち人間はというと・・・。

 今、本気で考えなければ、きっと、取り返しがつかなくなる。そう、今、すぐに・・・。


 自らの欲望と現在のような楽なライフスタイルへの中毒、あるいはささいな違いに起因する人間の集団間の全面戦争によって私たちが自らを滅ぼすのであれば、それはそれなりに理解できる。というのも、それが人間の生き方が持つ大きな欠陥の一つであるということが理解できるからである。その可能性については心の準備もできている。だが、私が我慢できないのは人間が他の生き物たちも道連れにするかもしれないことだ。このことは私がこれまでに感じたことのないような強い怒りで私の心をいっぱいにする。それは私の心の中にある火山が噴火して溶岩が流れ出るかのように私を圧倒する。過ちはどうしても起きるものだが、そのような過ちは悲しみを超えている ー 常軌を逸した全く許すことのできないものだ。それほど非常識なことができる種の一員にはなりたくないものだ。どういう名のもとでそれが行われるかというのはどうでもいいことだ。どれほど真剣に自らの使命を考えているかも関係ない。とにもかくにも愚かすぎて許すことのできないことだ。

ロジャー・ペイン「クジラたちの唄」 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.animismonline.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/157

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)