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2007年02月28日

●ケガをする時にはそれなりの理由がある

ウィンタースウェルがヒットしているのに、陸にしかいられない。
明日はさらにサイズアップしそうだというのに・・・。
2003年にもケガをしてしばらく海に入れない時期があった。
(そのときのエントリー「自宅療養中」から。)

肋骨打撲(折れてはいないと思われ・・・)のため、自宅療養中の身だ。チューブ・ライディングを狙って(調子に乗って?)突っ込んだのはいいが、板もろともたたきつけられてしまった。人間とは不思議なもので、その後も約一時間、痛みを感じることなくサーフィンをしていた。海から出て、実はかなり痛いということにはじめて気がついた。

今までにも海や山で何度もケガをしてきた。そのたびに思うのは、ケガをする時にはそれなりの理由があるということ。油断や慢心、トレーニング不足や生活の乱れ、そんな理由からケガを自ら招いているように思えるのだ。

免疫力や回復力ももちろん大切な「生きる力」だが、ケガや病気を自ら呼び込まない力はもっともっと必要な「生きる力」だと、ケガをするたびにつくづく思う。

2007年02月27日

●身体が教えてくれること

およそ三週間前にボードを右太腿に当ててしまい、軽い肉離れのようになった。
痛いのをそのままにして、サーフィンや合気道を続けていたら、どんどん悪化して、ついに右足が左足の1.5倍ほどまで腫れてしまい、膝を曲げるのも難しくなってしまった。なので先週末からは海にはいるのも断念して、ひたすら静養に努めている。もう若くはない、かつてなら、数日で治ってしまうようなケガも、無理をすればすぐこうなる。新車ではなく、クラシックカーに乗っている心構えが必要なのかな。(内田 樹 / 三砂 ちづる 「身体知-身体が教えてくれること」より。)

内田  武道の場合だと、ほんとうにたいせつなのは、筋力とか骨の強さではなくて、むしろ感度なんです。皮膚の感度じゃなくて、身体の内側におこっている出来事に対する感度。あるいは、接触した瞬間に相手の身体の内側で起きている出来事に対する感度。ぼくはそれを「身体感受性」と言っているんですけれど、実際にサッカーで相手を見ないでパスしたり、野球で背走してキャッチしたりすることのできるプレイヤーがいますよね。あれは目がいいとか、足が速いというような計量可能な運動能力ではないです。身体感受性が鋭いんですよ。
2007年02月25日

●80にして遊んでるんです

今日放送されたNHK「新日曜美術館」ー虹色のいのちをつなぐ 染織家 志村ふくみの仕事ーでの、志村ふくみさんの最近の仕事がスゴかった。「雛形」、「ジャズ」など、もうm(__)m。

志村ふくみさんの言葉。

80にして遊んでるんです。

m(__)m

●にふぇーでーびる

大切な人へのプレゼントにオススメの一冊、ありがとう―77言語の「ありがとう」

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シンプルなイラストと世界各国のありがとうで作られた可愛らしい一冊、大切な人へのプレゼントにどうぞ。

2007年02月23日

●テトラスクール

テトラスクロールでは、4月より、ヨガや糸つむぎなどの様々なクラスからなる学びの場、テトラスクールをスタートします。

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毎週行うものから、単発の企画まで、生きる知恵を学ぶ場として、いろいろ企画していきたいと思います。ご期待ください。

2007年02月22日

●われわれは報酬を期待しない

E・F・シューマッハー「スモール・イズ・ビューティフル再論」より。

道徳心の促しに従う欲求があり、仲間にサービスする欲求があり、創造的な生産をする欲求がある。だから、なにかをしたいときわれわれは報酬を期待しない。
2007年02月21日

●会話じゃなくて 対話

昨日放送されたテレビ「情熱大陸」から、プロ・ボディーボーダー、甲地由美恵さんの言葉。

海と対話する
会話じゃなくて 対話
海 対 私の
海は言葉を返してこないから

→ 甲地由美恵公式サイト

2007年02月20日

●魔法のことば at テトラスクロール

カフェ・テトラスクロールからイベントのお知らせです。
北山さんのトーク、映画「食の未来」に続いてのイベントは、ライブ&ペインティング「魔法のことば」です。

鴨川のアーチスト・宮下昌也さんのライブ・ペインティングと、音の旅人Katsuさん(kuri)の唄・朗読・演奏で、和田にスピリットのうねりを広げようと思います。きっと竜宮さまも喜んでくれることでしょう。

ライブ&ペインティング「魔法のことば」
3月24日 彼岸明(土)16時開場 16時半開演
ライブチャージ ¥2000(ドリンク付)

フライヤーはこちら(出来次第アップします)

2007年02月19日

●「魔法のことば」フライヤー

「魔法のことば」フライヤー作成中。
(ラフなのでデータなどは曖昧です。)

mahou1.jpg  mahou2.jpg

2007年02月18日

●魔法のことば

3月24日(土)、テトラスクロールの三回目のイベント「魔法のことば」を開催します。

ずっと、ずっと大昔、

人と動物がともにこの世にすんでいたとき

なりたいとおもえば人が動物になれたし

動物が人にもなれた


詳細は追って。

2007年02月17日

●Where Do We Come from? What Are We? Where Are We Going?

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テトラスクロールのポスターを作成中。

2007年02月15日

●眠りにつきながらふと考えた

ヴィム・ヴェンダースが小津先生の足跡を辿り、日本各地を撮った名作「東京画」から。

眠りにつきながらふと考えた

いまや どこでも ー

世界の中心をなすのはテレビという代物だ

テレビが世界にあふれるほど

「世界」も「中心」も「世界のイメージ」も
ますます ばかげたものになっていく

2007年02月14日

●『ハート・オブ・ゴールド』

テトラスクロールのフライヤー・コーナーで人気のフライヤーに「ニール・ヤング『ハート・オブ・ゴールド』日本公開をを願う!」がある。完全にボクの趣味なのだが(公開祈願Tシャツも愛用している。)、今日、このフライヤーの新バージョンが届いた。


フライヤーから一部を。

このままでいても、何年も後、忘れた頃にポツリと短期間単館上映ーーということはあるかもしれません。 しかし、ニール・ヤング本人は今現在も相変わらず前えと進んでいます。『プレーリー・ウィンド』から僅か8ヵ月後には反ブッシュ政権・反イラク戦争を剥き出しにした新作『リビング・ウィズ・ウォー』を発表、インターネットやDVD、そしてCSNYでのツアーと、全身全霊をかたむけてそのメッセージを発信し続けました。 きっと今年も、新しいアルバムやツアーで私たちを刺激し続けてくれるに違いありません。

そんなニール・ヤングだからこそ、彼の「過去と未来」を繋ぐこの映画が彼の現在とあまり離れてしまわないうちに観ておきたいのです。
それが、彼の音楽と共に歩み、年を重ねてきた私たちの次の一歩の糧となるーーそう確信しているからです。

まったくもって同感。
詳しくは →→ ニール・ヤングの映画「ハート・オブ・ゴールド」公開祈願!

2007年02月13日

●しかし人間は変わることができる

1993年に開催されたグローバル・フォーラムでロシアのゴルバチョフの言葉から。
   

人間は必要以上に消費してはならない

人間は他の犠牲のもとに自己の過剰な所有を求めてはならない

非常に困難なことではあるが、しかし人間は変わることができる

2007年02月12日

●未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない

昨日の写真のインパクトが強くて、ボク自身少し戸惑っているが、ジョブスのスピーチを思い出したので、ここに紹介する。本来の趣旨は個人の進路についてなのだが、拡大して読んでも充分にいける。

未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

スティーブ・ジョブスのスピーチより

スピーチの音声ファイルはこちら

2007年02月11日

●WADAURA1964

テトラスクロールのギャラリー・スペース用に、和田浦の古い写真を探していた。
今日、ある方のご厚意で、ついに三枚の写真をお借りすることができた。
それも、テトラスクロール前のお竜宮さまのある岬から、左、前、右、を撮影した、希望通りのものをお借りすることができた。撮影時期は1964年(昭和39年)、ちょうどボクが生まれた前の年になる。

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(c) CHIKA KOMIYA

写真を一目見てわかるのは、砂浜の広さの違いだろう。現在の砂浜とくらべると(近いうちに同じアングルからの写真を撮りたいと思う)、ずいぶんと広いのが見てとれる。(波もいいのがわかる。)
海辺に見える人影や、小屋の姿を見ていると、そこにトーテムポールがあっても違和感のない、環太平洋的な普遍性が見てとれる。この写真の中の景色から現在の景色に変わるまでわずか40年・・・、にわかには信じがたい・・・。

2007年02月07日

●一回転するごとに、平和、親善、愛を紡いでいるのです

 今日は半日畑仕事、ワタ畑の最後の収穫と片づけをと予定していたが、実際には半分も終わらなかった。人間の読みや見込みなんて所詮こんなものだろう。今年は天候のせいなのか、今までにない豊作となった。

ボクがワタを作るようになって、もう何年になるだろうか。
2002年のウェブ・ダイアリーに、ぼくはこう書いている。

 世界の様々なエリアで現実に起きている想像を絶した貧困や差別が、テレビのニュースで連日報じられている。悲しいことだけれども、この地球上には圧倒的な不公平がある。一握りの豊かな者(勿論ボクたち日本人もその中に含まれる)が地球上の富を我が物顔でまるで狂ったように消費している。ニュース番組の冒頭では北朝鮮の食糧不足を伝え、木の皮や道端の草を食べる少年たちのスクープ映像が流されている。その悲惨な映像の僅か15分後には「食べ放題ランチ特集」や「物に溢れた片付けられない人々」、「究極のダイエット法」が平然と放送されている。ボクたちはそんな分裂症的な世界に生きている。自分と自分が立つ大地(惑星)との関係をしっかりと保っていないと、いとも簡単に足元をすくわれてしまう。


 綿を育て、チャルカ(糸車)を回して糸を紡ぎ、その糸でカディ(手織りの服)を織ることの大切さを、ガンジーがその主張の中核として、生涯を通し人々に訴え続けていたことの意味を、今こそ再認識する必要がある。アヒンサー(非暴力)、スワデシ(経済的自給)、スワラジ(政治的自立)・・・。ガンジーが求め続けた世界は、残念ながらこの惑星上では未だ実現していない。だけれども絶望する必要はない。一粒の種を蒔くことから始めればいい、一粒の種は来年には何百個もの種となる。そんなことを、ワタ畑での作業は教えてくれる。

ガンジーはこう書いている。

 チャルカは、商業戦争のシンボルではなく、平和的商取引のシンボルです。この地球の国々に対する敵意ではなく、親善と自助のメッセージです。世界の平和を脅かし、その資源を横取りする軍隊の保護は必要ありません。しかし、自分で使う糸は自分の家で紡ぐのだと多数の人々が決意する必要があります。これは、今でも自分たちが食べる物は自分の家で料理しているのと同じことです。私がこれこれのことを行った、または行わなかったと言って、後世の人々から非難されることも多々あるでしょう。しかし、チャルカを復活させようと提唱していることについては称賛してもらえるものと自信を持っています。私はこのことにすべてをかけています。チャルカは一回転するごとに、平和、親善、愛を紡いでいるのです。  M.K.ガンジー「ガンジー・自立の思想―自分の手で紡ぐ未来

畑が無くても、プランタでもワタを作ることは可能だ。もしワタを播いてみたいと思いワタの種が欲しいのであれば、ボクに知らせて欲しい。ワタを知ることは近現代をリアルに知るいい方法だと、ボクは思っている。

2007年02月05日

●彼らは人間たちのところから何を持ち帰るのでしょう

敬愛する詩人・ゲーリー・スナイダー。彼の名著「野性の実践」から。

 ある白人の若い女性にこんな質問をされたことがあった。「もし、我々人間が動物たちを粗末にすることなく食べ、動物について歌い、その姿を描き、それに乗ったり、そして動物についての夢を見るなら、彼らは人間たちのところから何を持ち帰るのでしょう。」これはまさに、動物たちの側から見た礼儀作法を考えさせられる良い質問だ。アイヌの人々は、「シカ、サケ、そしてクマは我々の音楽が好きで、人間の言葉に魅せられるのだ」と言う。だから我々は、サカナや狩りの獲物に歌を贈り、感謝の言葉を口にする。ときに彼らのために踊り、それなりのお返しをする。パフォーマンスは、深遠な世界を支える「贈り物」経済の「通貨」なのだ。おそらく他の生き物は、たえず洋服を変え、あまりに多くのものを食べる人間を、軽薄な動物だと思っているだろう。自然は、ヒトに好意ももっているので、現代人もそんなひどいことをせずに、ヒト以外の仲間たちにも同じように接してほしいと願っている、私はそう考えずにはいられない。
2007年02月03日

●こんにちは、パソコンです。どうも、Macです。

英語でしゃべらナイト」、「世界一受けたい授業」、など精力的に日本のテレビへ出演しているアル・ゴア氏。残念ながら、未だ「不都合な真実」を見られないでいるが、テレビ番組からも、彼こそが大統領で「あり」続けるべきだったことがよくわかる。

インフォメーション・ハイウェイを推進し、自らもアップル・コンピューターのヘビー・ユーザであるゴア氏は、アップル社の取締役でもある。もしあなたが、映画「不都合な真実」や、最近のゴア氏の言動に興味を持ったら、「Macをはじめよう。」を検討してもいいかもしれない。

2007年02月02日

●「ヤマト人」に待ったをかける人物がいた

今朝の朝日新聞千葉版の「伝説民話紀行 ヤマトタケル編」で阿久留王が取り上げられていた。昨年末、北山さんのトーク・ライブを企画した頃から、妙に気になっていたのがこの阿久留王だ。近いうちに訪ねてみようと思っていたので、なんともタイムリー。

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 北九州や出雲に上陸した「弥生人」は、やがて「ヤマト人」と名を変え東ヘ東へと進攻していった。そこには、開拓すれば米の採れる湿地帯が無限に広がっていたのである。その湿地帯には葦が豊かな緑を作っていた。豊葦原の国である。しかし、それは数万年前から住んでいた「縄文人」の地でもあった。当然摩擦が起きる。しかし、後から移住して来た「弥生人」のほうが圧倒的に力があった。「ヤマト人」は、「縄文人」を「蝦夷」と呼び蔑視、東へ東へと追いやったのである。  しかし、その攻防線上が房総半島に至ったとき、その「ヤマト人」に待ったをかける人物がいた。それが「阿久留王」であった。当然「阿久留王」は「ヤマト人」から見ればとんでもない「悪い人物」である。だから列記した名を付け、「賊」「兎」「蛇」として滅ぼしていったのである。  この「ヤマトタケル」と「阿久留王」との戦いの跡地に、聖徳太子は推古天皇六年、神野寺を建立、本尊に「軍(ぐん)荼(だ)利(り)明(みょう)王(おう)」と「薬師如来」を祭ったと言われる。 本尊の「軍荼利明王」は、三面六臂の忿怒の像であり、その六臂は六手に通じ「阿久留王」そのものを本尊としたとの伝説がある。  その説を採れば「軍荼利明王」をもって神格化しなければならないほど恐れられた人物が「阿久留王」であった。聖徳太子の時代は、ヤマトタケルの時代から三百年以上も後である。三百年以上経過しても恐れられた人物とは、裏返して見ればそれだけ民衆からの信望が厚かったとも考えられる。後世まで、人々の信望の厚かった人物の崇りを権力者は恐れる。だから神格化し祭ったのであろう。

露崎 清美「阿久留王」より

2007年02月01日

●沈黙はもう選択肢ではありません

ワシントンで反戦集会 ジェーン・フォンダさんも参加」というニュースから(asahi.com)。

 ブッシュ米大統領が推し進めるイラクへの米軍増派に反発し、米軍の即時撤退を求める反戦集会が27日、首都ワシントンであった。全米から1万人以上の参加者が集まり、政権を批判するプラカードを掲げて連邦議会周辺をデモ行進、イラク戦争終結に向けた対応を求めた。

 米メディアもこの動きを伝えた。集会にはベトナム反戦運動に取り組んだ女優ジェーン・フォンダさん(69)が駆けつけ、「反戦集会で話すのは34年ぶり。ベトナム戦争の教訓に学ばず、まだ集会をしなければならないことは、本当に悲しい」と語った。そのうえで「沈黙はもう選択肢ではありません」と活動を呼びかけた。

 全米の平和団体などの連合組織が主催し、参加者は「大統領は裸の王様だ」「まるで独裁者のようだ」と批判を繰り広げた。野党民主党が主導する議会は、週内にも超党派の反対決議案を通す方向で調整しているが、ブッシュ氏は「決定権者は私だ」と述べ、あくまで増派に踏み切る決意を示している。

「反戦集会で話すのは34年ぶり。ベトナム戦争の教訓に学ばず、まだ集会をしなければならないことは、本当に悲しい」と語るジェーン・フォンダはものすごくカッコイイが、同時に本当に悲しい。ボクたち人間に学習機能がついていればよかったのに・・。