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2007年01月26日

●You are Ecco

リリィ博士に関連した原稿をもう一つ(コラム「VOICE OF VOICE モニター画面に泣く私1」)。あの時のことは今でも忘れられない。博士はすでに地球での旅を終えたが、きっと今でも・・・。(STUDIO VOICE VOL219 1994)

 現代は「物語」や「神話」をなくしかけているように思える。「ドラクエ」も「学校霊花子さん」も「超古代史」もなくしてしまった「物語」や「神話」への欲求なのかもしれない。「物語」や「神話」への想像力を喚起してくれるものを私は愛してやまない。そんな私がググッと感じたのが、「ECCO THE DOLPHIN」である。この一本のゲームソフトは、あらかじめゲームとしてプログラムされた「物語」を大きく超えて、様々な伏線ともいえる「物語」を感じさせてくれた。
 当時、日本橋に仕事場を構えていた私は、怪しげなものを求めて、秋葉原へ自転車で散歩に出るのを常としていた。御存知ない方も多いかもしれないが、秋葉原には輸入ゲームソフト専門店がいくつかあって、海外で発売されたNES(ファミコン)やSーNES(スーパーファミコン)、GENNESISS(メガドライブ)等のソフトを販売している。(この輸入ゲーム屋の雰囲気が怪しくてたまらない、ちょうど15年前位の輸入レコード屋の感じなのである。)ある日のこと、いつものようにへんてこソフトを物色していると、イルカが描かれたパッケージが目に飛び込んできた。ん、と思い手にとると「ECCO THE DOLPHIN」と書かれている。は、と思い裏を見ると「You are Ecco」の文字。いきなりそんなことを言われても困るぞ、と思いつつも、私の頭の中には一瞬にして「イルカ〜ECCO〜我が敬愛するジョン・C・リリィ博士」の一直線思考ラインが輝いていた。ECCOとはいうまでもなく、リリィ博士がコンタクトする宇宙的存在、地球暗号制御局である。思わず裏面の解説に博士の名を探して見たがどこにもない。どうやら、ECCOという名のイルカの冒険物語のようである。イルカでECCOときたら買うしかない、と購入し、私は急いで帰って深海への真昼の冒険の旅に出た。
 これが実に気持ちいいのである。よく、ゲームをしているうちに身体が動き始め、段々とキャラクターの動きに同調しはじめる人がいるが、その究極という感じなのである。イルカの動き、ジャンプが自らの生理的快感に直接繋がってくる感じなのだ。イルカをコントロールしているはずなのに、いつしか自らが跳ね、泳いでいるような気分になっている。酸素が足りなくなると自らも息苦しいような気さえしてくる。ECCOは海に起きた大異変と共に消えた仲間を探して旅に出る。クリスタルやクジラやオルカに助けられながら、北極海から古代遺跡、5500万年前の海、そして宇宙の彼方の「星」にまで。これはECCOの旅であり、同時に私の旅でもある。そして、これはECCOの「物語」であり、同時に私の「物語」でもある。モニターの中のイルカと私を結ぶものはヘッドマウントディスプレイでもなんでもなく、二本の親指だけであるにもかかわらず...。これは、感動である。所詮VR、AIなんていったって、私にはこの「ECCO THE DOLPHIN」や「ぼのいぢり」の身体感覚や知能レベルで十分だ。少なくとも私たちの心や身体が次のステップに移る日までは。(もっとも「ECCO THE DOLPHIN」も次のステップに移るためのアイテムなのだが。)
 余談ではあるが、我が敬愛するジョン・C・リリィ博士が来日した折、伊豆の友人宅で行われた博士を囲むワークショップでの夜、私が友人のCG作家、デザイナー、プログラマーらと「ECCO THE DOLPHIN」に熱中しているのを見つけた博士は一言「エコー」と、モニター画面の中の一頭のイルカにやさしく呼びかけた。そしていつまでもやさしく画面の中のイルカを見つめていた。BGMは博士のアシスタント、フィリップ氏がフォークギターの弾き語りで歌うバグルスの「VIDEO KILLS RADIO STAR」だった。これも「ECCO THE DOLPHIN」が生んだ、もう一つの「物語」といえるのかもしれない。

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