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2007年02月07日

●一回転するごとに、平和、親善、愛を紡いでいるのです

 今日は半日畑仕事、ワタ畑の最後の収穫と片づけをと予定していたが、実際には半分も終わらなかった。人間の読みや見込みなんて所詮こんなものだろう。今年は天候のせいなのか、今までにない豊作となった。

ボクがワタを作るようになって、もう何年になるだろうか。
2002年のウェブ・ダイアリーに、ぼくはこう書いている。

 世界の様々なエリアで現実に起きている想像を絶した貧困や差別が、テレビのニュースで連日報じられている。悲しいことだけれども、この地球上には圧倒的な不公平がある。一握りの豊かな者(勿論ボクたち日本人もその中に含まれる)が地球上の富を我が物顔でまるで狂ったように消費している。ニュース番組の冒頭では北朝鮮の食糧不足を伝え、木の皮や道端の草を食べる少年たちのスクープ映像が流されている。その悲惨な映像の僅か15分後には「食べ放題ランチ特集」や「物に溢れた片付けられない人々」、「究極のダイエット法」が平然と放送されている。ボクたちはそんな分裂症的な世界に生きている。自分と自分が立つ大地(惑星)との関係をしっかりと保っていないと、いとも簡単に足元をすくわれてしまう。


 綿を育て、チャルカ(糸車)を回して糸を紡ぎ、その糸でカディ(手織りの服)を織ることの大切さを、ガンジーがその主張の中核として、生涯を通し人々に訴え続けていたことの意味を、今こそ再認識する必要がある。アヒンサー(非暴力)、スワデシ(経済的自給)、スワラジ(政治的自立)・・・。ガンジーが求め続けた世界は、残念ながらこの惑星上では未だ実現していない。だけれども絶望する必要はない。一粒の種を蒔くことから始めればいい、一粒の種は来年には何百個もの種となる。そんなことを、ワタ畑での作業は教えてくれる。

ガンジーはこう書いている。

 チャルカは、商業戦争のシンボルではなく、平和的商取引のシンボルです。この地球の国々に対する敵意ではなく、親善と自助のメッセージです。世界の平和を脅かし、その資源を横取りする軍隊の保護は必要ありません。しかし、自分で使う糸は自分の家で紡ぐのだと多数の人々が決意する必要があります。これは、今でも自分たちが食べる物は自分の家で料理しているのと同じことです。私がこれこれのことを行った、または行わなかったと言って、後世の人々から非難されることも多々あるでしょう。しかし、チャルカを復活させようと提唱していることについては称賛してもらえるものと自信を持っています。私はこのことにすべてをかけています。チャルカは一回転するごとに、平和、親善、愛を紡いでいるのです。  M.K.ガンジー「ガンジー・自立の思想―自分の手で紡ぐ未来

畑が無くても、プランタでもワタを作ることは可能だ。もしワタを播いてみたいと思いワタの種が欲しいのであれば、ボクに知らせて欲しい。ワタを知ることは近現代をリアルに知るいい方法だと、ボクは思っている。

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