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2007年05月03日

●君あり、故に我あり

一年半ぶりに東京へ出かけ、サティシュ・クマール講演会「小さな学校・小さなコミュニティ 〜 土(Soil)と心(Soul)と社会(Society)をつなぐもの 〜 シューマッハー・カレッジとスモール・スクールの実践に学ぶ」に参加してきた。

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子供たちへの合気道の指導や、テトラスクールの活動の中で、本当に必要な「生きる力」や「生きる知恵」が、教育の現場で伝えられていない事を強く感じていたが、サティシュさんの力強い言葉を聞いていて、自分がやることを確信することができた。そう、キッチンを教室に、菜園を教室に、自然を教室に・・・。

 暴力、あるいは非暴力は精神状態であり、生き方である。もし私たちが、ある暴力は正当化でき、ある暴力はそうではないと取捨選択するなら、社会的、人種的、宗教的、経済的、政治的な非暴力を築くための共通の文化は存在しなくなってしまう。非暴力の新たな文化を推し進めるためには、私たちは原点から始め、すべての生命の一体性と本質的価値を認める必要がある。自然や動物に対して攻撃的な思考様式は、他の国々や他の宗教の人々に対しても同様に攻撃的になる傾向がある。そして、他者に対する攻撃的態度は、国家や宗教や人種の集団内部での敵対へと姿を変えうる。
合理主義と非暴力 「君あり、故に我あり―依存の宣言」サティシュ・クマール


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